高知の銘酒「酔鯨(すいげい)」を醸す酔鯨酒造が、本社のある長浜蔵(高知市長浜)から西に20キロメートル余り離れた土佐市甲原に最新鋭の酒蔵「土佐蔵」を竣工させ、2018年秋から酒造りを始めています。

酔鯨酒造「土佐蔵」の看板

ここ数年で「酔鯨」の評判が再び高まり、国内向けも海外輸出も順調に推移していることから、長浜蔵でこれ以上の増産が難しくなり、新蔵の建設に踏み切ったのだとか。

これまで培ってきた酒造りの技術とノウハウのすべてをつぎ込んで完成させた「土佐蔵」は、純米大吟醸酒を中心に「酔鯨」のハイエンド商品を造る拠点と位置づけられています。また、国内外からやってくる見学者を受け入れるための施設も充実しています。

酔鯨酒造の大倉広邦社長(左)と松本誠二杜氏

酔鯨酒造の大倉広邦社長(左)と松本誠二杜氏

そんな土佐蔵を訪ね、酔鯨酒造の大倉広邦社長と松本誠二取締役杜氏にお話を伺いました。

酒造りを熟知した杜氏が考えた「土佐蔵」

高知市のお隣にある土佐市の中部。国道56号線を離れて甲原川という小さな川沿いを上流に向かってしばらく行くと、行く手の山々に囲まれた平らな場所に2階建ての建物が現われます。

酔鯨酒造「土佐蔵」玄関前の暖簾

コンクリート打ちっぱなしで窓がなく、秘密のハイテク工場かと見まがうのが酔鯨酒造の土佐蔵です。正面の扉には、鯨の尾のイラストが描かれた暖簾が風に揺れていました。

なかに入るとそこは天井の高いショールーム。酔鯨酒造のハイエンド商品が陳列されているほか、世界に名高いフランスのキッチンウェアメーカー「クリストフル社」とのコラボ商品が並びます。

冷蔵ケースの隣はテイスティングコーナー。この日は、商談を兼ねて蔵見学にやってきたマレーシアの人たちが歓談しながら酔鯨酒造のお酒を楽しんでいました。

機材の確認をする酔鯨酒造の松本誠二杜氏

松本杜氏に新しい蔵の中を案内していただきました。まずは、お米を磨く精米所です。

それまで委託精米を行なっていた酔鯨酒造。自家精米は初めての試みです。最新鋭の精米機を使い、米を半分まで削る50%精米では、およそ36~40時間かけてていねいに削ります。削った後のお米は20kgごとに袋に詰めて、室温13度、湿度65%の保管庫に移します。

「保管庫の湿度を一定にするための設備にお金をかけたので、その後の洗米作業にいい結果がでると期待しています」(松本杜氏)

洗米から米に水分を吸わせる浸漬までは連続した作業なので、蔵人が効率的に作業できるように動線に配慮がなされています。さらに、洗米部屋の室温は12度で洗う水も水温12度。仕上がりにブレがでないよう一定の環境を維持しています。

甑(こしき)は、蒸しの終盤に乾燥した熱風を当てられるようにしてあります。蒸した後の放冷機が優れもので、前半の部分では65度の乾いた熱気をあてて、蒸米の表面を素早く乾かし、後半の部分では2度の冷気で一気に冷まします。これを麹米用と掛米用でうまく使い分け、次の作業がスムーズになるようにしています。

「うちの麹造りは蒸した米の表面をしっかり乾かしていきますが、この甑と放冷機を使えば、外が硬くて内部が軟らかい外硬内軟の理想的な米ができます」(松本杜氏)

酔鯨酒造の松本誠二杜氏

仕込みタンクは、真新しいサーマルタンクが20本並んでいます。1本の仕込みに使うお米の総量は、900kgに統一。麹造りも同じ量です。規格をそろえて同じ作業ができるようにすることで、酒質の再現性を高めるのが狙いです。

土佐蔵で造ったお酒が、本社の長浜蔵と「味が違う」と言われないよう、細心の配慮もしています。仕込みに使う水は、本社・長浜蔵と同様、高知市北部の鏡川の上流域から運んできています。

蔵は意外とコンパクトにできている印象ですが、それでも、フル生産すれば2,000石まで造れるのだとか。ただし、1年目の今季は本社・長浜蔵で造っていた4,000石のうち、まずはハイエンド商品の醸造600石分を移して、ゆっくりとしたスタートです。

「衛生面では優れているし、本社・長浜蔵から腕のいい蔵人が来ているので、最高級のお酒を造れる自信はありますが、なにもかもが新しいので慎重に進めていきます。酔鯨が目指すのは食中酒です。甘かったり香りが強かったりすれば、飲むにつれて疲れることもある。そうならないような造りに配慮して、大吟醸酒でも必ず料理に合うように考えています」(松本杜氏)

蔵の再起をかけた新社長の就任

酔鯨酒造のシンボル、クジラのイラスト

酔鯨酒造の本社・長浜蔵は、高知の有名観光スポットの桂浜にほど近いところにあります。

1969年の創業後、着々とブランドとしての地位を高め、一時は4,000石近くにまで増えました。周囲は市街地で拡張の余地がほとんどないことから、20年ほど前から移転の話が出ていました。しかし、10年ほど前から売上が下がり、移転の話も立ち消えになってしまったそうです。

