誰にでもきっと、忘れられない味や子どものころを思い出す味があるでしょう。
山梨県と東京都の県境に位置する山梨県上野原市。ここの名物といえば、炊いた米と米麹を合わせて一晩発酵させたものを生地に練りこんで作る「酒まんじゅう」です。
市内には酒まんじゅうの専門店が10店舗ほどありますが、「永井酒饅頭店」はそのなかでもっとも歴史のあるお店。酒まんじゅうが上野原市の名物になっていくまでの歴史や、永井酒饅頭店のこれまでの歩みやこだわり、そしてこれからの思いなどを4代目店主の永井利夫さんにうかがいました。
上野原の小麦文化と御殿場の酒造りから誕生した「酒まんじゅう」
上野原市で最初に酒まんじゅうを作ったのは、永井酒饅頭店の創業者である、現店主・永井利夫さんの曾祖父母。明治のなかごろに静岡県御殿場市から駆け落ち同然で移り住んだ2人が、上野原の小麦文化と御殿場の酒造りの技術を組み合わせて酒まんじゅうを生み出したのです。
酒まんじゅうが好評になると、他のお店でも酒まんじゅうが作られるようになりました。お祝いの席や行事で振る舞われるなど、上野原市のソウルフードとして定着していきます。
開店当初は、酒まんじゅうの専門店ではなかった永井酒饅頭店。もともとはうどん屋で、そのかたわらで酒まんじゅうを販売していました。最初の酒まんじゅうは「あんまん」と「塩まん」の2種類。景気が良かったこともあり、作れば作るほど酒まんじゅうが売れる時代だったそうです。
昭和40年代に利夫さんの母がお店の手伝いに入るようになり、うどん屋ではなく酒まんじゅう専門店として新たな道を歩み始めます。そのころ、2代目である祖母の反対を押し切って3代目の母が考案したのが「みそまん」。斬新なアイディアにまわりの反応も良く、それから「とと(塩マス)」や「おかか」など、メニューを増やしていきました。
商店街で買い物をする主婦や部活帰りの学生など地元の人が立ち寄るお店として人気が高まり、地元の人々にとって欠かせない日常のおやつへと変化していった永井酒饅頭店の酒まんじゅう。しかし、これからというときに、不幸にも2代目と3代目が続いて亡くなってしまい、休業せざるえない状況となりました。
休業から7年。復活を決意した4代目・利夫さんの挑戦
4代目の利夫さんが店を手伝うようになったのは30代半ばのころ。当時、利夫さんは教師として地元の学校に勤めていました。平日は仕事をしつつ、土日に店を手伝ったのだとか。まったく異なる仕事だったからなのか、小さなころから祖母や母の背中を近くで見てきたからなのか、酒まんじゅうの仕事はストレスなく続けられたのだそう。
お店を休業してからも、酒まんじゅうに必要な酒種(この地域では「酒」と呼ばれています)を毎日作り続けてきました。毎日米を炊き、米麹と合わせて発酵させる。それをずっと繰り返してきたのです。そんななか、利夫さんは定年退職を機に永井酒饅頭店を復活させたいと考え始めました。
しかし、昔ながらの製法にこだわる永井酒饅頭店の酒まんじゅうは、決してひとりでは作ることはできません。職人技が必要とされ、簡単に作れるものではないのです。
利夫さんは休業前に勤めていた田村さんと小俣さんのもとを訪ね、店を復活させたい想いを伝えます。すると、2人とも復活メンバーに快く加わってくれました。2人の助けを借りながら、休業から7年後に永井酒饅頭店は営業を再開させます。
生地担当の小俣さん。生地を均等に手で切っていく姿はまさに職人技。
蒸し担当の田村さん。蒸し上げのタイミングは、時間ではなく感覚で計ります。
整形した饅頭を蒸し器の中へ。
蒸し器は、昔からずっと使い続けているものです。
「大切に作り続けてきて、本当に良かったです」と利夫さん。こだわりの具材も今では8種類に増えました。「人気の商品は?」とたずねると「あんまんとみそまんかな。その次を決めるのは難しいね」と答えてくれました。
一番人気の「あんまん」。自家製のあんこがたっぷりと入っています。
二番人気の「みそまん」。もちろん、みそも手作りです。
「酒まんじゅうを食べると家族を思い出す」
利夫さんがお店を復活させて今年で5年目。何よりも驚いたのは、その繁盛ぶりでした。開店と同時に絶えずお客さんが訪れます。常連も多いですが、都内からのお客さんも多いようです。電話での注文も多いのだとか。
訪れるお客さんと会話を交わしながら、おいしい食べ方を伝えたり、近所の話をしたり、お待たせしたお客さんに酒まんじゅうを振る舞ったりと、店内はいつもにぎやか。小俣さんは「酒まんじゅうを食べると家族を思い出すという方もいらっしゃいます。そんな食べ物があるって幸せなことですよね」と、話してくれました。
永井酒饅頭店の酒まんじゅうには、人を楽しませる特別な力があるのかもしれません。山梨県上野原市のソウルフード「酒まんじゅう」がこれから先もずっと続いていきますように。そう願わずにはいられない日となりました。
◎店舗情報「永井酒饅頭店」
- 住所:山梨県上野原市上野原1596
- 電話:0554-63-0109
- 営業時間:9:00~18:00(夏季のみ 8:15~18:00)
- 定休日:月曜・木曜(祝日は営業)
- ※駐車場は商店街の駐車場をご利用ください。地方発送も行っています。
(文/堀内麻実)