今宵もまた、文学作品から酒肴のお膳立て。
作者自身の味と映画の思い出にのせて、四季折々の趣を語ったエッセイ集『味と映画の歳時記』(池波正太郎/新潮文庫)。そこで見つけた、池波流の鯛の食べ方を再現し、日本酒とともに楽しみます。
同編では、作者の鯛にまつわる思いやできごとが多彩に描かれています。そのなかで、特に気になる描写がありました。
文中、『温飯(ぬくめし)と共に食べる鯛の刺身ほど、うまいものはない』と言っておいてから、以下のように語っています。
折詰の、さめてしまった鯛の塩焼きもいいものだ。深めの鍋に湯を煮立て、鯛は丸ごと入れ、煮出したら豆腐のみを入れる。味つけは酒と塩のみがよい。これを小鉢へ引きあげ、刻み葱を薬味にして食べるのは、飯よりも酒のときだろう。
『味と映画の歳時記』(池波正太郎/新潮文庫)
自由奔放な発想で旨いものにさらなる命を吹き込むような、まさに池波流の鯛の食べ方ではないでしょうか。
それにしても折詰の鯛とは、なんとも懐かしい。私が子どものころ、父親が祝儀に呼ばれるたび、お土産に料理の折詰を持って帰ってきたことを思い出します。蓋を開けると、大概は鯛の塩焼きが入っていました。塩がしっとりと効いていて、子どもたちはあまり好まなかったと思います。
なるほど、あの鯛をそんなふうにして......。さっそく再現したいところですが、折詰の鯛など、都合よく手に入るものではありません。まず、鯛を塩焼きにするところから始めました。
作者の言う通りに、最初に塩焼きの鯛を煮出します。焼き魚の香ばしさが湯気となって伝わってきます。何とも良い香りです。そして酒と塩で味を調え、豆腐を入れました。
塩焼き鯛が風味の良い出汁に
折詰の鯛は、作りたてはともかく、往々にして冷めているものです。これを温かく食べるために手早く電子レンジで、というのは野暮。どうせなら趣向を凝らしていただくのが、粋な池波流なのでしょう。ネギを薬味に食べる鯛も、なかなかオツなものです。
加えて着目すべきは、湯豆腐の美味しさです。いつもの昆布出汁とは違う、塩焼き鯛の出汁が香る湯豆腐。これはこれで、実に美味い。出汁との相性が良いのでしょうか、豆腐の旨味がより引き立っているように感じました。
穏やかな味わいを「澤の花」の旨味が包み込む
今回の料理は、鯛の淡い味わいとともに味わう湯豆腐。これを肴に楽しむ酒は、芳醇な香味を前面に打ち出した華のあるものよりも、大人しいけれどしっかりとした旨味をもった実直なタイプが良いかもしれません。酒屋で問答を重ねて、候補に挙がったのがこの1本です。
穏やかな香りとさらりと柔らかな飲み口。第一印象は期待通りです。しかし、鼻腔に神経を集中して問いかけてみると、凛とした酸味を感じさせる、たしかな香気を放っていることがわかります。再び口に含み、ゆっくりと舌の上で転がすと、じわじわと染み入るような旨味との出会い。じっくりと味わうほどに奥深いところから個性を伝えてくるような、通好みのタイプとお見受けしました。
鯛や豆腐とともに味わってみると、旨味はまろやかさを増し、料理をふくよかに美味しくしてくれます。食べるほどに、飲むほどに、料理と酒はどんどん縁を深めていくのでした。
池波流、折詰の鯛のリメイクに感服。氏はこれを肴にどんな酒を楽しんだのだろうと思いを馳せてみます。
(文/KOTA)