不振から抜け出せない状況で浮上したのが、創業者の血を引く大倉社長の迎え入れでした。

創業者の孫にあたる大倉社長は、大学時代から東京の有力酒販店でアルバイト漬け。卒業後はキリンビールに入社し、営業マンとして精力的に働いていました。そんな大倉社長に酔鯨酒造から社長就任の話が持ち込まれたのは今から6年前の2013年のこと。大倉社長が35歳の時でした。

仕事は充実していたそうですが、それ以上に「祖父が創業した酔鯨酒造が不振なら、自分がなんとしても立て直したい」という想いが強かったようで、迷わず高知に帰ることを決断します。

さらなる飛躍を目指して決断した新蔵の建設

酔鯨酒造の大倉広邦社長と松本誠二杜氏、「土佐蔵」スタッフ

酔鯨酒造で営業部長に就いた大倉社長(社長就任は2016年のこと)は、最初に販路の再構築に取り組みます。

取引している酒販店をくまななく巡りながら、「酔鯨をいま一度甦らせるのに力を貸してほしい」と頭を下げて協力を求める一方で、これに快諾した商品の管理レベルが高い酒販店への絞り込みをかけました。あわせて、キリンビール時代に培った人脈をフル活用して新たな販路の開拓にも注力します。

蔵に入った当時、「酔鯨」の酒質に問題があるとは思えなかったと話す大倉社長。ですが、日本中の有力地酒蔵がさらなる酒質向上に力を入れているのを目の当たりにして、すべての工程で細かな改善を不断の努力で積み重ねていきました。

「驚かされたのはすべてがスピーディーなことです。社長から新製品のアイデアが出たかと思うと、3ヶ月後には商品化されているんです。また、言ったことは必ず実現する行動力にも感心させられました」と、松本杜氏が当時のことを振り返ります。

酔鯨酒造を取り巻く雰囲気はたちまち変わりはじめ、売り上げも上昇に転じます。すると、なんとなく沈滞していた蔵の雰囲気にも活気が戻ってきました。

そうして2015年、「酔鯨をさらに飛躍させるためにも新しい蔵を作ろう」と決意し、そのグランドデザインを松本杜氏に委ねます。

新しい蔵の条件は、将来、本社を含めてすべてを移転できるだけの広さがあり、自家精米しても問題ないように周囲に住宅地がないこと。加えて、地震による津波の被害を受けないことでした。

当初は本社・長浜蔵から離れていない高知市内で探したそうですが、適地がなく、土佐市にも候補を広げて探していたところ、出会ったのが土佐市甲原の土地でした。

「一目惚れして即決しました。背後は山で目の前は清流。手付かずの自然に囲まれた日本酒が生まれるにはふさわしい場所でした」と、大倉社長は話してくれました。

「土佐蔵」で造るのは、海外市場を見据えたハイエンド商品

酔鯨酒造のプレミアム商品群

こうして完成を迎えた土佐蔵で造るのは、酔鯨酒造のハイエンドの商品群。山田錦や八反錦などの酒造好適米のなかでも高品質の米を30~40%まで精米し、それぞれ個性的な味わいの純米大吟醸に仕立て上げています。

2年前からラインナップを増やし、現在は「Premium 純米大吟醸 DAITO」を頂点として、「純米大吟醸 瑞 Zui」「純米大吟醸 万 Mann」「純米大吟醸 弥 Ya」「純米大吟醸 象 Sho」の5種類が揃っています。

「以前は、一升瓶でも純米大吟醸を造っていましたが、開封したら、おいしいうちに飲んで欲しいので4合瓶に統一しました。光による影響も気になったので、ボトルの色も黒に統一。海外でも販売することを見据えて、鯨の尾をモチーフに取り入れ、高級なフレンチやイタリアンのお店で使われても違和感のないデザインにしました」(大倉社長)

土佐蔵にテイスティングコーナーを設けた理由についてたずねると、以下のように答えてくれました。

「僕は若いころにワインが好きで、フランスのシャトー(醸造所)にも足を運んだことがあります。だから、海外で酔鯨を飲んだ人が『日本に行ったら、酔鯨が造られている蔵に行ってみたい』と思う人がいるはずです。そういった外国人の受け入れる場所にしたかったのです。もちろん、日本の方々にも来ていただき、この場所で造っている酔鯨の酒をテイスティングして、夜は高知市内でカツオを食べながら酔鯨をガンガンと飲んでくれる。そんな人たちがたくさん来てくれるのが一番の夢です」。

「土佐蔵」の建設によって、酔鯨の造る酒が、今後、どのように進化していくかが今から楽しみです。

◎酒蔵情報

  • 名称:酔鯨酒造株式会社「土佐蔵」
  • 住所:高知県土佐市甲原2001番地1
  • 電話:088-856-8888
  • ギャラリー開催日:水曜~月曜(火曜日定休)
  • ギャラリー営業時間:10:00~17:00
  • 蔵見学開催日:木曜、金曜、土曜、日曜
  • 蔵見学時間:(1) 10:30~11:00、(2) 12:30~13:00、(3) 15:00~15:30
    ※各回所要時間30分・要予約
  • 参加費:1名につき500円(税込)
    ※無料試飲2杯・オリジナルお猪口プレゼント
    ※事前申込見学者以外の一般ご来場の際の試飲は、有料試飲となります。

(取材・文/空太郎)

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