日本国内のみならず世界的に活躍している月桂冠以前の記事では、アメリカで30年も前から現地法人を立上げ、酒造りに取り組んでいる姿をお伝えしました。実はアメリカのみならず、日本酒の海外輸出量3位(『酒類食品統計月報』2017年4月号)の台湾でも、月桂冠は"日常のお酒"として、地元の方々に愛されています。

実際に現地を訪れ、台湾での月桂冠について取材してきました。

台湾の街風景

台湾は親日の国として知られています。日本台湾交流会の調べによると、台湾に住む56%もの人が、"自国を除く世界でもっとも好きな国"として日本を挙げているのだとか。特に20・30代の若者から人気が高いようです。

台北市内には日本のアニメやマンガ、コスメ、ファッション、お菓子、飲料品などが広く浸透しており、数多くの日本料理店が立ち並んでいました。日本酒の人気も近年高まりつつあり、その市場規模は現地生産も含め約26億円にのぼります。

日本料理店の看板を台湾の街中の至る所で目にする

そんな台湾の清酒市場で、消費者にもっとも認知されている日本酒が月桂冠。コンビニやスーパーに立ち寄れば、どこの店舗にも必ずと言っていいほど月桂冠のお酒が置いてあります。

この知名度の高さには、日本と台湾の深い歴史が大きく関わっていました。

100年以上前から繋がる、月桂冠と台湾

月桂冠が台湾への日本酒輸出を開始したのは大正5年(1916年)。日清戦争に勝利した日本が台湾を統治していた頃で、当時は現地入りしていた日本人の需要が主だったそう。

その後、日本酒は台湾の人々にとって馴染み深いお酒になっていきました。昭和14年(1939年)には、月桂冠から台湾への輸出量はおよそ5,600石にまで増加しています。

戦後になると日本酒は台湾政府による専売制となりました。すべての輸入・製造を台湾省菸酒公売局が仕切ることになったのです。月桂冠もこの公売局を通して清酒を卸し、清酒市場6割のシェアを誇ったのだとか。

月桂冠に残された古い書物や契約書から、当時の歴史と様子を垣間見ることができる

昭和10年に結んだ「台湾専売局契約」の書類

月桂冠のお酒は、黙っていても売り切れてしまうほどの人気がありました。しかし、その人気が公売局下にある代理店の営業意欲を削いでしまい、充分な在庫管理がなされず、店頭では常に品薄の状態。潜在需要の2割程度しか供給されていなかったようです。

そんななか、日本酒の輸入自由化の流れが始まりました。平成5年(1993年)、月桂冠は民間の代理店と契約を結び、翌年には前年から5割増の15,350石にまで輸出量を伸ばします。新しい代理店とともに営業に励み、販売チャネルを増やした結果、月桂冠の認知はさらに向上していきました。

このように、戦前の台湾統治にはじまる日本文化の流入のなかで、月桂冠は台湾の人たちに身近な存在として受け入れられていったのです。100年以上前から台湾市場に浸透している月桂冠。年配層にとっては昔から口にしているお酒として、若年層にとっては親がいつも飲んでいるお酒として、全世代にとって身近なお酒になっているようでした。

ともに台湾清酒市場を切り拓くパートナー・味丹社

平成22年(2010年)、月桂冠は台湾でさらに新しい一歩を踏み出しました。創業60年の歴史を誇る味丹(VEDAN)社と代理店契約を締結したのです。

味丹社はバイオテクノロジーの研究や開発に強みのある会社で、その技術を生かした発酵食品・健康食品の開発や販売も行っています。さらに、ミネラルウォーターやインスタントヌードル、飲料品などの海外ブランドの取り扱いにも力を入れてきました。

味丹社が月桂冠と契約を結んだ理由について、味丹社で酒品事業部ディレクターを務めるジェイソン・リンさんは次のように語っています。

「月桂冠は世界的に有名で、台湾でも昔から流通しているため認知度がとても高いです。380年の長い歴史と高い技術力を持ち、伝統を大切にしつつイノベーションを続けている月桂冠は弊社と共通点が多く、良いチームが組めると考えました」

笑顔でインタビューに答える味丹社のジェイソンさん。月桂冠への信頼が強く感じられた

そう語りながら、肩を組み合い笑顔で冗談を交わし合うジェイソンさんと月桂冠の社員。まるで何十年も時間をともにしてきたような信頼感が伝わってきました。月桂冠と味丹社は、単なるビジネス・パートナーとしてだけではなく、いっしょに市場を切り拓くひとつの"チーム"として、ことばや文化の壁を越えた関係を築いてきたようです。

