今宵もまた、文学作品から酒肴のお膳立て。今回は『仕掛人・藤枝梅安』(池波正太郎著/講談社文庫)のなかから、"鰹"を味わってみたいと思います。

江戸っ子が好んだとされる初夏の旬、鰹。同作では季節感や登場人物の生活感を描くようにしばしば登場。作家の池波氏は『鬼平犯科帳』や自身のエッセイなどでも、鰹をよく取り上げています。さすが江戸っ子、鰹に関しては並々ならぬ関心があったのかもしれません。

仕掛人の食事を再現

仕掛の元締め同士による諍いに巻き込まれながらも、見事にケリをつけたあとのラストシーン。

主人公・藤枝梅安と仕事仲間の彦さんこと彦次郎のふたりが食にこだわるシーンはお馴染み。会話がまるでレシピのようですね。

仕掛とは「暗殺」のこと。そう、彼らの仕事は殺し屋。庶民が到底手を出せないような大それた行いのあとでも、あるいはその準備中でも、ふたりにとって日常の食事は仕掛と別物。ある意味、そうすることで人としての平常心を保っていることを表現しているのでしょうか。食へのこだわりを作品に活かした、池波作品ならではの妙技でしょう。

梅安、刺身を好む

銚子産の鰹を柵で手に入れることができたので、梅安の食べっぷりを想像しながら、飾りは少なく簡素にしつつも鰹のボリューム感が出るように盛り付けてみました。

添えるのは醤油。そして薬味は辛子。これは梅安の食べ方を真似たものです。自分の好みに合うのか、ずいぶんと前にそれを読んでから「鰹は辛子で」という習慣が身についているのでした。

ところで、鰹料理といえば「たたき」が有名ですが、池波氏が取り上げるのはもっぱら「刺身」。土佐では「たたき」が、関東では「刺身」が流行っていたのは、鰹の旨さが違っているからです。

『梅安料理ごよみ』(池波正太郎著/講談社文庫)によれば、春、日本近海に現れる鰹は脂が乗っていないので、鰹節には向いていても、刺身で味わうには物足りないのだそう。しかし、回遊を続け、関東方面へ来たころには脂の乗り具合がちょうどよくなります。地理的にも季節的にも魚味の熟した関東の鰹に、何もわざわざ炙ったり、たたいたりという手間をかけてまで鮮度を損なうことはない、ということですね。

無濾過生の「東鶴」で、鰹の旨みを引き出す

脂の乗りは程々、身は柔らかくもしっかりとした肉質。そんな鰹の刺身に合う酒は...。

まず、鰹の味わいを濃淡度で考えてみましょう。味見の結果、マグロに例えるならトロほど脂濃くもなく、赤身ほど淡白でもない印象。トロが「10」、赤身を「1」とするなら「4」あたりだと感じました。これに鰹ならではの酸味ある風味を加点して「5」とします。

ちょうど中間。ですが、"こってりもあっさりもしていない"のかというと、断じて違います。こってりとあっさりのバランスがとても良いということですね。それだけに、何をもって旨いと感じるかが難しいところですが、それを引き出すのが酒の仕事。

しかし、こってりにもあっさりにも、そんな都合の良い酒があるのでしょうか。

 「東鶴 さがの華 純米吟醸 無濾過生」東鶴酒造株式会社(佐賀)

それが、あるんです。結論から申しますと、この「東鶴」は鰹の刺身にぴたりと寄り添ってくれました。チョイスの基準は、肴が中間なら、酒も中間あたりのものを。つまり、ふくよかな旨みやコクを含みつつ、香りやキレの良さなどの爽快感を持ち合わせたもの。

「東鶴」は、まず甘い果実のような香りから始まり、酸味が瑞々しい果汁のようにじゅわっと華やかに広がる感じ。やや強めな口当たりから、ぐぐっと引いていくキレがありますが、酸の爽快感が余韻として続きます。

肴とともに味わってみましょう。酒は冷えた状態でいただきます。

まず、刺身を生姜醤油で。「あ、刺身が旨い!」

甘みや、活きの良い魚の香りが引き立ちます。「こりゃ、たたきより断然こっちだな」と実感。味わった酒は幾分まろやかに変化した感じですね。互いの旨みが溶け合うような相性を示しつつ、口の中をさっぱりとさせてくれました。

次は、辛子醤油で。生姜に比べると刺身が生臭い?いやいや、これが鰹の美味しさの正体。鰹の血肉が混然となり、口の中に旨みが充満。「こりゃ、生姜より断然こっちだな」と確信。酒は味がよりくっきりとして旨さが増し、鰹の余韻が酒を引き立てています。辛子を多めにつけても、「東鶴」は臆することなく存在感を発揮。意外に骨太です。

試しにポン酢でも。たたきには向いているのでしょうが、刺身には力足らずかもしれません。あまり良くない意味での生臭さがありますが、それをさらっと洗い流してくれる「東鶴」にはさすがの一言。

再び、辛子醤油。あ、やっぱり美味しい。「東鶴」も蘇った!旨みが再び口の中に満ちてきます。

さいごに、常温に戻した酒と辛子醤油でいただきます。酒は変わらず鰹の風味をカバーし溶け合いますが、余韻が長くなったぶん爽快さが欠けてしまいました。互いの味が濃くなったようにも感じられ、晩酌の軽快なテンポが鈍ります。こちらの方が味わい深いと感じる人もいるかもしれませんが、私は冷酒と合わせるのが好みですね。

締めは鰹飯で

鰹飯というと炊き込みご飯を想像しますが、こういう調理もあるんですね。鰹は柵で購入したので「肩の肉を掻き取り...」というわけにはいきませんが、切り身を使って梅安の言う通りにやってみました(写真手前)。

後方にあるのは、他の作品に載っていた「酒・味醂・醤油で煮た鰹」を飯に混ぜ込んだ鰹飯。その煮汁を手前の「よく湯がいて」作った鰹飯にかけてみたら、これが大正解。鰹の旨みを含んだ濃い目の汁は、ことのほか美味しいのでした。

困ったことに、締めと言いながら、またもや酒が進んでしまいます。

(文/KOTA)

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