30年も前からアメリカで酒造りをしてきた月桂冠。清酒工場のあるカリフォルニア州フォルサム市のスーパーや酒屋には、必ずといっていいほど月桂冠の酒が並んでいます。

日本から輸出される純米吟醸や大吟醸などの高級酒が、一部のアジア食品店や高級レストランでしか見かけないのに対し、月桂冠の酒がアメリカで認められてきたのは、どうしてでしょうか。

前編では、月桂冠が現地醸造を始めた背景について迫りました。後編では、現地醸造を始めた月桂冠がどのようにして清酒をアメリカに根付かせていったのか、その取り組みと思いをお伝えします。

地元フォルサムのベストパートナー

米国月桂冠があるフォルサム市は、カリフォルニア州の州都があるサクラメント市から約30km。自治体を挙げて経済活動に力を入れており、周辺のサクラメント地域でもっとも高い年収水準ともっとも低い失業率を誇ります。

米国月桂冠は、そんなフォルサム市の商工会議所から、地域の経済に大きく貢献したことが認められ「THE GREATER FOLSOM Partnership 『Hall of Fame』 (グレーター フォルサム パートナーシップ 『栄誉賞 殿堂入』)」の表彰を受けました。この賞には20年以上の歴史があり、経済的な功績だけでなく企業の将来的な展望や社員の人柄などが判断材料となる、名誉ある賞なのだとか。

米国月桂冠のどのような活動が認められたのか、フォルサム商工会議所のジョゼフ・P・ガグリアディ所長と、マリーアン・マクアレア副所長に話をうかがいました。

フォルサム商工会議所のジョゼフ所長とマリーアン副所長

「米国月桂冠は、地域の雇用創出や酒蔵見学、テイスティングルームの開放による観光資源の提供、SAKEの販売による地域経済の活性化によって、フォルサム市に大きく貢献しています。380年もの長い歴史を持つ日本の企業がアメリカの地域に根付いていることは本当に誇らしく、うれしいことですね」と、ジョゼフ所長。

フォルサム商工会議所のジョゼフ所長

商工会議所は観光案内所も兼ねているため、マリーアン副所長は米国月桂冠のテイスティングルームを観光客におすすめしているのだそう。

「近隣のナパバレーでワイナリーツアーが人気を集めているように、実際に醸造の現場を見学し、テイスティングまで体験できるのは貴重な観光資源。SAKEに対して馴染みのないアメリカ人も多いので、SAKEについて知る機会を提供してくれる月桂冠は、フォルサム市にとって素晴らしい企業ですね。

SAKEを普及させていくために、テイスティングの体験は不可欠だと思います。私も実際、さまざまなSAKEを味わってみて、イメージが大きく変わりました」

フォルサム商工会議所のマリーアン副所長

今や米国月桂冠は経済面でも観光面でも、フォルサム市にとって唯一無二のパートナーになっているようです。

現地雇用による、生業としての酒造り

フォルサム商工会議所から称えられた功績のひとつが、雇用創出。

米国月桂冠では現在勤務している34名のうち、29名が現地採用だそう。日本人などのアジア人や白人、黒人など多種多様な人種・年齢層の人々が働き、酒を造っています。

勤め始めて13年という、製造プロダクションマネージャーのリックさんに、米国月桂冠での勤務についてうかがいました。

製造プロダクション・マネージャーのリックさんの笑顔

「私がこれまで働いてきた製造メーカーのなかで、米国月桂冠は群を抜いて働きやすいですね。高品質な商品を効率的に造りながらも社員を大切にし、働く環境にもじゅうぶん配慮してくれています。社員の誕生日会を毎月開いてくれるんですよ」

蔵ではほとんどの工程を現地採用の社員が担当。新しい作業方法など、現場からあがった提案が採用されることもあるのだとか。

製造プロダクション・マネージャーのリックさんがボトル詰めラインで働く様子

地元の人が月桂冠で働く理由は「日本酒や日本の文化が好きだから」といったものではありません。「やりがいがあるから」「働きやすい環境があるから」と、生業としての清酒造りに携わっている様子がうかがえました。

日本酒が特別なものとして捉えられるのではなく、日常生活の一部になっているこの環境。これこそ、本当の意味で"清酒が地元に根付いている"といえるのではないでしょうか。

地域の人がふらりと立ち寄れる観光施設

米国月桂冠では醸造施設の一部が開放され、自由に見学することができます。テイスティングルームには清酒だけでなく、鎧や日本人形などの日本文化を象徴する装飾が施されていました。そして建物を囲むのはなんと、鯉が泳ぐ池と日本庭園。

米国月桂冠と池、地域の自然との調和

地域との交流について、米国月桂冠副社長のビルさんに話を聞きました。

米国月桂冠副社長のビルさん

「月桂冠は地域住民との付き合いを大切にしています。醸造施設の見学にふらりと立ち寄る地元の方も多いですね。SAKEへの理解をより深めていただけるよう、私も現場で案内していますよ」

