「蔵元さんですか?」「杜氏さんですか?」「シュゾウさんですか?」「オクラさんですか?」
「酒造りの仕事をしている」と話すと、こんな風に聞かれることがあります。
日本酒を造っている人からすると、定番の質問です。どれも同じことを指しているように思えますが、実は、日本酒業界ではそれぞれ別の意味を含んでいます。
「蔵元さん」とは誰のこと?
「蔵元さんですか?」は、「製造元の方ですか?」という意味で聞かれる場合がほとんど。ですが、この質問に「はい」と答えられる人は、それほど多くありません。
日本酒業界で「蔵元」というと、「酒蔵の経営者」のことを指します。家族経営が多い中小規模の酒蔵は、酒蔵経営に関わってない場合を除いて、その家族も含めて蔵元と呼ばれます。
たとえば、酒造会社のスタッフがイベントで接客する際に、「蔵元さんですか?(製造元の方ですか?)」とお客さんにたずねられると、「いえ、私は蔵元じゃなくて雇われの蔵人でして......。」と答えることになるのです。
「醸造元さんですか?」となると、これは日本酒を造る製造場のことを指すので、「はい、酒造りの会社の者です」という回答になります。「醸造元」は、蔵元と同じく経営者を指す場合もありますが、製造場である会社を代表してイベントに来ているのであれば問題ありません。
「酒蔵(さかぐら)」も日本酒を造る製造場のことを指す言葉なので、「酒蔵さんですか?」という質問は合っています。ですが、「酒造(しゅぞう)さん」とは言わないので、注意が必要です。
会社名として「◯◯酒造さん」と呼ばれたりもしますが、会話の中で「酒造さんの熱い想いが~」のような使い方はされません。ちなみに、「酒造」という苗字があり、「みき」や「さかつくり」と読むのだそうです。
「お蔵(くら)さん」は、醸造元に近い言葉ですね。会社を代表して来ている時に言われることが多いです。「酒造メーカーさん」は、どちらかといえば規模の大きい大手の醸造元を指す言葉なので、家族で経営している小さな酒蔵の場合、困惑してしまうことも多いようです。
では、「酒屋さん」はどうでしょう?
「酒屋さんですか?」と聞かれた場合は、「そうですね、造り酒屋ですよ」と答えています。日本酒業界で「酒屋」といえば、お酒を販売する「酒販店(しゅはんてん)」のこと。ですから、直接酒造りをすることはありません。「造り酒屋」は、製造元とほぼ同じ意味です。
酒蔵を指す言葉はいろいろとありますが、「酒屋さん」という言葉が聞こえてきたら、醸造元なのか、酒販店なのかをしっかり確認しておきましょう。
「杜氏さん」は酒蔵にひとりだけ
「日本酒を造っています」と話すと、「へぇ、じゃあ杜氏(とうじ)さんなんですね!」と聞かれることがあります。これも非常によくある質問です。
「杜氏」とは、酒造りの現場を仕切るトップを指す役職のこと。ですから、原則として、ひとつの酒蔵にはひとりの杜氏しかいません。野球でたとえるなら、杜氏は監督。歴戦の強者であり、その技と信頼が蔵の味を決めるのです。
先述の「蔵元」は、野球チームのオーナーです。小さい蔵なら、オーナー自らフィールドに立つケースも多く、そのような場合は「蔵元杜氏」と呼ばれます。
「蔵人(くらびと)」とは、一般的に、杜氏以外の酒職人を指します。冬期ないしは通年で酒造りの現場に携わっている人で、営業や事務を担当する酒造会社の社員は蔵人と呼ばれません。読み方は、酒職人の意味で使うなら「くらびと」が一般的です。
蔵人にも、役職ごとに名前があります。「追い廻し」で道具の名前や扱い方、洗い方を学び、「釜屋」は蒸米を、「代師(麹師)」は麹造りを、「酛師」は醪の管理を担当します。
その蔵人たちをまとめる杜氏の補佐が「頭(かしら)」。蔵人が各役職を経験していくと杜氏になれる道が開けますが、その道はとてつもなく長い道のりです。なにより、人をまとめる器の大きさが重要になってきます。
杜氏は蔵人から尊敬される師のような存在ですから、「杜氏さんですか?」と聞かれると、「恐れ多くて、とてもじゃないけど杜氏なんてできませんよ」と答えることになります。
酒蔵を訪れたり、日本酒イベントで蔵元さんや蔵人さんたちと話す機会があったら、意識して使い分けてみてください。「まだ杜氏ではありませんが 、将来はなりたいと思っています」なんて答えてくれた蔵人も、いつの日か杜氏になっているかもしれません。
(文/リンゴの魔術師)