今宵もまた、文学作品から酒肴のお膳立て。今回は池波正太郎氏のエッセーに見つけた牡蠣料理を味わいます。
冬といえば牡蠣。私なら鍋の材料として、もしくはグラタンや土手焼などで食べるのが好みです。あっさりといただくなら、酢の物もいいでしょう。牡蠣料理が数多あるなかで、池波氏が挙げた食べ方は筆者も知らない、それはそれは興味をそそるものでした。
何とも粋な牡蠣の食べ方
冬のグルメの横綱とさえ言われる河豚(ふぐ)を差し置いて、牡蠣が良いと断言する大胆さ。食通と知られる池波氏が、旨いものを知り尽くしたが故に出した結論か、あるいは独立独歩を地で行っているのか、いずれにしても、そんな生き様に惹かれるばかりです。
文学の世界を食卓に再現
朴(ほお)の葉を敷いて焼くことは何度かありましたが、昆布を敷くのは初めての体験。試行錯誤をしながら、おそらくこんな感じだろうという情景ができあがりました。
生牡蠣に、ゆっくりと火が通っていきます。身からしみ出た汁がふつふつと沸き上がったら、良い頃合いでしょう。いわゆるレアで味わうと、ぷるぷるほくほくの食感が堪りません。
牡蠣には粗塩を振りました。昆布出汁がからむので、もうこのままで充分に美味しいです。さらに、新鮮な大根おろしが牡蠣の香味とさわやかに調和し、食感を豊かにしてくれます。ポン酢を用意しましたが、出番はないようです。
それにしても、なんと贅沢な食べ方。昆布に載せて焼くという演出もさることながら、それ自体が牡蠣を極めて美味しいものにしてくれますね。
牡蠣には生酛!「国士無双」が役目を担う
ミルキーでコク深い料理には醇酒(じゅんしゅ)を。今回はこのセオリーに抗うことなく生酛の純米を用意しました。
今回のような料理との相性については、生酛に全幅の信頼を置いています。たまたま、北海道の高砂酒造が十数年ぶりに生酛を醸したというニュースを聞いたので、その「国士無双 生酛 純米酒」を選びました。高砂酒造は道産米への切り替えを進めながら、地酒蔵のフラッグシップ銘柄として、昔ながらの生酛造りを再開しています。
まずは常温で。思いのほか甘酸っぱい香りが軽やかに広がります。「生酛は香り控えめ。中身で勝負」という実直なイメージを抱いていたせいか、少し意外に感じました。
口の中で転がしてみると期待通りの旨味とコクが。原料は北海道産の酒造好適米「吟風」。北海道に数種ある酒米の中でも旨味に定評があり、北海道の多くの酒蔵が使用しています。近年、本州でも吟風を採用する蔵が増えているようです。
「国士無双」は吟風の旨味を引き出し、その中で特に洗練された部分を香味として膨らませている。そんな印象でした。後味はほどよくすっきり。そこからのもうひと口は、さらに旨味がのったようにも感じられます。
牡蠣との同調は、溶け合うというよりもお互いを引き立てるかのよう。「美味いっ!」と、小さなガッツポーズが出てしまいます。
続いて、燗で。ややぬるめから50℃超まで試してみました。旨味をじっくり楽しむならぬるめ、さらりとやや辛口で味わうなら熱めと、どの温度帯でもポテンシャルを発揮しそうです。
個人的には、ぬる燗にピンときました。ほどよく温まった牡蠣をゆっくりと咀嚼し、牡蠣のミルクが口の中いっぱいに広がったその余韻のままに、ぬる燗をひと口。「あぁ......」という至福の溜息とともに、身体が悶えるような気持ちになりました。
こんなに美味いものを食べたとき、池波氏はどうしていたのでしょうか。氏の書いた時代小説のように言うなら、『これは・・・と言いさし、さも旨そうに食べた』のかもしれません。
(文/KOTA)