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サンフランシスコ湾に面した港湾都市である、カリフォルニア州オークランド。「02 Artisans Aggregate」という職人が集まるエコパークの一角に、SAKEを醸す「Den Sake Brewery」があります。2018年3月に始まったばかりですが、現地でも注目を浴びている蔵です。

DEN SAKEの迫さん

なぜ、日本から遠く離れた場所で酒蔵を始めたのか、そして、カリフォルニアで日本酒はどのように受け入れられているのか。Den Sake Breweryを立ち上げた迫 義弘(さこ よしひろ)さんにお話を伺いました。

ミュージシャンから蔵元杜氏へ

日本にいた頃は、音楽関係の仕事をしていた迫さん。コンサートプロモーターの手伝いや、自身で演奏もしていたそうです。

アメリカへ渡ったのは2000年。音楽を辞め、3ヶ月だけ語学留学をするつもりが、英語講師がドラマーだったのをきっかけに、また音楽漬けの毎日を送ることに。エレクトリックバンドやロックバンドなどで10年ほどミュージシャン活動をする傍ら、カフェで働いていたといいます。

Sako and funk/R&B group Beatropolis

そのカフェオーナーからの依頼で、ワインと日本酒のショップオーナーとして働くことになったことが日本酒との出会い。日本人ゆえにお客様からお酒について質問されることが多く、より詳しくなろうと勉強に励んだそう。

その後、日本食レストランでSAKEソムリエとして7年ほど働く間にペアリングの研究をし、一般向けの日本酒講座を開催するまでになりました。日本酒と深く関わるようになった迫さんは、新潟県・塩川酒造の酒造りにも参加するように。

「どうしたらもっと日本酒を理解できるのか、考えるようになりました。それなら、いっそ自分で造ってみようと思ったんです」(迫さん)

そして2015年、サンフランシスコ郊外にある友人宅の裏庭にテントとウォークインクーラーを設置して、試験醸造を開始。テントは麹室、ウォークインクーラーは醪のスペースです。この時には、すでに「将来は酒蔵をやろう」と決心していたといいます。

また、塩川酒造の塩川さんがサンフランシスコに来て、さまざまなことを指導してくれたそう。中でも、アメリカにあった方法を見つけることが重要でした。米の吸水率や麹の状態など、すべて日本と同じことをしても成功しないのです。現地に適した造りを模索する必要がありました。

試験醸造である程度の兆しが見えると、本格的に酒蔵を立ち上げようと場所を探すことに。

DEN SAKEの外観

18年間住んだサンフランシスコは地価が高騰し、ビジネスには不向きでした。そして、現在の大家さんとの出会いをきっかけに、オークランドへ移住したのです。

大家さんはオークランドでレストランを経営し、京都で宮大工修行をしたこともある日本通でした。さらに、「02 Artisans Aggregate」がコミュニティにあふれた場所であり、「大きなうねりを生み出せそうかもしれない」と魅力を感じたことも決め手のひとつだったそう。

こうして場所が決まり、ついにDen Sake Breweryを立ち上げました。しかし、さらなる苦労が待っていたのです。

醸造機器をハンドメイド

アメリカで醸造機器を手に入れるのは容易ではありません。迫さんは「資金があれば日本から輸入するのですが、そんな余裕はありませんでした」と、当時を振り返ります。

そこで、現地で手に入る機材を応用することにしました。

お手製の天秤搾り機

手作りの天秤搾り機

米を蒸すための甑は、中華料理屋で使う一番大きな蒸し器。蒸気を逃さないようにパッキンを入れるなどの工夫をしており、熱源は大きなガスバーナーです。

醪タンクはワイン用のタンクで代用。断熱材とヒーターを入れた麹室から麹蓋、昔ながらの天秤搾り機まで、そのすべてが手作りです。

「ここには多くの人種とさまざまな職業の人たちが住んでいます。中には鉄を加工できる人もいるので、協力して搾り機を製作しました」(迫さん)

最も苦労したことは、使用した素材に害がないかを調べることだったとか。酒造りの工程に支障が出ないか、味に影響はあるのか、身体に害はないのか。それらを一から調べるのは、膨大な時間がかかったといいます。

オークランド産米を使う

原料に使う米はカリフォルニア産。現地の米を使いたいと考えていた迫さんは、アメリカの米どころ・サクラメントバレーの農家から「カルヒカリ」という食用米を購入しています。カリフォルニアで生まれたカルヒカリは、現地では"スシライス"と呼ばれ、寿司に使われることが多いそうです。

