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2018年1月、アメリカ・ニューヨーク初の酒蔵「Brooklyn Kura(ブルックリン・クラ)」がスタートしました。偉大な挑戦を始めたのは、2人のアメリカ人。ブライアン・ポーレン(Brian Polen)氏と、ブランドン・ドーン(Brandon Doughan)氏です。

最先端カルチャーの発信地ともいわれるブルックリン。タイムズスクエアやウォール街、エンパイア・ステート・ビルディングなどで知られるマンハッタンのイースト川を挟んだ東側、ブルックリン・ブリッジを渡った先に蔵があります。

ブルックリン・ブリッジ

1990年代以降、安い家賃や住みやすい環境を求めたアーティストたちが移り住んだ影響もあって、こぢんまりとした個性的なショップや、倉庫を改装したおしゃれなホテル・レストランなどが続々とオープンしている場所です。

なかでも、サニーサイドパークのウォーターフロントエリアは、19世紀から20世紀にかけて使われた何棟もの工場建造物をリノベーションし、"インダストリー・シティー"として開発が進められています。雑貨・ファッション・フードなど、さまざまな種類の店やコワーキングスペースがそろうユニークな複合施設の一角に、印象的な青い扉が見えてきました。ここで搾りたてのSAKEがタップに詰め込まれ、ニューヨーカーたちの来訪を待っているのです。

青い扉が目を引くブルックリン・クラ外観

Photo by Molly Tavoletti

金融マンと科学者が出会ったSAKEの魅力

ブライアン氏とブランドン氏が日本酒を初めて飲んだのは、アメリカの寿司屋でした。

「そのときに飲んだのは、"hot-sake"。苦味が強くスピリッツみたいだと思いました。多くのアメリカ人も、きっと同じような経験をしています」と話す、ブライアン氏。その後、ニューヨークにある「デシベル」という日本酒バーで、再び日本酒に出会い、その美味しさに驚いたのだそう。この出会いが、SAKEにハマっていくきっかけになったのだとか。

ブライアン・ポーレン(Brian Polen)氏とブランドン・ドーン(Brandon Doughan)氏

共同経営者のブライアン氏(右)と杜氏を務めるブランドン氏(左)
Photo by Molly Tavoletti

金融機関のテクニカル・アナリストとして働いていたブライアン氏と、オレゴン州で生化学者として勤務していたブランドン氏が出会ったのは、2013年。共通の友人の結婚式で来日したときでした。会話のなかで、日本で飲む高品質な酒と、アメリカの寿司レストランで提供される品質の良くない"hot-sake"について話が盛り上がり、京都や飛騨高山などの酒蔵をいっしょに巡ることになったのだそう。

「伝統的な酒蔵で飲んだ日本酒は本当に美味しくて、さらに魅了されてしまいました。と同時に、アメリカではクラフトビールが人気で醸造技術も高まってきているのに、なぜ、同じ醸造酒であるSAKEがあまり造られていないのか、疑問に思ったんです」(ブライアン氏)

この疑問を胸にアメリカでの酒造りを決心した2人は、滞在中に一連の酒造りを学びアメリカに帰国。すぐに、自宅での醸造に挑戦し始めたのだとか。以前から、趣味としてクラフトビールを造っていた経験を生かして、インターネットで情報を集めたり、酒蔵に知り合いからアドバイスをもらったりしながら、ほぼ独学で酒の醸造技術を高めていきました。

放冷中のブライアンとブランドン。ブルックリンクラにて

Photo by Molly Tavoletti

「試行錯誤を何度も繰り返すうちに、より美味しいSAKEを造れるようになってきました。とてもうれしかったですね」そう話す2人は、SAKEがもつ本当の美味しさや品質の高さをニューヨーク中に広く伝えたいと、酒蔵をオープンすることを決意します。小規模での実験醸造を経て、ついに2018年、インダストリー・シティーの一角にタップルーム付きの醸造所を開設。本格的な酒蔵として始動しました。

