英語の記事を読む;Explore in ENGLISH!

コンビニやスーパーマーケットでおなじみの「ふなぐち菊水一番しぼり」をはじめ、多くの人気商品を生み出してきた菊水酒造。

今や、その市場は日本だけではありません。1995年ごろから海外展開を始めた菊水酒造は、2010年にアメリカに現地法人「KIKUSUI SAKE USA,INC.」を設立しました。今では、アメリカのバーでも「ふなぐち菊水一番しぼり」が缶のまま楽しまれています。

アメリカで販売されている「ふなぐち」

菊水酒造が大切にしているのは、単に商品を販売するのではなく、日本酒という「文化」を伝えていくこと。海外でもその姿勢は変わりません。そのために行っているユニークな取り組みが、海外のディストリビューターや飲食店向けの「日本酒研修」です。

菊水酒造の海外研修用のテキスト

今回は、菊水酒造がオリジナルテキストを作るほど力を入れている研修を見学させてもらいました。海外のディストリビューターは、菊水酒造の酒造りからなにを感じるのでしょうか。

日本酒のプロを育てる研修

菊水酒造に訪れたのは、アメリカのディストリビューター・Mutual Trading Co., Inc.(以下、Mutual Trading社)の方々です。1926年にアメリカ・ロサンゼルスで創業したMutual Trading社は、日本食材を専門に扱う会社。日本酒をはじめとした酒類や食料品、調味料など、6,000点以上もの商品を取り扱っています。

Mutual Trading社の外観

Photo by Mutual Trading Co., Inc.

菊水酒造がMutual Trading社と取引を始めたのは90年代前半のこと。Mutual Trading社の金井紀年前社長と、菊水酒造の髙澤大介社長の考え方が合致したことが研修のきっかけとなりました。

Mutual Trading社を訪れた髙澤社長は、「うちの酒蔵に来て、いっしょに酒造りをしませんか。酒造りの期間、私たちは蔵に泊まり込みます。酒造りの工程を目で見て、実際に麹に触れてみることは、みなさんが日本酒を販売していく上で間違いなくプラスになりますよ」と語ったそうです。

その熱い想いは、Mutual Trading社を動かしました。菊水酒造もMutual Trading社も、社員教育に力を入れている点が共通していたのです。そこで、「日本酒のプロフェッショナルを育成する」という目標を掲げ、2006年から菊水酒造での日本酒研修がスタート。2019年で16回目を迎えるこの研修は、これまでに65人が参加しています。

研修には社歴5年以上の社員が参加でき、今回の参加者は4名でした。営業のZhou Boさんと八木崇仁さん、アシスタントマネージャーのJimmy Kimさん、デザイナーの中谷真那さんです。社内でも人気なようで、「菊水酒造の研修は、みんな行きたがっているんですよ」と話してくれました。

菊水酒造の節五郎蔵

研修は、4日間に渡って「節五郎蔵」で行われます。創業者の名を冠した「節五郎蔵」は、小ロットで仕込む大吟醸酒の醸造や、研究開発のための試験醸造も行う、いわば「挑戦する蔵」。自動制御装置はなく、人の五感をフルに使った酒造りを通して、人材の育成や技術を伝承する機能も兼ね備えています。今回の研修にはぴったりと言えるでしょう。

そんな「節五郎蔵」で、洗米から麹造りまでを体験します。いよいよ、研修のスタートです。

40℃の環境で行う麹造り

菊水酒造の海外研修(製麹)

見学したのは研修の2日目。日本酒造りに欠かせない「麹」を造る工程です。蒸した米に麹菌を繁殖させることで麹が完成します。

菊水酒造の海外研修(製麹)

麹菌が繁殖しやすいように温度管理されている麹室の気温は、およそ40℃。部屋に入るとむっとする熱気が迫ってきます。立ちっぱなしで全身を使って作業をするため、初めて体験すると気分が悪くなる人もいるのだとか。こまめに休憩を取りながら麹を造っていきます。

菊水酒造の海外研修(製麹)

床(とこ)と呼ばれる台に蒸米を広げて、麹菌を振りかけ、米を混ぜる。最初は不安そうな手つきだった4人も、何度か作業を繰り返すうちに、手慣れた様子になっていきました。

菊水酒造の海外研修(製麹)

