少しずつ木々が色づきはじめ、秋も深まってきました。「読書の秋」という言葉のとおり、夜が長く、過ごしやすい気候のこの季節は、本を読むのにぴったりです。

今回は、美味しそうな料理やお酒に関わる描写が印象的な女流作家の作品を3冊ご紹介します。読むと思わずお酒が飲みたくなるものばかりですよ。

眺めているだけでも楽しい! 宇野千代『私の作ったお惣菜』

reading-in-autumn_1

最初に紹介するのは、宇野千代の『私の作ったお惣菜』です。

大正、昭和、平成と人生のほとんどを文筆業へ捧げてきた彼女は、自身の恋愛遍歴を描いた作品が代表作として知られています。

しかし同時に、「むかしわたしは、銀座でお弁当屋さんをやりたい、やりたい、と言い続けていたことがありました。それくらい、お惣菜を作るのが好きだったのです」と述べるほどの料理好きでもあります。

1984年に発行された『私の作ったお惣菜』は、そんな彼女が実際に作ってきたお惣菜の数々が紹介されたエッセイです。

目次を見ていくと、「岩国蓮の煮〆」「あなごのバター焼き」「鰯の天ぷら」「枝豆豆腐」など、魅力的な品々が並んでいます。
本作では、これらの作り方をはじめ、彼女自身の思い出や、故郷である山口県岩国市の情景も織り込まれた文章が美しくつづられています。

reading-in-autumn_2

そして何より、文章と共に並べられたお惣菜の写真が、とにかく美味しそうなのです。ぱらぱらと眺めているのも愉しい1冊です。

お酒と肴の描写が美しい。川上弘美『センセイの鞄』

reading-in-autumn_%ef%bc%93

次に紹介するのは、川上弘美の『センセイの鞄』。

谷崎潤一郎賞を受賞したこの作品で描かれているのは、高校の恩師・センセイと、再会を果たした主人公・ツキコとの、やわらかな恋。酒好きの2人の間には、いつも美味しいお酒と肴があります。

 今の季節ならば冷や奴、少し前の季節なら湯豆腐を箸でくずしながら、ちびちびと酒など飲みながら隣合う、というのがいつものセンセイとわたしの会いかたである。会いかた、と言ったって、約束をするわけでもない、たまたま居合わせるだけである。

この描写のとおり、お互いに年齢を重ねているからこそ、飲み屋に行って、相手がいたらいっしょに飲むという偶然を2人は好みます。お酒と肴が好きで、味わう時間を大切にしているのがよく伝わってくる作品です。

 一合徳利をちょっと傾け、とくとくと音をたててつぐ。杯すれすれに徳利を傾けるのでなく、卓上に置いた杯よりもずいぶん高い場所に徳利を持ち、傾ける。酒は細い流れをつくって杯に吸い込まれるように落ちてゆく。一滴もこぼれない。うまいものである。

これは作中でセンセイが日本酒を注ぐ際の描写です。飲み屋の灯りに照らされ、きれいな流れを作って杯に注がれる日本酒が、良く想像できます。同時に、センセイが日本酒を飲みなれていて、美しく、旨く飲むことに長けていることが伝わってくる場面でもあります。

こんな風にお酒を味わえる歳の重ね方をしたいと思える、酒好きにオススメの1冊です。

町の酒屋の日常を描いた、角田光代『夜をゆく飛行機』

reading-in-autumn_4

最後に紹介するのは、角田光代の『夜をゆく飛行機』。

この作品の舞台は、町の小さな酒屋「谷島酒店」です。この店を営む家族の4人姉妹の末っ子、里々子という10代の少女が主人公で、作中では、彼女の視点から見た酒屋の様子がリアルに描かれています。

 「あら、あなたが飲むなら好きなの飲んだらいいじゃない。剣菱なんかは若い人にはちょっとにおいがきついわよね、どんなのが好きなの、甘いの、辛いの?」 母はいつもの陽気な接客態度を取り戻して聞き、私は少しほっとする。看板を隅に片づけながら、母と男の子が、すっきりだの辛口だの言い合っているのを聞いた。

これは、閉店ぎりぎりに駈け込んで来た大学生の男性客に母が接客している場面の描写です。まだ10代の少女ながら、彼女にとっては「辛口」「すっきりとした」といった会話が聞こえてくるのが日常の風景なのです。

町の酒屋には、ただ酒を販売するだけではなく、さまざまな役割があります。飲食店と繋がり、付き合いと信頼関係の中で新しい酒を卸す。訪問した客にとって、初めて日本酒を選ぶときの心強い味方となってくれる。読むと、町の酒屋で日本酒を買った時のことを思い出す1冊です。

ぜひ、お気に入りのお酒をお供に読書を

reading-in-autumn_5

秋の夜長のお供に、美味しいお酒を飲みながら、作品を堪能してみてくださいね。

◎ 参考文献 

『私の作ったお惣菜』 宇野千代/1994年/集英社
『センセイの鞄』川上弘美/2004年/文藝春秋
『夜をゆく飛行機』 角田光代/2009年/中央公論新社

※いずれも文庫版を引用

(文/鈴木紗雪)

関連記事