日本三大銘醸地である広島県の西条を舞台に、日本酒造りの奥深さとそれを取り巻く恋模様を描いた『恋のしずく』。いよいよ10月20日(土)から、全国ロードショーが始まります。

作品を手がけるのは『ラーメン侍』『カラアゲ★USA』など、食文化や地域の営みをテーマにした作品を得意とする、瀬木直貴監督。全国各地をみずから巡り、そこに住む人々との出会いから生み出される作品に定評があります。

本作の主人公は、農業大学の学生である詩織。大きな見所になっている、造りなどの日本酒にまつわるシーンは、広島杜氏組合長で、同県の竹鶴酒造で杜氏を務める石川達也さんが監修しました。

今回は、映画『恋のしずく』が誕生した経緯や撮影の裏話、そして、西条やそこで造られる日本酒魅力について、瀬木監督と石川杜氏に伺います。

石川達也杜氏(左)と瀬木直貴監督(右)の笑顔写真

映画『恋のしずく』の瀬木直貴監督(右)と、監修を務めた石川達也杜氏(左)

西条を選んだ理由

瀬木:これまで、いわゆる"B級グルメ"をモチーフに映画を撮ってきました。『カラアゲ★USA』で、からあげを取り上げたときに、素材の旨味をいかに引き出すか、そのためにどんな要素を組み合わせるかなど、和食の考えがベースにあることを知ったんです。そこで、次は和食の世界を描いてみたいと思いました。和食といっても、寿司や蕎麦、天ぷらなど、さまざまなものがありますが、太古の昔から綿々と通じてきたものとして、冠婚葬祭をはじめ、私たちの喜怒哀楽にいつも寄り添う日本酒に関心が向いたんです。

それから、酒蔵と地域の関係を学ぶために、秋田、会津、新潟、富山、伏見、灘など、全国の酒蔵をまわりました。石川杜氏との出会いは、後輩の紹介で竹鶴酒造へうかがったのが最初ですね。その夜、(竹鶴酒造のある)竹原市でごいっしょさせていただけるのかと思っていたら、なぜか西条へ連れて行ってくれたんです。

石川:映画を撮るなら西条だなと思ったんです。竹鶴酒造や竹原市は、すでに他のテレビドラマで取り上げられていますし、西条のほうが"画になる"という自信がありました。また、西条は三大酒処のひとつに数えられていますが、灘や伏見と比べると、いまひとつ知名度が低いということもあったので、取り上げていただけるのならありがたい話だと思ったんです。

瀬木:西条は駅前に7つの酒蔵があり、とても魅力的な町ですが、美観地区に指定されている竹原市に比べると、整備された観光地とはいえません。だからこそ「外からやってきたこいつがどんな映画を撮るのか」と、試されているような気がしました。僕らは同い年なので、ある意味ライバルなんです(笑)。

ふたりの出会いから生まれた作品

瀬木:西条という町、そして石川さんに出会ったことで、すべてが始まりました。石川さんは造り手であり、哲学者でもある。私はそのフィロソフィーに共鳴したんです。それまで日本酒を学んできたなかで未整理だった部分も、すべて教えていただきました。

石川:監督が広島へいらっしゃるたびに、杯を交わしながら、お酒の魅力や奥深さを作品に込めてもらえるよう、一生懸命に話しました。

瀬木:一般的な映画は、まず机上でプランニングし、それから撮影場所を決める流れがほとんどですが、僕はまったく逆です。まず、魅力的な町や人に出会い、そこから物語ができていきます。

石川:自分の酒造りとすごく似ていて、共感しました。結果を想定してから酒を造るのではなく、与えられた材料と気候を活かすという考え方です。

瀬木:日本酒造りに使われる「造」という文字は、船や庭など、比較的大きなものに対して使われます。石川さんの哲学を聞いているうちに、単純に大きなものだけではなく、人間の手が及ばない世界を整えるようなイメージを抱きました。

映画にも似ている部分があります。たとえば、撮影前に安全祈願をしたり、カメラの裏にお札を貼っておいたり......思うままにならないことが大半なので、そのなかでどうするかが大事なんです。

石川:「造」という字に入っている「告」の四角は「口」ではなく、"サイ"という儀式用の器を表しています。だから「造」が使われるものには、必ず祈りが込められているんです。人間の手を超えたものをつくる場合にのみ、この文字が使われたんですね。

石川:映画でも、神事のシーンを撮っていただきました。酒造りが神につながる儀式を伴うことを映像化していただけたのは、とても良かったですね。

瀬木:作中に出てくる『酒の道はエロスに通じる』というセリフも石川さんの言葉です。米と水が出会って日本酒になることと男女に恋が生まれることが似ていると考えていたので、それを二重写しにしたストーリーにしようという発想でした。