最後に、温度が下がらないように布団をかぶせ、この日の作業は終了です。サウナのような部屋で2時間ほどの作業を終えた4人は汗だくで、さすがにぐったりとした様子。「こんなに時間がかかるなんて」「かなり体力が必要な仕事ですね」と振り返っていました。

日本酒の複雑な香りを学ぶ

午前中に造りを体験したので、午後は座学。まずは日本酒の香りについて学びます。

菊水酒造の海外研修(香り)

菊水酒造 研究開発部の宮尾俊輔さん(右)

講師を務めるのは、日本酒に精通した研究開発部の宮尾俊輔さん。薬品を使って、実際に香りを嗅ぎながら研修を進めます。

「香りの好き嫌いは、その人の経験から来るといわれています。たとえば、多くの日本人は発酵食品に慣れているので、納豆の香りも『美味しそう』と感じます。しかし、アメリカ人はそれを『腐っている』と思うかもしれません。一方で、日本人のほぼ全員が『嫌い』だという香りを、アメリカ人のほぼ全員が『好き』だという面白いデータもあるんですよ」

菊水酒造の海外研修(香り)

りんごのような香り、バナナのような香り、ヨーグルトのような香り。日本酒に含まれるさまざまな香りを抽出した薬品をひとつずつ嗅ぎ、みんなで感想を話し合います。宮尾さんが話した通り、ある人が「好き」と答えた香りを、ある人は「苦手」と答えることも珍しくありませんでした。

一言で「日本酒の香り」といっても、それはたくさんの香りが重なり合ってできあがったものです。そのことを体感することができる、とても興味深い講義でした。

5種類のきき酒に挑戦!

香りの後は、味について学びます。講師を務めるのは、製造部の五十嵐雄太さん。きき酒のポイントを教わった後に、菊水酒造が造る日本酒を飲み比べ、その香りや味について話し合います。

飲み比べる日本酒は、「酒米菊水 純米大吟醸 原酒 」「菊水 純米吟醸」「ふなぐち菊水一番しぼり」「菊水の辛口」「ふなぐち菊水一番しぼりスパークリング」の5種類です。

製造部の五十嵐●●さん

菊水酒造 製造部の五十嵐雄太さん

「きき酒で大切なのは、銘柄を当てることではありません。自分の感じたことを言葉にすることが大事なんです」と、五十嵐さん。

「自分が感じた味を正確に伝えるのはかなり難しいことです。『美味しい』『好き』とは言えても、『具体的にどんな味なのか』まで言葉にできる人は多くありません。同じ味・同じ香りを感じたら、常に同じ言葉で表現することが理想です」

菊水酒造の海外研修(利き酒)

5つの銘柄すべてを的中させたのは中谷さん。「香りも味も、まったく違いますね。こんなにじっくり日本酒を味わったのは初めてかもしれません」と話していました。

日本酒文化を、世界に伝える

菊水酒造の海外研修(仕込み)

五感をフルに使って酒造りを学んだ4人。研修が終わると、「繊細な作業の一方で、酒造りには体力も必要なんですね。想像以上に大変でした」、「酒造りは本当に奥が深いのだとよくわかりました。今回学んだことを早くアメリカでも伝えたいです」など、感想を話してくれました。実際に体験しなければわからない、多くの学びがあった様子です。

菊水酒造の外観写真

日本酒は、日本の素晴らしい文化のひとつ。菊水酒造では、「商品をただ売ること」ではなく、日本酒の面白さや楽しさを知ってもらい、「日本酒を通じて人生を豊かにすること」を目標に掲げています。

その舞台がアメリカに移っても、目指すところは同じ。日本酒という文化を伝えていく人を増やすために、菊水酒造は10年以上も前から海外向けの日本酒研修を続けてきました。

そんな研修について、Mutual Trading社の山本耕生会長は「日本国外で本物の日本食文化を伝え続けてきたMutual Tradingの設立100周年を間近に控え、菊水酒造さんには大きなサポートをしていただいた」と大きく評価しています。

4人が帰国した後に、きっと研修の成果がアメリカで花開くことでしょう。菊水酒造が伝えた日本酒文化は海を越え、さらに伝播していくのです。

(取材・文/藪内久美子)

sponsored by 菊水酒造株式会社

これまでの連載記事

菊水酒造株式会社 / KIKUSUI SAKE CO., LTD. 連載記事一覧