お酒造りには酵母が欠かせません。使われている酵母は蔵や銘柄によって異なり、それは味や香りを決定づける大きな要因のひとつです。日本酒造りにおいては、「日本醸造協会」が特定の酵母(きょうかい酵母)を蔵に頒布しており、多くの酒蔵はその中から酵母を選択、使用しています。

今回紹介するのは、そんなきょうかい酵母の中から、現在ではたいへん貴重な「協会1号酵母」で造った日本酒です。

協会1号酵母とは?

協会1号酵母が頒布されていたのは、大正5年から昭和10年(1916~1935)のことです。
兵庫県で造られている「櫻正宗」の酒母から分離された酵母で、当時最も優れた酵母として全国に頒布されました。しかし、その後は醸造技術の発達や、新たな酵母が発見されたことによって、次第に使われなくなっていきました。

もはや存在しない酵母と思われていたのですが、協会で保存されていたことが判明し、いくつかの酒造でこの酵母を使った日本酒が復活しています。
今回テイスティングしたのは、1号酵母の元祖である兵庫・櫻正宗「櫻正宗 焼稀(やきまれ) 協会一号酵母」と、少し変わった日本酒、長野・小布施ワイナリー「Sogga pere et fils Numero Un」の2本です。

櫻正宗「櫻正宗 焼稀 協会一号酵母」

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協会1号酵母が頒布されていた当時のお酒を再現しようと、酵母はもちろん、精米歩合も当時の技術に合わせて80%に合わせています。醪造りのプロセスも、当時の文献を元にしているそうです。「再現」というコンセプトが徹底された、記念碑的なお酒です。

全体的な印象は非常に無骨。穀物らしく硬い味わいで、苦味や酸味、香りに少しはっさくのような風味を感じます。
香りが華やかでないのは1号酵母の特色のひとつで、「心地よい」よりは「厳めしい」といった言葉を当てたくなります。
燗にすることで、硬さが少し和らぎ味わいが膨らむ印象があります。とっつきにくいですが、どっしりとした芯を感じるお酒です。

小布施ワイナリー「Sogga pere et fils Numero un」

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2本目は、長野・小布施ワイナリーが造る「Sogga pere et fils Numero Un」です。
前身は「小布施蔵」という清酒蔵で、戦前まで日本酒造りをしていたのですが、国策によって廃業に追い込まれ、ワイナリーに転身したという経歴があります。

ワイン造りの合間に造る日本酒とあって、生産は非常に小規模です。きょうかい酵母1〜9号(8号除く)を使った日本酒をすべて醸しており、酵母違いの飲み比べを楽しめる、マニアックなラインアップになっています。

メロンや青林檎のような青く甘い香り、スンとした発酵感もあり、印象はかなりフレッシュです。
炭酸がピリピリと舌の上で弾け、凝縮感のあるピチッとした酸味が印象的です。ワインのようですが、ボディと後味に生酛造り独特の旨味感があり、時間が経ってフレッシュな印象が薄まるほど、日本酒らしさが強くなります。ワインのような印象に反して、納豆などの発酵食品とも合わせられそうな、不思議な味わいでした。

ワイナリーが日本酒を造るとこうなるという一例としても面白く、日本酒好きにもワイン好きにも試してほしいお酒のひとつです。

同じきょうかい1号酵母で醸した酒でも、その味わいは真逆と言ってもいいほど異なります。
櫻正宗が伝統の再現をゴールとしていたのに対して、小布施ワイナリーのそれには創作的な追究がありました。

一方でどちらのお酒も、生酛造りという製法が一致していることもあり、酸味の強さ、コクの強さは共通するところがあります。酵母の影響と断言することはできませんが、その無骨な味わいは共通して印象に残っています。
日本酒の伝統と革新をくっきりと味わえたテイスティングでした。手に入ることがあれば、ぜひ試してみてください。

(文/永木三月)

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