「また、和食とともに日本酒を楽しむ機会として月に1度、寿司づくりのワークショップを開いています。老人ホームの施設外活動や近隣企業のチームビルディング研修としても活用されていますね」

取材の際、米国月桂冠のすぐ近くに住んでいるという2人に会いました。テイスティングルームを訪れるのは初めてだったようで、ずっと来てみたいと思っていたのだとか。にごり酒が好きという女性は、記念日などの特別な日にSAKEを楽しんでいるそうです。

米国月桂冠のテイスティングルームに訪れた地元の方

月桂冠は昔から、日本でも地域に根付くことを大切にしてきました。伏見の観光資源として、酒の資料館「月桂冠大倉記念館」やミニプラント「月桂冠酒香房」、ワーキングスペースなどを設え、地元を代表する企業として貢献しています。その経験が、米国月桂冠でもそのまま生かされているようでした。

日常的に楽しめる、月桂冠の酒

地元の人が通うスーパーやリカーショップをのぞいてみると、ワインやビールがずらりと並んでいるのに対し、日本酒が占める面積はわずか。しかしどの店舗にも、月桂冠をはじめとする現地醸造の酒が並んでいました。日本から輸出されてきた酒は、アジア食品店や高級日本食レストランに入ることが多いようで、ローカルな店ではあまり見かけません。

アメリカの地元スーパーに並ぶ清酒

米国月桂冠の商品が地域のスーパーやリカーショップに浸透している理由のひとつは、アメリカ系のディストリビューターと取引をしていること。取引が始まるまでの難易度は高いものの、アジア人商圏に留まることなく、地域に根差した流通経路で商品を届けることができるため、地元の人が日常的に接する商品と同じように店舗へ卸すことができるのです。

清酒をきちんとアメリカに根付かせるためには、原料の調達や雇用のみならず、流通などに関わる要素もすべて現地でまかない、地域の人が気軽に楽しめる形で提供することが大切なんですね。

日本文化を起点に、独自の文化を築く地元レストラン

地元のレストランでは、どのように清酒が消費されているのでしょうか。1987年に創業し、カリフォルニア州に8店舗を展開する人気の日本食レストラン「MIKUNI」を訪ねました。

カリフォルニア州で人気の日本食レストラン「MIKUNI」の店内

MIKUNIは"スシ"を中心に、アメリカンテイストの加わった日本食を提供しているお店。オリジナルのカリフォルニアロールは、カリっと揚げたエビフライやクリームチーズ、スパイシーなソースなどが添えられ、地元住民に人気です。

スシに使われている米は、米国月桂冠が酒造りに用いているカルロース米。日本で生産されている米とあまり変わらず、もちもちとした食感と甘みがありました。

カリフォルニアで人気の日本食レストラン「MIKUNI」で提供されている寿司ロール

ここでバーテンダーとして勤務するマーフィーさんとマイクさんは、日本酒についてお客さんから質問を受けることも多いそう。

「おすすめの日本酒だけでなく、どんな料理と合わせたらいいか、どうやって飲んだら美味しいかなどを聞かれますね。月桂冠の『Traditional (トラディショナル)』は熱燗で。『HAIKU (俳句)』は年配の方に人気ですよ」

MIKUNIのバーテンダー

MIKUNIのオーナー・荒井孝太郎さんは、月桂冠の酒について次のように語ってくれました。

「月桂冠は地元を大切にしている企業。地域とのつながりを大事にし、祭や音楽イベントなどへの協賛も積極的に行なっています。酒の品質が安定しているので、自信をもって提供することができますね」

現地の舌に合わせて独自に発展しているとはいえ、日本食はアメリカでも愛されています。幼い子どもを連れて家族で来店している人も多く、清酒とともに週末の夜を楽しむお客さんで長い行列ができていました。

月桂冠を通して見る、日本酒の未来

伏見の地酒として、380年もの長きにわたって愛飲されながら、その規模を大きくしてきた月桂冠。フォルサムの地酒として認められるために、そして日本酒を世界へ広めるために、アメリカに拠点を構えて活動をしてきました。そしてその姿勢が、地元の人たちにも受け入れられています。

米国月桂冠の社員たち
取材当日はカジュアルデーでリラックスしたムードがただよっていた

現地採用の従業員は大きなやりがいを持って酒を造っていました。また、生活に密着した地元のスーパーには、月桂冠の酒がリーズナブルな価格で並んでいました。

月桂冠の酒が当たり前のように存在し、ただ"美味しいから""好きだから"というシンプルな理由で地元の人に愛されています。これこそ真のローカライズであり、日本酒の発展を後押しする大きな力になるのでしょう。

日本文化がそのまま輸出されるのではなく、それを起点に独自の文化を築いているアメリカの清酒市場。アメリカの日本酒業界を牽引している月桂冠の姿に、清酒の明るい未来を見ました。

(取材・文/古川理恵)

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