今宵もまた文学作品から酒肴のお膳立て。今回は池波正太郎氏のエッセイ集『食卓の情景』(新潮文庫)の中から「どんどん焼」を肴に酒を味わってみたいと思います。

話は池波氏が折に触れて思い出すという少年時代の出来事について。下町の屋台で食べたどんどん焼の味、そして屋台を営む大人たちとのやりとり、さらには、後に知ることになるオトナの事情が綴られています。

時は昭和初期。同作に限ったことではありませんが、池波少年の活躍ぶりは見もの。やることなすこと痛快で、こんな粋な子どもがいるのかと、池波正太郎という人物にますます親しみを覚えるのでした。

「どんどん焼」とは?

自宅でみずから調理するほど、どんどん焼をこよなく愛する池波氏。どんどん焼を次のように定義づけています。

昭和初期から十年代にかけて、東京の下町のところどころに出ていた屋台の[どんどん焼]というものは、いまのお好み焼のごとく、何でも彼でもメリケン粉の中へまぜこんで焼きあげる、というような雑駁なものではない。(中略)メリケン粉をうまく小判型に鉄板へ敷き、その上へ材料をのせ、さらに上からメリケン粉をかけまわして両面を焼くのである。(同書より抜粋)

どんどん焼とはメリケン粉を使った、数ある焼き物(具材や形が異なる)の総称。どんな種類があるかというと、同書にはこのように書かれていました。

  • ベース:メリケン粉を溶いて鶏卵と合わせたもの
  • パンカツ:食パンの両面へ、メリケン粉をぬって焼き、ソースをつけて食べる
  • パンカツの上:パンカツの上へ、挽肉とキャベツをのせて焼き上げたもの
  • カツレツの上:メリケン粉を小判型に敷いた上へ牛や豚の生肉をのせ、この上へメリケン粉をかけまわし、乾かぬうちにパン粉をふりかけて焼きあげたもの
  • オムレツ:ベースのメリケン粉へ、さらに鶏卵を落として焼きあげ、長方形にたたんでソースをかける

他にも「おしるこ」「餅てん」「キャベツボール」などがありました。これらは、子どもたちの小腹を満たすファストフードとして、あるいはご飯のおかずに大人が買って帰るような、ごく手頃なものだったようですね。

池波氏は、お小遣いをやりくりして食べるそれを『なんといっても、つくりたて焼きたてのうまさは、子供ごころにもこたえられない』と書いています。

あぁ、食欲が刺激されてきました。どんどん焼を食べてみたい!これをアテに晩酌してみたい!という衝動を抑えられません。

懐かしの味を再現してみる

上述したどんどん焼のバリエーションから、今回は「カツレツの上」を作ってみました。

屋台のおやじがどんどん焼を作る手さばきに見惚れたという池波少年。おやじに憧れ、弟子入りまで考えたのだそう。料理に対する感受性は幼い頃から高かったのでしょう。

池波氏がみずから綴る少年時代の様子には、後に稀代のグルメと称される片鱗をうかがわせる何かがありました。

完成です。確信を得るほどの資料がなく、あくまでも想像で再現していることをご了承ください。また、付け合わせに千切りのキャベツを添えていますが、屋台で食べるファストフードですから、当時は紙に包んだか、もしくは薄皮に載せて食べていたのではないかと思われます。

パン粉をまとった衣、豚バラ肉、そしてウスターソースをつけたビジュアルは、串カツやお好み焼きを連想させ、何となく味わいの想像がつきそうですね。

食べてみると外側はさっくり、中はしっとりと焼き上がっています。こってり肉厚なお好み焼きに比べれば、シンプルでカジュアルな味わい。これぞ下町のファストフード。粋な逸品です。

これは子どもだけでなく、大人だって好きになってしまいますね。何よりも、酒の肴に打って付けでしょう。

料理と柔軟に向き合う食中酒「澤の花」

澤乃花 花ごころ 本醸造(伴野酒造株式会社/長野)

常温、いわゆる"冷や"で味わいました。

本醸造らしくキリッと整った香り、素朴な米の旨み、しなやかなキレの良さがスッと広がり、さらりと消えていきました。穏やかではありますが、きちんと主張しています。どこか馴染み深いこの飲みやすさは、きっと多くの愛飲家に受け入れられるでしょう。料理とも柔軟に向き合えるに違いない。そんな期待感があります。

酒の余韻もそこそこに、改めて「カツレツの上」をひと口。

すると、豚バラの旨味がより美味しく感じられました。ウスターソースが口の中でキレを増し、そこに豚の脂が寄り添っていくという構図でしょうか。洗浄効果で口の中がさっぱりしたからか、あるいは、舌に残った酸味がソースと馴染み、豚の風味を迎えるのに最適な状態になったのか。いずれにしても、この「澤乃花」は食べ物を美味しくする食中酒として最適。「カツレツの上」とともに、心地良いひと時を提供してくれました。

かの池波少年が「子供ごころにもこたえられない」と言うなら、私は「晩酌ごころにもこたえられない」と言うところでしょうか。

(文/KOTA)

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