創業130年超の酒蔵である、新潟の菊水酒造。実は海外輸出にも力を入れており、現在、28の国と地域へ日本酒を届けています。特に注力しているのはアメリカで、海外における売上の7割以上を占めているのだとか。
今では、日本酒の海外輸出には多くの酒蔵が取り組んでいますが、菊水酒造では商品そのものを輸出するだけでなく、アメリカに現地法人「KIKUSUI SAKE USA,INC.(以下、菊水USA)」を立ち上げています。2010年に設立した「菊水USA」では、現地採用の社員を含めた5人のメンバーが、アメリカでの日本酒普及に努めているのです。
輸出だけでなく、現地法人を立ち上げた理由、そして菊水酒造が考えるこれからの海外戦略について、菊水USAでマネージャーを務める金井進一氏にお話をうかがいました。
現地の声から始まったアメリカ進出
菊水酒造の海外展開は、1995年頃に始まりました。きっかけは、アメリカにあるレストランが、缶入りの日本酒「ふなぐち菊水一番しぼり」に興味を持ったことだったそう。要望を聞いた販売代理店から、輸出しないかと声がかかりました。「そんなうれしい声があるのなら」と、アメリカ進出を決めた菊水酒造。
アメリカへの輸出は、2000年頃から自然と受注頻度・数量が増加していきます。この成果から"確かな市場がある"と確信した菊水は、アメリカへの輸出にますます力を注いでいきます。専任の社員を採用し、年に一度開催される大規模なレストランショーにも出展するようになりました。
しかし、時間やコストを考えると、頻繁にアメリカ出張へ行けるわけではありません。現地の人たちにとって未知の文化である日本酒を広めていくためには、月に一度程度の渡米では不十分でした。
現地の飲食店や酒販店とさらに密な関係を築き、消費者に日本酒の魅力を伝えていきたい ──。その思いから、2010年に現地法人を設立。新潟にある本社からの出向社員と、現地採用社員の2名を中心に、菊水酒造の海外展開が本格的に始まります。
独自の営業スタイルで成長した「菊水USA」
もともとアメリカの食品卸会社で働いていた金井進一さんが、菊水酒造に入社したのは2012年のこと。アメリカ現地で採用され、すぐにマネージャー職となっています。
金井さんの主務は、菊水USAメンバーのマネジメントです。
アメリカ営業の要を担うのは、本社で10年以上勤務し、2017年1月から菊水USAに移籍した遠藤丈志さん。金井さんと遠藤さんを除くあとの3名は現地採用の社員で、2名が営業、1名がバックオフィスを担当しているのだそう。
左から遠藤さん、松嶋さん(バックオフィス担当)、金井さん
アメリカ人スタッフのLEOさん(左)とTyさん(右)
一般的な営業活動では、地域を区切って担当を割り振ることが多いですが、菊水USAは違うのだそうです。
「営業の3名は、担当地域ではなく『役割』が違います。それぞれが一番力を発揮できるセクションを任せているんですよ。こういう営業スタイルは、菊水USA独自のもの。現地で"良い"と思ったやり方を、新潟の本社も尊重してくれるのがありがたいですね」
遠藤さんは、日系卸問屋を中心に担当しています。キメ細かな営業スタイルが関係各所に大好評なのだそう。バイリンガルのLeo(レオ)さんは、ニューヨークでは日系・米系を問わないレストラン営業として活躍。またニューヨーク州以外では、現地の卸問屋やワイン店なども担当します。そしてTy(タイ)さんは、主に現地の卸問屋、ワイン店、レストランを担当しながら、菊水ブランドのアンバサダーとして「菊水ナイト」を各地で開催しています。
一番のポイントは、言葉の壁(英語→日本語、あるいは日本語→英語)で各自の持ち味を削がないこと。それぞれが存分に力を発揮できる体制をつくることで、成果をあげてきました。このような取り組みの結果、設立7年目を迎える今では、全米で約5,000店舗もの飲食店が菊水酒造の日本酒を提供するまでになりました。売上も当初の約2.5倍に伸び、確実にファンを増やしています。
まずはお客様と真剣に向き合うことから
アメリカで着実に広がりつつある、菊水酒造の日本酒。その成長の要因についてさらに聞いてみると「特別な秘密はありません。"地道な営業"がすべてです」という答えが返ってきました。
「日本酒の卸会社に同行して、コツコツと飲食店を回ります。とにかく足を使うことが大事ですね。"まずはお客様と真剣に向き合うことから"というのは、日本でもアメリカでも同じだと思いますよ」
また、商品を購入してもらうことがゴールではなく、その後のフォローも大切にしているのだそう。お店を訪問して直接お礼を伝えるのはもちろん、販促ツールの制作や、スタッフを対象にした日本酒に関するレクチャーなど、各店舗に合わせた対応を心がけています。
「社長の高澤からは『日本酒そのものを啓蒙してほしい』と言われているんです。啓蒙なんて、短期間でできることではありませんよね。ですから、大きな広告を打って一気に売る…...なんてことは考えていません。アメリカに根を張って、少しずつでいいから、日本酒に触れてもらうこと。そして、コツコツと菊水のファンを増やすこと。派手な活動は必要ありませんよ」
海外だからといって、特別な手段を使っているわけではない。目先の結果を追い求めるのではなく、足元を確実に固めていくのが菊水酒造の営業方針なのですね。
東西でこんなに違う!アメリカでの日本酒の楽しみ方
菊水酒造の日本酒を取り扱っている、全米にある約5,000の飲食店。これらは一体、どのようなお店なのでしょう?
