自然の地形を生かした「のぼり蔵」
明治35年(1902年)、初代・齋藤彌太郎氏が創業。由利本荘市は秋田県南部、名峰・鳥海山にほど近い港町です。蔵のある石脇地区は「穴を掘れば水が出る」というほど、豊富で清冽な湧水に恵まれています。当時のまま残る店舗・住宅・蔵11棟が国の登録有形文化財に指定されています。
同蔵の特徴は、創業当時から現在の傾斜地に建てられていること。高低差6mある一番高い場所に位置する精米所から、酒造りが始まります。蔵に湧きだす伏流水で酒が仕込まれ工程が進むにつれ下に移動。蔵人に負担をなるべくかけないよう自然の地形を生かした合理的な蔵の造りは、先人の知恵と言えるでしょう。東京農業大学の小泉武夫博士が「のぼり蔵」と名付けています。
珍しい「櫂入れ」作業をしない酒造り
銘柄は「由利正宗」と「雪の茅舎」。現在の主流は「雪の茅舎」ですが、由来は雪深く茅葺き屋根の家屋が多い同地の風情溢れる冬景色から、同地を訪れた作家が名付けたとのこと。
山内杜氏の名杜氏として名高い高橋藤一氏が、昭和59年(1984年)から杜氏として同蔵から銘酒を生み出しています。主要酒米は蔵人が育てた「秋田酒こまち」、そして20年以上の研究から培養した自社酵母を使用。
そして特筆すべきはなんと言っても、酒母や醪をかき混ぜる「櫂入れ」という作業をしないことです。日本酒蔵を訪問すると、当たり前のように行われる作業ですが、同蔵は櫂入れをおこなわず、自然の対流によりゆっくりと醪がタンクの中で回るよう、緻密な計算の上で醪を仕込んでいるとか。
山廃が苦手な人も呑める山廃の名品
今回の山廃純米酒は、同蔵の自然の営みでできたお酒の結晶、山廃酒の名作のひとつと言えるでしょう。山田錦、秋田酒こまちを65%まで磨き、自社酵母で醸しています。香りは穏やかな吟醸香、花の蜜のようなイメージもあります。口に含むと、綺麗な米の旨みと、引き締まった酸味のバランスが絶妙。雑味もまるで感じずシルキーな味わい。冷やだと山廃というイメージはまるで感じません。これなら山廃が苦手な方も呑めるはず。
お燗にすると、眠っていた米の旨みや複雑味が出てきて、ふくよかで山廃らしい味わいも出てきますが、冷やで感じた、繊細さや一本筋が通った品の良さは健在。お燗にしても山廃酒にありがちな重さも感じません。これで、1升瓶で2,500円弱というお値段ですからコスパは最高です。
濃醇ながら繊細な味わいなので、淡白な白身の刺身や野菜のお浸しから、肉料理や洋食まで本当に幅広い酒肴や食事に合わせられる逸品。秋田の郷土料理なら比内地鶏の刺身、きりたんぽ鍋など最高の相性でしょう。