今宵もまた、文学作品から酒肴のお膳立て。食材をモチーフに人間模様を描いた掌編小説集『ごくらくちんみ』(杉浦日向子/新潮文庫)で見つけた冬の珍味を肴に、酒を楽しみます。
孫の初節句を祝うために息子夫婦を訪ねようと、遠く秋田から父親がやって来ます。そのわずかなやりとりを切り取った、とても短い話ですが、北の男がもっている優しさや背中の大きさが垣間見え、温かさが感じられます。
郷愁を誘う冬の風物詩「はたはたずし」
ハタハタ(鰰)は、日本海沿岸で獲れる小型の魚。これを米や麹、野菜といっしょに漬け込み、乳酸発酵させたものが「はたはたずし」です。こうした魚の漬物は飯寿司(いずし)とも呼ばれ、冬の風物詩として珍重されてきました。
ちなみに秋田県では、ハタハタが県魚に制定されています。ハタハタを使った鍋や"しょっつる"(秋田県で作られる魚醤)、飯寿司は秋田名物として有名です。
父親が持ってきた手土産の「はたはたずし」に、息子が「うんめえ。なつかしいなあ」と感嘆します。私にも、似たような体験がありました。浜に暮らしていた叔母が、毎年冬になると飯寿司を作り、我が家に送ってくれていたのです。届くたびに、家族みんなで「美味しい」と言いながら食べたことを思い出します。
一度食べたら忘れられない、独特の風味。そして、どこか郷愁を誘う深い味わい。飯寿司の美味しさはそんなところにあるのかもしれません。
飯寿司の香味と溶け合う「御代櫻 三丁目のにごり酒」
「三丁目」という名前は、酒蔵の現住所からとっているのだそう。ラベルのイラストも素敵ですね。
どんなお酒を合わせようか迷い、最初は、酸味があって濃醇な生酛とともに飯寿司を楽しもうかと考えました。しかし、酒屋でお酒を見ていたところに突如現れた伏兵こそ、このにごり酒。
店主によれば酸味も程々とのこと。それならばと、ひらめきました。香味の相性のみにこだわらず、色を合わせた演出も一興。ハタハタを包む白い米と麹、そこに寄り添う真っ白な酒という舞台設定にしよう、と。
ゆっくりと瓶をゆらして沈殿を撹拌してから、そっと栓を開けました。かすかな発泡感があります。グラスに注いでみると、とろみがあり、色は濁っているというよりも真っ白。どぶろくと見まがうばかりの様相です。
甘酸っぱい香りが爽やか。香りのなかには、ややツンとした印象がありました。口に含むと、つぶつぶ感のある舌触り。「甘い」と感じるのは一瞬で、微発泡であることもあって、印象は「甘酸っぱい」に変わります。喉ごしにはまろみがありますね。
とにかく飲みやすいです。おかげで、味見のつもりにも関わらず、どんどん杯が進んでしまいます。まさに搾りたての味、いや、仕込みのタンクから醪をすくって飲んだらこんな感じかな......などのイメージが膨らみます。
ハタハタの飯寿司は甘酸っぱい香り。米、麹はなめらかにやわらかく、ハタハタの締まった身が程良い歯応えを与えてくれます。味わいは、香りと同じように穏やかなおいしさに満ちています。
酒を合わせてみると、何ということでしょう。かつて感じたことのない同調ぶり。両者の間にはいささかの反発もなく、ごく自然に溶け合っています。
決め手は両者の共通項、米と麹。口の中がひとつの美味しさで充満していくのがわかります。相性の良さは必然と言うべきでしょう。
せっかくなので、生酛も試してみました。お互いの香味がふくらんだという点では実に印象的。飯寿司独特の美味さをより楽しみたいなら、この組み合わせもおすすめです。
(文/KOTA)