「日本酒に対する愛情を熱燗で表現する」をモットーに、熱燗の美味しさを伝える熱燗DJつけたろうさん。全国各地で開催する日本酒イベントや料理人とのコラボレーション、酒器のプロデュースなど、その活動範囲は多岐にわたります。

そんな熱燗DJつけたろうさんが、2020年10月から始めたのが会員制の酒屋「つけたろう酒店」です。酒屋とありますが実店舗はありません。月額会費を支払うと、燗酒レシピやペアリングレシピと一緒に、全国の酒蔵とコラボした特別な日本酒が毎月届くという仕組みのサブスクリプションサービスです。

「まだ世にない日本酒の感動体験をつくる酒屋」を標榜するつけたろう酒店が扱うのは、一般には流通していない特別なお酒ばかり。信頼する酒蔵と協力しながら、常に「新しく楽しい日本酒」を提供しています。

新しいサービスを立ち上げた熱燗DJつけたろうさんに、なぜ自身で酒屋を始めようと思ったのか、その経緯と熱燗の魅力についてお聞きしました。

「熱燗DJつけたろう」の誕生

高校時代にファッションデザイナーを目指していたという横浜出身の熱燗DJつけたろうさん(以下、つけたろうさん)は、美大へ進学。大学卒業後は広告代理店へ入社します。

会社員時代は複数のプロジェクトに関わり、事業責任者を務めるなど活躍されていましたが、担当していた事業の再編が決まり、それをきっかけに会社を辞めることを決意。フリーランスとして、大好きだった日本酒に関わる仕事を始めます。

つけたろう酒店

熱燗DJつけたろうさん

「日本酒を好きになったのは、16年前に父と酒屋に行って買ってもらった『出羽桜』を飲んでからなんです」

大学時代に実家を出て友人とルームシェアを始める時、お父様から餞別としてもらった日本酒がとても美味しく、以来、自分で酒屋に行って日本酒を買うようになったといいます。

「次は『獺祭』、その次は『醸し人九平次』と、20代のころから運よく美味しいお酒に出会えてきましたね」

お酒のおつまみも自分で作るようになり、料理の腕もめきめきと上達。会社員時代は “IT系お料理男子” として知られていたこともあり、週末を利用して日本酒と料理を振る舞うイベントを始めます。

“熱燗DJつけたろう”と名乗って活動を始めたのは、2017年から。日本酒は冷酒ばかりを飲んでいたそうですが、友人に連れて行ってもらった燗酒専門店で飲んだ燗酒が美味しく、そこで魅力に気づいたそうです。

「自分でも燗をつけられるようになりたいと思って、いろんなお店に通いました。道具などを真似しながら100本くらい燗つけをしたら、コツが少しずつわかってきたんです」

そして、週末のイベントで、覚えた燗酒を披露する際の活動名として、“熱燗DJつけたろう”が誕生しました。

燗酒を追求するために地方移住

本業の傍らで燗酒の研究を進めていくうちに、全国から取り寄せた日本酒の数が100本を超えるようになりました。また、保管する冷蔵庫やワインクーラーなども増え、都内のマンションでは、お酒の在庫や道具を収納するのが困難になってきました。

そんな時、友人が紹介してくれたのが山梨県にある一軒家。都心へのアクセスが良く、十分に日本酒をストックできるスペースがあったので、すぐに移住を決めます。

取材中に見せていただいた日本酒が所狭しと並んだ1室は、まさにつけたろうさんの想いが詰まった場所でした。

 つけたろうさんの自宅にある日本酒保管棚の一部

つけたろうさんの自宅にある日本酒保管棚の一部

“熱燗DJつけたろう”として活動を続ける中で、独り立ちできるきっかけになったのは、2018年に開催された愛知県・澤田酒造の蔵開きイベントで熱燗DJとして燗酒をふるまうゲスト出演だといいます。

「このときに出会った観光協会のみなさんとの繋がりがきっかけで、知多半島にある酒造6蔵との日本酒イベントを開催したり、常滑の酒米を育てる田んぼの土で作った酒器をプロデュースしたりするなど活動の場が広がりました」

この蔵開きイベントを皮切りに、全国各地でもさまざまな日本酒イベントに出演していきます。

「脱サラ後は常に順風満帆というわけではなく、貯金もなければ税金も払えないという時期もあって、とにかく何かやらないと!という思いでしたね。ひたすら大家さんが育ててたきゅうりを食べていた時期もありました」

休みなくがむしゃらに活動したということもあり、イベントでの月の売上が会社員時代の収入を超えることも増えてきました。しかし同時に、「イベントだけでは限界がくる」とも思い始めます。そこでひらめいたのが、定額会員制の酒屋サービスです。

つけたろう酒店

日本酒の多様性を広げるために流通を変える

つけたろう酒店の構想を考えはじめたのは、2019年4月ごろのことでした。

「お酒の感動体験」を原動力に活動してきたつけたろうさんは、「まだ世にない日本酒の体験をつくりたい」との思いを抱くようになります。しかし、つけたろうさんの考える新たな日本酒体験のためには、流通の構造を変える必要がありました。

