丸ノ内線・方南町駅から徒歩1分、静かな住宅街にある「いにしえ酒店」は、都内でも珍しい古酒・熟成酒に特化した酒屋です。

10坪ほどの広さの店内には、日本酒がぎっしり並んだ棚と冷蔵庫が3つ。お店で取り扱う約70種類の銘柄は、そのほとんどが琥珀色や飴色をしています。

「いにしえ酒店」流の古酒・熟成酒の定義とは?

ところで古酒・熟成酒とは何なのでしょう?新酒に対して、前年度に出荷されたものを古酒と表現する蔵もあるなど、その基準は年数なのか味わいなのか、実はあいまいです。

そんな中、ここ「いしにえ酒店」では、古酒と熟成酒を"お店独自"に意味づけ、区別ししているんです。

古酒

日本酒ではないと言えるほど、本来の日本酒の味わいからすっかり変わったお酒。

熟成酒

元の日本酒の酒質の延長上にあるお酒。つまり寝かせることでアルコールの刺激や酸味が落ち着き、甘みと香りが調和して飲みやすくなったお酒のこと。例えば、ひと夏をこした秋あがりやひやおろしなども"熟成酒"という扱いです。

「たとえ1年であっても味わいが劇的に変わる場合は"古酒"だし、30年寝かせても元の酒質から変わらなければ、"熟成酒"。ただし、蔵元の考えを尊重したうえで、うちはこう考えます、ということをお客さんには伝えています」(店主・薬師大幸さん)

お店に並ぶ日本酒は、"古酒"と"熟成酒"が半分ずつ。「言葉の定義はともかく、とりあえず飲んでみてほしい」と、お店にある日本酒をいろいろ試飲させてもらいました。

全種類が試飲可能!個性あふれるラインアップ

「いにしえ酒店」では、カウンタースペースでお店のすべてのお酒が試飲できます。基本的には、四合瓶の小売価格の1/10。1杯200円〜900円くらいのお酒が多いですが、中には10,000円以上の高級酒もあります。

並ぶのは「龍勢」を醸す藤井酒造(広島県)や、「長良川」を醸す小町酒造(岐阜県)など、いずれも古酒や熟成酒造りに力を入れている酒蔵です。

造りや地域、年代も様々。しかも古酒・熟成酒なので、スペックを見るだけでは味の想像がつきません。好みや用途を伝えて、いくつか探してもらって試飲するのがおすすめです。

「まずはこれぞ古酒っぽいものを」と持ってきていただいたのは、無農薬米・無添加・生酛など、自然を生かした酒造りに取り組む千葉県・寺田本家が醸す「花啓く」。

もともと甘口に造った生酛純米酒を蔵で7年寝かせて出荷。日本酒度が−56というのだから驚きです。香りこそ焼いたお餅のような甘みを感じますが、味わいは想像するよりも、酸味がしっかりしていて軽快でした。

続いて「白ワイン好きにはこれがおすすめ」と出していただいたのが、蔵内にシンセサイザーを流して酒造りをするという岐阜県・小町酒造が醸す「長良川 山廃仕込 T-406」。

淡い琥珀色、そして杏やプラムのようなフルーツやシードルのような香り。日本酒と知っているので、口にふくむと爽やかな酸味と含み香の中に、ほんの少しお米の甘みを感じられます。しかし、なんの情報もなければ、ワインと間違いそうなくらいに酸味が際立っています。これが、けっこうクセになります。

実際に薬師さんが、ワイン会へT-406を持ち込んでブラインドテイスティングしたところ、日本酒と最後まで確信が持てた人がひとりもいなかったのだそうです。それぐらい、白ワインに限りなく近い酸味です。

「長良川 大吟醸 T-3」、7段仕込みの純米酒「長良川 純米 T-5」と合わせて3種類ある長良川のシリーズ。「古酒=高価格なお酒」というイメージを払拭し、リーズナブルなものとして親しんで欲しいというコンセプトで造られた商品です。小町酒造と「いにしえ酒店」のコラボ企画商品なので、ここでしか買うことができません。

お店に並ぶお酒は、1,000〜4,000円前後で買えるものが多く、ワインのビンテージと比べると、入手しやすい価格ではないかと思います。

お店には、無濾過生原酒などの新酒もあります。冷蔵庫はゆるやかに熟成が進むように8度に設定。ワインのボジョレー・ヌーヴォーのように、その年の新酒を確かめる目的で、熟成に向くお酒だけに絞って置いているそう。

温度帯や熟成方法など幅広く楽しめるお酒として、薬師さんがおすすめする、広島県・藤田酒造が醸す「龍勢」のシリーズ。他にお客さんがいなければ、30mlずつ1,500円で、全11種類の飲み比べをすることもできるそうですよ。

それぞれの家庭の味・文化を大切に

日本酒は好きでも、お酒に弱いという薬師さん。量は飲めないため、封開けしてから時間がたっても美味しいお酒、しばらく置いたほうが美味しく変化する熟成酒や古酒を好むようになったのだそうです。

「熟成酒や古酒は、比較的柔らかい酒質のものが多いので、酔いづらいし二日酔いにもなりづらいと感じます。封開けしてからも熟成させながらゆっくり飲めるから、私のようにお酒の弱い人にこそおすすめしたいです」

「いにしえ酒店」のコンセプトは、日本酒の熟成文化を伝えること。冷蔵庫に入れて早く飲んだほうがいいお酒だけじゃなく、常温で寝かせても美味しいお酒もあることを知ってほしい、と薬師さんは語ります。

「日本酒を押入れやキッチンの下で寝かせたり、それぞれの家庭のお酒があっていいんじゃないかと思います。そんな文化が根付くように、発信していきたいですね」

賞味期限がないからこそ、日本酒をどう飲むかは自由です。実際に、熟成の魅力に触れ、あれこれ試飲しながらお酒を選ぶのは、とても楽しい時間でした。まずは、先入観なく味わってみることから、新たな日本酒の世界が発見できるかもしれません。

(文/橋村望)

◎お店情報
いにしえ酒店

  • 住所:東京都杉並区方南2-18-15
  • TEL:03-4291-4316
  • 営業時間:平日14:00〜21:00/土日13:00〜18:00
  • 定休日:月曜

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