関税の問題を乗り越えた「月桂冠 芳盈清酒」

2013(平成25)年、味丹社の商品開発技術を生かし、月桂冠は新商品「月桂冠 芳盈清酒」を台湾市場に送り込みます。

台湾オリジナルの酒「月桂冠 芳盈清酒」

台湾で日本酒を広めるにあたって、大きな課題となるのが関税。日本から台湾に日本酒が輸出される際には40%もの高い関税がかけられます。そのため、店頭に並ぶ日本酒は日常酒として手に取りにくい価格となってしまうのです。

そこで月桂冠は、原酒をバルク容器に詰めて輸出することを考案しました。輸出された原酒を味丹社で加水・ボトリングして販売することにしたのです。少しでも関税がかかる量を減らすなどによりコストを削減。手頃な価格での提供を実現させました。

こんなことができるのも、ミネラルウォーターを商材として取り扱い、商品開発も行っている味丹社だからこそ。まさに月桂冠と味丹社のチームワークが生んだ新商品だったのです。

日本から輸入されたお酒は一般的に1000元(約3700円・720ml)ほどですが、「月桂冠 芳盈清酒」は160元(約600円・500ml)前後。地元のコンビニやスーパーなどで気軽に手にすることができます。

現地に根ざしたマーケティングから生まれた「ミニ鏡開き」

味丹社が得意とするのは研究や開発だけではありません。ターゲッティングを明確にしたマーケティングで、台湾清酒市場を大きく開拓してきました。

「月桂冠 芳盈清酒」は気軽にお酒を楽しんでもらうため、利便性や認知の向上を目的にコンビニやスーパー、酒屋、居酒屋を中心に販売。一般家庭や若年層をターゲットにしています。

対して、日本から輸入した純米大吟醸などの高価な商品がターゲットにするのは、高級料理店や年配層。これらのお酒は特別なものとして、付加価値をつけて販売しています。お店のコンセプトや客層に合わせた日本酒を選定し提供することで、複雑に思われがちな特定名称酒の違いや種類の多さをシンプルに提示し、消費者が好みの酒を選びやすい環境をつくっているのだそう。

純米大吟醸はお祝いの席や高級料理店のテーブルに並ぶ

他にも、味丹社はさまざまなアイディアを用いたマーケティングを行っています。飲食店で展開している「ミニ鏡開き」もそのひとつ。

月桂冠が日本酒にまつわる文化のひとつとして紹介した"鏡開き"を、味丹社が台湾文化に合うようアレンジしました。レストランで月桂冠のお酒を注文したお客さんに、卓上サイズの「ミニ鏡開き」を提供し始めたところ、小さな木槌で鏡開きを行う様子がフォトジェニックで、若者を中心にSNSで人気になっているそうです。

小さいサイズの鏡開きは、フォトジェニックなだけでなく、数名で囲む酒の席に飲酒するのにもちょうどよいサイズの様子

「日本酒の輸入量はここ5年で増えてきており、和食の人気と相まって日本酒市場が伸びてきています。日本酒は日本と同じく米を主食とする台湾人にとって、馴染みやすいお酒なのかもしれません」と、ジェイソンさん。

今後、日本酒がどのように台湾でより浸透していくのか、楽しみですね。

現地企業と"チーム"を組んで、日本酒を届ける

100年も前から日本酒を台湾に届けてきた月桂冠。

日本による統治の時代や太平洋戦争を越え、台湾政府による専売や輸入自由化の波にもまれながらも、長きにわたって台湾の日常に寄り添い続けてきた月桂冠。この継続した企業努力こそが、世界の日本酒市場を牽引する月桂冠をつくり上げてきたのでしょう。

"昔から流通している"という事実に甘えることなく、現地企業と肩を組み、ともに前進し続けてきた月桂冠。現地企業を単なるビジネスパートナーとして捉えるのではなく、ひとつの"チーム"として厚い関係を築き上げたからこそ、月桂冠は日本のみならず海外でも名を響かせる商品を世界に届けられるのでしょう。

<参考文献>

  • 『海のかなたに蔵元があった』 (石田信夫/株式会社時事通信社発行)

(取材・文/古川理恵)

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