「日本酒が大好きですから、これからも美味しい日本酒を飲み続けたいんです。でも、この10年くらいの間で日本酒の持つ多様性が失われているように感じています。その要因のひとつに流通の仕組みがあるのではないでしょうか。

日本酒は、基本的に消費者の意見やニーズを汲みとって商品開発を進めます。だから、どうしても味わいが似通ってきてしまいます。酒蔵が本当に造りたいお酒を造り、それがしっかりと消費者の手に渡る仕組みがあれば、もっと多種多様な日本酒が楽しめるはずだと考えました」

つけたろう酒店の哲学

出典:つけたろう酒店HP

酒蔵がチャレンジして造りたいお酒だったとしても、実際に売れるかわからない状態で酒造りを進めるには、どうしても不安が残ります。

そこで、「買い手」となる人たちをあらかじめ会員として募り、販売先が確定した状態で酒造りを行う仕組みを整えました。それが、定額会員制の酒屋「つけたろう酒店」です。

「流通の流れを逆にすればいいんだと思いました。買い手がいる状態で造りに入ることができれば、酒蔵はもっとさまざまな造りにチャレンジできるのです」

初心者にも、上級者にも「あっ!」と驚いてほしい

つけたろう酒店

セットに同梱される料理人・井上豪希さんによるオリジナルのペアリングレシピ

つけたろう酒店を通して届くお酒は、つけたろうさんが「こんなお酒を飲んでみたい」と考えた、チャレンジ精神あふれるお酒ばかりです。

例えば、「にいだしぜんしゅ しぼり 中取り生原酒 特別常温熟成 R1BY」は、生酒を特別に300日ほど常温で熟成させたお酒です。「生酒を常温熟成させたら、一体どういう味わいになるのか」というチャレンジを実現させてくれたのは、福島県の仁井田本家でした。

また、福島県の大和川酒造とは麹歩合35%で日本酒度+9の「辛口のその先を求めた辛口酒」を一緒に造りました。辛口とよばれるお酒が得意ではなかったつけたろうさんが、大和川酒造の辛口のお酒を飲んで「とても美味しい」と感じたことがきっかけでこのコラボが実現したそうです。

このようにちょっと変わったお酒が定期的に届くため、「つけたろう酒店」では会員紹介制の仕組みをとっています。

「変わったお酒が届くので、それをあらかじめ知っておいて欲しいんです。実際に飲んでみたら、!?!?!?となるようなお酒ばかりですから。ただ、日本酒を飲み慣れた上級者だけが喜ぶものではなく、初心者でも楽しめるラインナップになっています。なにか楽しそう。なにかおもしろい。そんな風に感じて新しいお酒に出会えてもらえたらいいですね」

セットに同梱される描き下ろしポストカード

セットに同梱される日本画家・漆原さくらさんによる書き下ろしポストカード

「日本酒はもちろん美味しいけれど、その先のさらに素晴らしい体験へと導いてくれるのが料理とのマリアージュ」と語るつけたろうさん。

「日本酒の温度帯は、−5度から70度くらいまでと幅広く、だからこそ、いろいろな料理にも合わせやすい。日本酒は、世界で一番料理と合わせやすいお酒じゃないかなと思ってます。食べる前の香りと合わせてもいいし、口内で一緒に合わせてもいい。もちろん、食べた後の余韻とも合わせられますね」

日本酒の感動体験を大切にするつけたろうさんだからこそ、日本酒と料理のマリアージュを大切にしています。つけたろう酒店から届くお酒にプロの料理人によるペアリングレシピが添えられているのも、「日本酒と料理をいっしょに味わって、その奥深さを心から味わってほしい」という思いからです。

「つけたろう酒店」の夢

つけたろう酒店

つけたろうさんがプロデュースした酒器

つけたろう酒店がオープンして4ヶ月。今は会員数を増やし、事業を安定させることが最優先の課題です。2021年2月時点で会員数は130名になりました。

「会員数が500人くらい集まれば小さなタンクを使っての仕込みをお願いできるので、酒米選びから酒造りを進めることができます。会員数を増やし、醸造量を安定させることができれば、酒蔵さんにかかるリスクもより少なくなりますしね。目指すは1石(「こく」:1石=100升)、2石と石単位での発注です。冷蔵コンテナを手に入れて、温度違いで熟成させたお酒をセット販売するなんていうのも面白そうですね」

つけたろう酒店を始めてから、今後の構想が尽きないというつけたろうさん。

「まだ世にないお酒を飲んでみたいんです。でも、ひとりじゃ同じお酒を100本は飲めないので、好奇心旺盛な仲間を募ったというのが本心ですね」

まだまだ始まったばかりのつけたろう酒店ですが、ここから生まれる「新しく楽しい日本酒」が、日本酒の魅力をさらに広げてくれることでしょう。

(取材・文:まゆみ/編集:SAKETIMES)

◎サービス概要

  • サービス名:「つけたろう酒店
  • 会費:6,000円(月額)
  • 会員プラン内容:限定酒1本/描き下ろしポストカード/ペアリングメニューのレシピブック/オリジナルカクテルレシピ/熱燗レシピ/メンバーズカード(初月のみ)

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