酒造りをダイナミックに魅せる難しさ

瀬木:日本酒をモチーフにするのは本当に難しかったです。ドキュメンタリーでもなければ、日本酒のAtoZを描くわけでもない。また、ジューという音や湯気などのシズル感を出すのも難しい。特に、酒造りのシーンは再現可能な部分をチョイスするのと同時に、人間の物語を描かなければならなかったので、とてもたいへんでした。

石川:監修として意識したのは、日本酒業界の関係者が見ても不自然じゃないのと同時に、一般のお客さんが見てもわかるような表現です。たとえば、米が蒸しあがった直後の湯気など、動きや変化のあるシーンは大事にしていますね。単なる製造工程の説明にならないように、ダイナミックなところを選んでいます。

瀬木:蒸米の状態を確認する「ひねりもち」のシーンでは、石川さんが"手タレ"として出演していますよ(笑)。

石川:俳優さんにやっていただくのは難しいので......あのシーンは数回撮り直しましたね。現場にある道具が、いつも使っているものと違い、思うようにできなかったんです。監督が「カット!」と言ったとき、スタッフの方々から拍手が起こりました(笑)。

瀬木:小市慢太郎さんが演じる杜氏の坪島は、石川さんがモデルです。渋くて貫禄があるので適役でした。

瀬木:俳優のみなさん、石川さんや蔵人の方々と毎日のように飲んでたんですよ。実際、蔵人は酒造りの間、共同生活をするじゃないですか。その距離感をうまくつくれたんじゃないかと思います。

西条の魅力とは

瀬木:西条の魅力は、生活のなかに酒があることですね。酒蔵の路地を、そこに住む人たちが通勤や通学に使っているんです。人間の営みと酒蔵の調和がとれた風景で、素晴らしいと思いました。ただ美しい風景を撮るのではなく、そこにある生活を描くことが、この映画の成功につながると感じました。

石川:西条の酒造りは、賀茂鶴や白牡丹などの広島県全体をリードする大きい蔵が品質至上主義だったため、単なる大量生産ではなく、良いものを造ろうという方向で進んできました。

瀬木:撮影場所を決めるとき、どれほどの美しい景色があっても、そこに人生をかける価値があるかと聞かれたら、僕はNOと答えてしまいます。その地に住んでいる方々との交流が深まるなかで、この人たちの喜ぶ顔が見たいと思えるようになって初めて、人生をかける意味が生まれてくると思うんです。最後はやっぱり人ですね。西条は、このエネルギーがとても大きい町でした。

語る瀬木監督

石川:受け入れる側もやっぱり人間。誰が来ても話が進んだわけではないと思います。瀬木監督と話すなかで、この人ならと思えたので、引き受けました。私たちの熱量を引き出したのは、瀬木監督のほうですよ。

瀬木:僕を突き動かしたのは、結局「恋」みたいなものですね。この町を好きになってしまったんです。映画を通して、西条の魅力が多くの人に伝わり、実際にお酒を飲むという行動にまでつながるとうれしいです。

地域との出会いから生まれたこの物語には、日本酒に携わる人々が受け継いできた思いや、西条の魅力がしっかりと織り込まれています。

ちなみに、作中に登場した「鯉幟(こいのぼり)」や、東広島市と西条の9蔵が手がけた「恋のしずく」という日本酒もすでにリリースされています。映画を楽しんだあとに、ぜひ味わってみてください。

(取材・文/橋村望)

◎映画の概要

農大でワインソムリエを目指すリケジョの詩織(川栄李奈)は、日本酒が苦手にもかかわらず、研修先が酒蔵になってしまう。蔵元(大杉漣)と折り合いの悪い息子・莞爾(小野塚勇人)をはじめ、杜氏(小市慢太郎)や米農家の美咲(宮地真緒)、若き蔵元の有重(中村優一)など、さまざまな人との出会いにより詩織の日本酒に対するイメージは変わっていく。日本酒や酒処・西条の魅力、揺れ動く恋模様など、見どころたっぷりの作品です。

◎西条について

「酒都」とも呼ばれる東広島市の西条は、わずか1km圏内に、賀茂鶴、亀齢、西條鶴、福美人、白牡丹、賀茂泉、山陽鶴を醸す7つの酒蔵が軒を連ねる地域。この地に流れる良質な軟水で仕込まれた西条の日本酒は、なめらかでふくよかな味わいになる傾向があり、全国の日本酒ファンから親しまれています。

◎若き蔵元を演じた小野塚勇人さんと中村優一さんへのインタビューは『ヒトサラMAGAZINE』をチェック!

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