「カルヒカリはベタベタしたシャリにならない、お寿司に向いたお米なんです。そう考えると、麹造りに適したお米なのかなと思いました」(迫さん)

麹菌と酵母は日本から輸入しているそうですが、水はフィルターを通さずにオークランドのものを使用しています。こうして造られたお酒は、どのような味わいになるのでしょうか。

現地に合わせた、キレのある酒質を目指す

「日本では、日本酒の味を想像できる人が多いと思います。しかし、アメリカでは日本酒の味を想像できる人は少ないでしょう。そういう意味では、味の冒険はできると考えています」(迫さん)

これは、日本では想像がつかない味も、アメリカでは受け入れられる可能性があるということ。迫さんはアメリカの食事に合った味わいが必要と考え、酸を高めに設定しているそうです。

カリフォルニアの料理は、肉と新鮮な野菜が主なメニュー。これに酸でキレる味わいのお酒を合わせようと考えたのです。日本から輸入されるものよりも力強く、そして酸の高いキレのある酒質を目指しています。

作業中の迫さん

Den Sake Breweryは冷蔵完備された場所のため四季醸造。とはいえ、ほぼひとりでの作業であることや、設備が少ないことから、製造量は1回の仕込みで500ml瓶が約2,200本。年に5回造るのが限界です。

「だからこそ、1回1回新しい挑戦ができると考えていて、いろいろ試しながら造っています。酸を2.8まで上げた時はバランスが崩れて、やりすぎたなって思いました」と迫さんは笑いながら話します。

酸を高めても雑味を出さないように心掛けているそうで、"飲み続けられるお酒"が理想だと話してくれました。

3つ星レストランにも評価される「Den」

2017年に3つ星を獲得したレストランに納品されるほど、地元でも注目を浴びるDen Sake Breweryですが、立ち上げてすぐに話題になったことは快挙と言えるでしょう。

「この地域は地元愛が強い人たちが住んでいて、自分もローカリティは重要だと考えています。だからこそ、興味を持ってもらえたのかもしれません」(迫さん)

3つ星レストランのヘッドソムリエが訪れたのは、地元新聞の取材を受けたときの「ワインドリンカーにアピールしている」という記事がきっかけ。レストランメニューのペアリングとして選ばれたことが、今後、大きな期待につながることは間違いありません。

DEN SAKEのラベルデザイン

銘柄である「Den」は田んぼの田。原料である米を前に出し、ラベルはとにかくシンプル。「『日本から来ている酒』という風にしたくなかった」と迫さんが話すように、「Ginjo」や「Junmai」の記載はありません。

「日本でもテロワールを意識する蔵が増えていますが、Den Sake Breweryもローカルを大事にし、スペックを記載することは重要視していません。『オークランドで造られている酒』としてアピールしたいです」と迫さん。

米の生産者の名前とボトルの番号が表示されたシンプルなラベルこそ、日本酒に馴染みのないオークランドの人たちに分かりやすく伝える工夫なのです。

「自分が生まれ育った日本文化を伝えたい」

日本にいる時から、アメリカの音楽や映画の影響を受けていたという迫さん。酒蔵も、アメリカで立ち上げることしか考えていなかったといいます。

「自分はアメリカ文化に影響を受けて生きてきました。でも、アメリカ人は日本の文化をほとんど知りません。アメリカの友人に、自分が生まれ育った日本文化を伝えたいんです」と、真っ直ぐな眼差しで語る迫さん。今後の道筋をどう考えているのでしょうか。

「正直、やっと造りが安定してきたところなんです。今後のことは今から考えます」と、まだまだ始まったばかりのよう。今はほとんどひとりで作業している状況のため、教育しながら人員を増やし、造りを大きくしたいと考えているそうです。

「ワインユーザーにどれだけ注目してもらえるか、日本酒全体に興味を持ってもらえるか。それが課題であり、その動きの一部になりたいですね」

作業をする迫さん

カリフォルニアのレストランでは日本料理の素材や調理法を取り入れ始めていて、日本酒にとって大きなチャンスの波が来ていると迫さんは話します。

「Den」が中心となってSAKEが世界に広がっていく未来は、そう遠くないかもしれません。

(文/まゆみ)

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