「日本食レストランが中心ですね。今のアメリカにおいて、日本食レストランはマクドナルドの数よりも多いと言われています。寿司やラーメンに加えて、最近ではさまざまな国の料理が合わさった『フュージョン(融合)』という新しいジャンルも生まれました。こうしたお店では、ハウスワインならぬ"ハウスSAKE"が提供されているんです」
また金井氏の話によると、アメリカの東西で菊水酒造の銘柄の人気も違うのだとか。
「カリフォルニアなどの西海岸には、日本食レストランが多数立ち並んでいます。中流以上のお客様が多いこの地域では、『菊水 純米吟醸(国外専用商品)』が日本酒の定番となっています。保守的な人が多いと言われ、一度好きになったブランドに対して、ずっとファンでいてくれるんです。逆に言えば、後発ブランドにとっては厳しい場所ともいえるかもしれません。私たちは日本酒メーカーの中でもかなり早い段階に参入していたので、昔からのファンが多いですね」
ニューヨークを有する東海岸エリアではどうでしょうか。
「東海岸は、なんといっても『ふなぐち』。当初こそ『缶入りなんて安っぽい』と敬遠されていましたが、今では"缶のまま飲むのがクール"と言われているほどですね」
「ふなぐち」がここまで受け入れられたのは、菊水USAのメンバーが"なぜ缶入りなのか"という理由をていねいに伝え続けたから。"旨い生原酒をしぼりたてのまま流通させたい"という商品コンセプトをコツコツと説いて回りました。今では1ヶ月に300缶を売り上げるバーもあるのだとか。
さらに、「ふなぐち」に迫る勢いで注目が高まっているのが、アメリカだけで販売している「パーフェクトスノー」という商品。アメリカのお客様向けに専用に開発したにごり酒です。人気の理由は、多様な飲み方への対応力にありました。
「アメリカでにごり酒の人気が高まってきていたので、日本で販売しているにごり酒『五郎八』で培った技術と、現地でのモニタリングを生かした商品を投入したのです。アメリカは人種や生活圏によってお酒の飲み方がかなり多様化しているので、『パーフェクトスノー』は、そのままで美味しいのはもちろん、カクテルのように炭酸やジュースで割ることも想定し、いろいろな飲み方ができるように工夫しました」
流行を掴み、ニーズに沿った新商品を投入するというのは、アメリカに根を張っているからこそできること。飲むだけに限らず、料理やデザートに活用することもできる「パーフェクトスノー」、まだまだ伸びしろがありそうですね。
「KIKUSUI」ブランドを通して、日本酒の魅力を広めていく
最後にこれからの海外戦略について伺うと、「アメリカ戦略の中心は『純米吟醸』で、このスタンスはこれからも変わらない」と前置きしつつ、次のように展望を話してくれました。
「『純米吟醸』を主力に据えつつ、そこにユニークな提案ができる『ふなぐち』『パーフェクトスノー』、さらには菊水ならではアルミ缶という容器までもうまく活用して『KIKUSUI』というブランドを広めて、ファンになっていただきたいですね。とはいえ"お客様ひとりひとりと向き合う"という営業スタイルはこれからも変わりません。年間60回ほど開催している試飲イベントのような、お客様と直接触れ合う機会はさらに増やしていきたいと考えています」
ていねいに日本酒の良さを伝えていくこと。遠回りに見えても、それが文化を根付かせる王道なのかもしれません。
アメリカをはじめとする各国への菊水酒造の日本酒輸出額は、堅調な伸びを見せています。それでも、全社の売上に占める割合は5%程度です。
菊水酒造代表の高澤大介社長はこの数字について、「まずは10%に成長させる」と話しています。それは、売上の10%を占めることが、"投資"から"事業"への転換点だと考えているからです。海外事業の確立という目標に向けて、菊水酒造は今後さらに展開を加速させていくでしょう。
菊水酒造の営業スタイルは"とにかく日本酒を知ってほしい"というもの。難しいこと考えずにまずはお酒を飲んでもらい、「原酒」や「生酒」などの専門用語は英語でていねいに解説。菊水酒造のブランド価値ばかりでなく、日本酒そのものの価値が高まるように尽力しています。菊水酒造の海外展開は、世界中に日本酒ファンを増やしていくでしょう。
(取材・文/藪内久美子)
sponsored by 菊水酒造株式会社
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