タップルームで楽しむ、ブルックリンのSAKE

原料となる米は、アメリカで作られた山田錦とカルロース米を使用しているのだそう。仕込みにはブルックリンの水道水を使用しています。パイプを通ったときに染み出る若干の鉄分と塩素をフィルターで除去しているとのこと。麹菌は日本から輸入し、みずから製麹を行います。酵母は、日本産とアメリカ産のさまざまな種類を使用しているそうです。

「日本から入手した設備は2つあります。洗米機と、酸度を測定する機械です。米を蒸す機械は私が設計しました」と、ブランドン氏。"NASA"のロゴが入っているのは、もともと科学者だった彼なりのジョークなのだとか。

NASAのロゴは、もともと科学者だった彼のジョークなのだとか

Photo by Molly Tavoletti

彼らが注力しているのは、純米吟醸の生酒。初めて、瓶詰の商品として販売したSAKEです。花のような香りと、バランスの良い軽快な口当たりが特徴だそう。

また、彼らのタップルームには、アメリカではまだ知られていないSAKEがたくさんあります。豊かな味わいをもつ「おりがらみ」の燗酒、新鮮な「しぼりたて」......さらに、発酵が続いている「醪(もろみ)」を米の粒がまだ残った状態で、タンクから直接タップルームへ移して提供しているのです。日本では、お客さんへの提供や販売のためにタンクから酒を移動させる際、酒税法に基づいた税金が課されてしまいます。日本と違う環境だからこそ楽しめるSAKEがここにあります。

ブルックリン・クラのタップルームでは、おつまみとして、揚げソラマメやハム、ソーセージ、チーズ、ピザなどが楽しめるとのこと。地元の人たちにも気軽に受け入れられそうなメニューで、周辺を散策しながらふらりと立ち寄るのにぴったりですね。

ピザやチーズなど、アメリカ人にも親しみのある食とのペアリングもおいしいブルックリン・サケ

Photo by Molly Tavoletti

ブルックリンに根差して、SAKEを広めていく

アメリカの西海岸には、以前からSAKEを醸造している蔵がありましたが、ニューヨークは未開拓の地域。「新しい市場に参入するチャンスだった」と、ブランドンは言います。さらに、蔵の立地をインダストリアル・シティーにしたことで、周囲のメーカーや小売業者がつくるコミュニティーに参加でき、販路の獲得など、さまざまな恩恵を得ることができたのだそう。

ブルックリン・クラのタップルーム

Photo by Molly Tavoletti

「ニューヨークには、デシベルのように高品質で美味しいSAKEを提供してくれる場所があります。しかし、多くのニューヨーカーたちは、いまだに地元の寿司レストランでしかSAKEを飲みません。"SAKEは温めて飲むもの"、"スシといっしょに飲むもの"という固定観念を覆したいんです。SAKEはバラエティーが本当に豊かで、それぞれの地域にしっかりと密着している素晴らしいもの。幅広い温度帯で楽しんだり、さまざまな料理と合わせたり......もちろん、酒単体でも美味しく飲むことができます。多様な楽しみ方を、ニューヨーク、そしてアメリカ全土に広めたいと考えています」(ブライアン氏)

「日本の酒蔵が地域に根差した酒造りを行っているように、ブルックリン・クラも地域社会と深く結びついた酒蔵を目指しています。新鮮で美味しいSAKEを提供し続けて、蔵自体が成長し、製造する酒の量を増やしていくことで、より多くの人にSAKEを楽しんでほしいと考えています」(ブランドン氏)

「ブルックリン・クラ(Brooklyn Kura)」の共同経営者、ブライアン・ポーレン氏とブランドン・ドーン氏

Photo by Molly Tavoletti

今後は、タップルームをワークショップやイベントのスペースとして活用しながら、日本酒の教育にも力を入れていくそうです。

「アメリカで高品質な酒を飲む機会が増えるほど、私たちのように、多くの人がSAKEに魅了されていくと考えています。そのために、私たちブルックリン・クラとこのタップルームが果たせる役割は大きいと思います」

そう語り、熱い情熱を持ってニューヨークに、そしてアメリカに日本酒の魅力を伝えようと新しく舵を切った2人。おしゃれでクールなブルックリン・クラのSAKEに今後も注目です。

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(文/古川理恵)

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