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ていねいな少量仕込みにこだわる全量純米蔵。「開春」を醸す島根・若林酒造を訪ねました

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島根県松江市内から車で約2時間半。世界遺産で有名になった石見銀山の近くにある大田市温泉津(ゆのつ)町に、「開春」を醸す若林酒造があります。

昨年と比べ、原料米が安定して確保できたこともあり、今季は若干の増産を行なったそうです。それでも、生産石高は約400石。全量純米酒です。

目指す酒質に合わせて、酒米を使い分ける

取材に訪れたのは、仕込み真っ只中の2月。杜氏の山口竜馬さんに話をうかがいました。

この日は、醪造りの「添え」に使う米を蒸す作業。若林酒造では山田錦や雄町などの代表的な酒造好適米に加えて、島根県産の「神の舞」や「佐香錦」も使用しています。

「神の舞」は、五百万石と美山錦を掛け合わせた品種。稲の丈が短く、冷害に強い早生品種のため、米農家にとっては育てやすいのだとか。心白が大きいため高精米は難しいものの、山口さんは「お酒を造りやすいんですよ」と話していました。

一方の「佐香錦」は、出雲市にある佐香神社が名前の由来。山田錦に代わる酒造好適米を目指して、改良八反流と金紋錦を掛け合わせ育成されました。

「佐香錦で造ったお酒はさらりとしています。ただ、心白が外側に寄りやすいんですよ。今年は佐香錦の出来が良かったですね」

若林酒造では酒造好適米だけでなく、食用米を使った仕込みも行なっています。使っているのは島根県産のつや姫。

数年前、島根県産の酒米(神の舞や佐香錦)をじゅうぶんに確保できなかった年があり、そのときに酒造組合から勧められて試してみたのが初めてだったのだそう。

「それまで食用米を使ったことはありませんでした。しかし、仕込みにじゅうぶんな量を確保できたので、山形県での使用実績を参考にしてやってみました。同じ食用米のコシヒカリはベタベタするそうですが、つや姫はさばけが良いですね」と山口さん。

山田錦は、県外産に加えて、島根県内の契約農家が栽培したものを使うことも。

雄町は発祥の地である岡山県産を使用しています。

「洗米のやり方によって違いが出ますか?」という質問に、山口さんは「ぬかの取れ方が違います。また、米粒の割れやすさにも影響がありますね。近年、業界全体では酒質をきれいにしようとする傾向があり、ウッドソンの洗米機を使うと酸が少なくなって良いと言われています」と教えてくれました。

洗米作業を行なう山口さん。

洗米後の米はきらきらと輝いていました。

少しずつ、ていねいに取り組む仕込みの作業

前方が小さな甑、後方が大きな甑

洗米を終えた酒米を、昔ながらの釜で蒸していきます。

若林酒造では麹室や酛室が蔵の2階にあるため、蒸米は1階からリフトを使って運びます。

麹室は木製。室内の中央には蒸米を広げる台があり、ここで麹の種付けを行ないます。

製麹に使う麹箱。醪の仕込み量は、多くても700~800kgだそう。

仕込みの時期は、基本的に泊まり込みで働いている山口さん。夜の仕事はひとりで行なっています。

仕込みは週に1,2本。甑倒し(こしきだおし)を行なう6月頃まで、泊まり込みの作業は続きます。この日は酛室で、タンク4本分を仕込んでいました。

泡なし酵母を使った仕込みが主流になりつつあるなか、若林酒造ではほとんどのお酒を泡あり酵母で仕込んでいます。

「開春 石の顔(いしのかんばせ)」という銘柄のみ、高い吟醸香を出す特徴のある、島根県で開発された泡なし酵母「島大HA-11号」を使っているのだとか。

「開春 イ宛(おん)」は、木桶で造られるお酒。昔使われていた木桶を削り出し、作り直したものを使用しているのだそう。

午後からは上槽の準備。蔵ではヤヱガキ式の搾り機を使用しており、槽はひとつだけでした。

確かな技術に裏打ちされた、杜氏の名前を冠したお酒

取材の最後に、できあがったばかりのお酒を試飲させていただきました。

「開春 西田 純米 生酛仕込み」は、温泉津町の西田地区で栽培された米を使っていることから、その名が付けられました。山田錦60%精米の生酛造り。酸味が印象的ですが、決して重たくはなく、キレの良いお酒です。「開春 純米超辛口 生原酒」は、旨味がありつつもすっきりとしていました。

案内してくれた杜氏の山口さんは、もともと広島県福山市の出身。以前は埼玉県の神亀酒造で5年ほど働いていました。

商品のなかには、杜氏の名前が冠された「開春 雄町 山口」「開春 生酛 山口」というものがあります。自信を持ってラベルに名前を載せられるほど、山口さんの知恵と技術が確かなものであるという証でしょう。

若林酒造では、毎年7月に酒販店と飲食店を対象に、全ラインアップを試飲することができる「呑み切り会」を行なっています。夜の懇親会では、蔵人が参加者の各テーブルを回り、今年の出来を伝えたり、店頭での反応を聞いたりしながら、今後の酒造りに活かしているのだそう。

社長の若林さんは「うちのお酒は特徴的で、万人受けするものではない」と話していました。確かに、若林酒造のお酒は一癖も二癖もあるかもしれません。でもそれも個性のうち。好きな人はとことんハマってしまうのです。

山口さんの優れた技量と、そんな彼を信じて杜氏の名前を銘柄に加えた若林社長の人柄、そして蔵人たちの酒造りに対する真剣な気持ちに感じ入りました。造り手の思いもお酒の個性なのかもしれませんね。

(文/あらたに菜穂)

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あらたに菜穂

1980年代の地酒ブーム以前から酒販店さんと全国の酒蔵をまわり、地酒を扱ってきた父の影響を受け小さい頃から日本酒に囲まれて育つ。やるとなったらとことんやる性格のため毎年、仕込み時期の酒蔵に数日修行へ。日本酒と焼酎の唎酒師ではあるが自分の味覚と嗅覚に絶対の自信を持つために酒類総合研究所の清酒官能評価者になるまで唎酒師を名乗らないことにしている。