大吟醸の麹造り、前回は2日目の朝一番の作業、盛方(もりかた)を取り上げたので、今回は仲仕事(なかしごと)からの温度管理についてお話します。

麹の温度が酒質を決める!

盛方をして31度程度になった麹は、高い室温も相まって菌の繁殖が進み、全体の温度が上昇してきます。1時間に0.5~1度程度、ゆっくりと上昇させていきます。

酒質を決めるポイントになるのが「麹がある一定の温度帯を保っている総計時間」です。

この段階で最も関係のある酵素は、酸性プロテアーゼ酸性カルボキシペプチダーゼというもので、前者は米のタンパク質をペプチドに変え、後者はタンパク質やペプチドをアミノ酸に変えます。つまりは酒のコクや苦みに関与してくる物質です。

32~35度の温度帯はプロテアーゼが良く出るので、スッキリさせたい酒の場合はこの温度帯を早く通過させます。最近の出品酒においては、しっかりした味よりも後味のキレが重視されている傾向にあるので、早めに通過させるようにしています。

麹菌が出芽してから破精るまで

ところで、麹についてはなんとなく知っているけれども、いまひとつわかりにくい部分もあるかとは思います。科学的ではありませんが麹菌の気持ちになって考えてみると、わかるかも知れません。

適度に冷やされた蒸米の上に、麹菌が落ちてきて表面に到達しました。そこには食べ物(蒸米のデンプンなど)があって、水分や温度もちょうどよく、麹菌は「生きていけそうだ!」と思い、出芽します。しかしながら、蒸米は液体ではなく固体ですから、麹菌が容易に食べられる(資化できる)わけではありません。

精白米を電子顕微鏡で見てみると、胚乳部分にはタンパク質顆粒とアミロプラスト(デンプンが入っている細胞小器官)があります。麹菌は、まずタンパク質から食べていこうと考えます。

そこで出てくるのがタンパク質を分解する酵素、ペプチダーゼです。

食べ物を見つけ、元気(エネルギー)が出て、体も少し熱を帯びてきた。もっとエネルギー源となるものが欲しいと考えた麹菌は菌糸を伸ばします。

米の表面が柔らかく、水分がある状態ならば、米の表面に菌糸を伸ばしていけば楽なのですが、蔵人が仕上げた蒸米は外硬内軟という米の内側に水分があるような状態。手にくっつかず作業性も良いです。これをサバケの良い蒸米とも言います。

そのような米の場合、菌糸を表面に広げにくいため、麹菌は仕方なく米の中央に向かって菌糸を伸ばします。酒米は中心に心白というアミロプラストがルーズに詰まって空隙をもった部分があり、ここに向かって菌糸が伸びていきます。

結果、蒸米の表面にはあまり菌糸が伸びないけれども、中心に向かって菌糸が伸びている麹ができます。この状態を突き破精(はぜ)と言います。

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以降42度まで昇温をしていくに従ってエネルギーがより必要になった麹菌はデンプンを食べるべくアミラーゼを出します。アミラーゼは、米を溶かす主要な酵素なので、これを麹屋は重視しているわけです。

突き破精麹はアミラーゼをバランス良く出し、なおかつ醪(もろみ)に入った時に適度な溶け方をするので、吟醸造りでは突き破精麹を上手に作ることを目標にしています。

杜氏さん曰く「米粒表面に1、2か所ほどの小さな破精を作り、その破精が重なりあった菌糸で少し盛り上がっているようなもの」が最も良い麹だそうで、そのような麹の状貌は、金魚の目玉だとか出目金と呼ばれるそうです。

逆に、蒸米の表面に水分が多くあり、麹菌が菌糸を中まで伸ばす必要がないと感じて表面にのみ破精が回った場合は塗り破精と言い、ダメな麹の典型例になります。

突き破精では収まらず、全体に菌糸が回った総破精という麹もできます。これは味をしっかり乗せる酒や酵母に栄養を供給しなければならない酒母用の麹には向きます。

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総破精が行き過ぎたり、蒸米がやわらかすぎると馬鹿破精と呼ばれる破精がまわり過ぎ、指で押すとペースト状に潰れる麹になり、これは良くありません。また、破精が回らなかった麹は破精落ちといいます。

ちょっと難しい部分もあったかも知れませんが、麹も生き物なので、ちょっとした管理でごしゃいだり(ごしゃぐ=秋田弁で怒る)ヘソを曲げたり、面白いものです。

大吟醸の麹造りは泊まりがけの大仕事!

さて、35度になった時点で仲仕事(なかしごと)をします。

蓋麹の場合、破精落ち防止器を外します。麹が元気じゃない時は外さなかったり、仲仕事をやらない蔵もあったりケースバイケースではありますが、蓋全体に麹を広げて、麹を撹拌して表面積を増やし、引き続き厚い布で覆います

この時点でだいたい夕方4時から6時です。他の仕事も終わらせ、定時を過ぎたら麹担当は一時帰宅し夕食と風呂を済ませ、また蔵に戻ってきます。そうです、大吟醸の麹造りは泊まり勤務をともないます。

かつては、農繁期が終わった農家の男衆が冬の仕事を求めて各地の酒造場へ出稼ぎに行き、蔵で寝泊まりをしながら酒造りをして春に故郷に戻って来るというのが蔵人のパターンで、泊まり勤務が当たり前の業界だったそうですが、今では必ずしもそうだということもありません。

蔵の周辺に住んでいる人は家に帰れますし、近くの市町村から車で毎日通う人もいます。ですが、大吟醸クラスとなると、どうしてもきめ細やかな管理が必要となるのでこの期間だけは泊まり込みでやるという蔵もいまだにあります。

たいていは休憩室に雑魚寝というスタイルで、宿舎やまかない付きの蔵もあって、とある蔵には8畳ワンルームの個室が10室ありました。わが蔵の場合は杜氏と麹担当者2名が泊まり、休憩室で雑魚寝をします。

ご飯を食べて、風呂に入って、雪が積もっていたら雪かきをして、蔵に戻ってきたら仕舞仕事です。

次回は仕舞仕事について紹介します。

(文/リンゴの魔術師)

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