今宵もまた、文学作品から酒肴のお膳立て。人気の時代小説『鬼平犯科帳』に見つけた漬物を再現し、日本酒とともに味わってみます。

主人公の"鬼平"こと長谷川平蔵は、私用の途中に偶然、男と女のいさかいを見かけます。その男は、旧知の剣客でした。真相を確かめてやろうと、面白半分で剣客の尾行を始めた鬼平。剣客が立ち寄った煮売り酒屋に、客のふりをして潜入します。

池波正太郎「鬼平犯科帳」より「助太刀」の一節

旬の味覚を使った、清涼感のある夏の情緒を詠う、池波正太郎ならではの描写ですね。

尾行をしながら、内心わくわくしているところに美味い酒肴が登場。『俄然、おもしろくなって』きたのは、その美味さが気分を高揚させたからかもしれません。茄子はしんみりと穏やかに美味しいものというイメージがありますが、夏の茄子には、気分を快活にする鮮烈さがあります。

ちなみに、煮売り酒屋とは、煮物料理を販売する今でいう総菜屋。イートインのような形態で、いっしょに酒も提供している、居酒屋の発祥ともいえる店です。前掲のシーンでは、本来なら煮物の小鉢が出てくるはずですが、ここでは茄子の漬物。季節限定の特別メニューといったところでしょうか。

茄子を引き立てる穏やかな旨味

鬼平の気分で茄子を用意し、晩酌の支度を整えましょう。酒はもちろん、茄子の旨味を引き立てるものを選びます。

茄子の風味は淡く、それでいて、複雑で奥深いものです。酒を選ぶ上で肝心なのは、茄子の良さを覆い隠してしまわないこと。口当たりは軽く、香味が穏やか。そして、発酵した茄子の酸味や旨味にやんわりと交わることで、酒みずからの持ち味をじわじわと醸し出してくる......そんなタイプの酒ならば、楽しみ甲斐がありそうです。

「白隠正宗 誉富士純米 夏」(高嶋酒造/静岡)

「白隠正宗 誉富士純米 夏」(高嶋酒造/静岡県)

今回は「白隠正宗」の夏酒を、冷やして味わいます。

まず、スッキリと甘酸っぱい香りが迎えてくれました。口当たりは軽快ですが、香りは華やかに感じられます。口に含むと、ほのかな酸味があり、舌にゆるりとなじんでいく穏やかな印象。そんななかにも、素材の味わいをしっかりと感じさせる実直さがあります。キレがあり、すいすいと杯が進んでしまいます。

「茄子の糠漬け 練辛子添え」

茄子をつまんでみましょう。酒は肴の美味しさを邪魔することなく脇役に徹しています。味わうほどに、夏野菜の清涼さが感じられ、食欲が湧いていきます。心なしか、漬物の酸味がまろやかになったようです。

さらに酒を含むと今度は甘味が増し、口の中はバランスの良い美味しさに満たされます。この両者、相性はかなり良いですね。

日本酒は和の香辛料とも好相性を発揮します。練り辛子にさえ旨味を感じたのは、白隠正宗があってのことでしょう。

今宵の晩酌は爽やかで痛快。鬼平の気分が上がったのもわかりますね。

(文/KOTA)

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