今宵もまた、文学作品から酒肴のお膳立て。今回は、"こぶ平"として人気を博していた落語家・9代目林家正蔵さんのエッセイ集『高座舌鼓』(中央公論新社)から、「あぶたま」を肴に酒を味わってみましょう。

油揚げの玉子とじ、略して「あぶたま」

「あぶたま」は、正蔵さんの母・海老名香葉子さんが子どもの頃につくってもらったという、代々伝わる"海老名家の味"。

正蔵さんは娘が「あぶたま」を美味しそうに食べる様子を見て、「食べ盛りの子どもたちが発する『おかわり!』は、父親にとって良い酒肴になる」と言っています。初代・林家三平さんも、そんなふうに子どもたちの笑顔を見ながら一杯やっていたのでしょうか。

今回は下町の温かい雰囲気を想像しながら、庶民的なおかずを肴に晩酌を楽しみます。

大きな鍋で甘辛く炊いた油揚げを、小鍋立てで玉子とじに。

同作によると『寒い時期の旬のほうれん草を湯がいたものを短めに切って入れる』のが"海老名家流"とのこと。寒締めのほうれん草は味が濃くて美味しいので、冬によく食べていたのでしょう。今回はそれを真似て、ほうれん草を入れてみました。

濃厚な味付けに「屋守 雄町」が映える

残念ながら、初代・三平さんや正蔵さんがどんなお酒を嗜んでいたのかという記載はありません。そこで、東京の下町料理には東京の地酒をという理由で、「屋守(おくのかみ) 雄町 純米吟醸 無調整生」(豊島屋酒造/東村山市)を用意。雄町を使った屋守の深い味わいに期待です。

冷蔵庫で冷やしておいたものを取り出し抜栓。凛とした果実香を楽しみながら、ひと口いただきました。

ふくよかというよりも重量感があって力強く、幅と奥行きのある飲み口。想像以上に複雑な味わいですね。「あぶたま」をいただき、濃い目の甘辛な味付けに酒が進みそうと思った途端、酒の長い余韻に酸の残り香を感じました。

再び口に含んだときに見つけたクリアな酸のふくらみ。これを軸に甘味・旨味が追随し、深いコクとして一体化しています。肴が酒の個性を一気に引き出してくれました。「あぶたま」が屋守に寄り添い、酒の味わいをわかりやすくしているのかもしれません。

これが雄町らしさかと、ようやく気付きました。雄町がバランスの良い持ち味をずんずんと伝えてきます。無調整で瓶詰めした理由はきっと、この雄町らしさをわかってもらうためなんでしょう。

〆はご飯に載せて

ほうれん草入りの"海老名家流"があるなら、冷や飯にあつあつのあぶたまを載せるのが"我が家流"。ご飯は冷えると旨みが増すのでしょうか、やみつきの美味しさでした。

困ったことに、〆と言いながら酒が進んでしまいますね。

(文/KOTA)

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