日本酒を選ぶ時、「何にこだわるか」がまず頭に浮かびます。銘柄名や蔵の所在地、酒米など、日本酒を選ぶための基準は人それぞれ。だからこそ、日本酒は選ぶ楽しみが多いお酒だと言えるでしょう。

特に「純米酒にこだわって飲む」という声を、お店やイベントで耳にすることがあります。アルコールを添加せずに造られた純米酒だからこそ味わえる、米の旨味。

今回は、純米酒にこだわる蔵元を取り上げたノンフィクション作品や純米酒の解説書など、3冊の作品をご紹介します。

三無(さんない)杜氏のこだわりとは?藤田千恵子『美酒の設計』

はじめに紹介するのは『美酒の設計 極上の純米酒を醸す杜氏・高橋藤一の仕事』

秋田県由利本荘市の齋彌(さいや)酒造店で杜氏を務める高橋藤一氏のこだわりや酒造りへの思いを、ライター・藤田千恵子氏がまとめた1冊です。高橋藤一氏は代表銘柄である「由利正宗」のほかに「雪の芽舎」や、この作品のタイトルにもなっている「美酒の設計」などを醸してきた大ベテランの杜氏です。高橋杜氏は、現代の酒造りで一般的に行われている3つの工程をあえて行わない「三無(さんない)杜氏」だそう。

  • 櫂入れをしない
  • 加水をしない
  • 濾過をしない

3つのこだわりを基にした高橋杜氏の酒造りは、もちろん一朝一夕に成せるものではありません。本作では、この3つの「ない」を実現する難しさや、蔵人と二人三脚で工夫を重ねていく様子が、四季折々の描写とともに描かれています。

また、齋彌酒造店は日本ではじめて「オーガニック日本酒」の認定を受けた蔵としても知られています。しかし、認定の7年後、蔵の社長が「せっかく良いものができても、高価になって飲んでもらえなくなるならば、極力、安いものに設定したい」と、飲み手のことを第一に考えた理由で返上してしまいました。

純米酒を造る上で、徹底したこだわりを追い求める杜氏と、消費者を常に考えながら蔵を営む社長。さまざまな立場からみた酒造りを知ることができる作品です。

純米酒への熱い思い!上野敏彦『闘う純米酒 神亀ひこ孫物語』

次にご紹介するのは『闘う純米酒 神亀ひこ孫物語』

埼玉県蓮田市の神亀酒造は、1987年に清酒製造量のすべてを「純米酒」に切り替えるという画期的な試みを行った蔵元です。端麗辛口の吟醸酒がブームになっていた当時、「経営が成り立つはずがない」といった批判もある中で、「酒は純米酒」を矜持に立ち上がり、こだわりを貫いてきた神亀酒造。決して大きな蔵元ではなく、蔵の立地も水や米に特別恵まれた場所ではありません。

だからこそ、家族一丸となって蔵を支え、純米酒へのこだわりを貫いて酒造りを行う様子が読み手の心へ響いてきます。「白ワインに負けぬ酒を」と考え、お酒をじっくり熟成させることで出る米の旨味にこだわり、小さな蔵から「純米酒」が広がっていく。読み終えると純米酒が飲みたくなるような、熱いドラマの詰まった1冊です。

至上の純米酒入門書。上原浩『純米酒を極める』

最後にご紹介するのは『純米酒を極める』です。筆者の上原浩氏は、漫画『夏子の酒』に登場する「上田久先生」のモデルにもなった、酒造技術指導の第一人者。

本作は、どんな立場の方が読んでもおもしろい作品です。「純米酒」というキーワードで作品を探すと、専門的な知識がぎっしり詰まったものから、初心者向けにわかりやすく書かれたものまで、実に多くの作品が出てきます。しかし、どの分野にも言えることですが、「迷ったらこれを読んでおこう」という作品は多くありません。上原浩氏の『純米酒を極める』はそういった意味で、最高の入門書でしょう。

まず本作は、巻末に日本酒の用語を解説した頁があるため「日本酒を最近飲み始めた」という方でも、わかりやすく読むことができます。また、きょうかい酵母や酒米の種類などの観点からも純米酒の良さを説明しているため、「日本酒はもともと好きだけど、改めて純米酒の良さを知りたい」という方も、好きな日本酒と照らし合わせながら「純米酒」をより深く知ることができるでしょう。

さらに、戦前から日本酒造りに向き合ってきた上原氏は、本作で日本酒業界の歴史や問題点についても、専門的かつていねいに言及しているため、酒造りや販売に携わる方にとっても、共感できる点の多い1冊だと言えるかもしれません。

今回はドキュメンタリーから専門的なものまで、アプローチの異なる3冊を選びました。ぜひこの機会に、本を開いてみてくださいね!

<参考文献>
藤田千恵子『美酒の設計 極上の純米酒を醸す杜氏・高橋藤一の仕事』2009年 / マガジンハウス
上野敏彦『闘う純米酒 神亀ひこ孫物語』2012年 / 平凡社
上原浩『純米酒を極める』2011年 / 光文社知恵の森文庫

(文/鈴木紗雪)

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