SAKEITMESライターの梅山紗季です。

以前文学の中に見られるお酒というテーマで記事を書かせていただいたのですが、調べていくうちに、もっと時代をさかのぼった古典文学の中に登場するお酒も、近現代文学に負けず劣らずの味わいを秘めていることを知りました。
「乾杯!」の声が日本のあちこちでかわされている今宵も、日本の人々がどのようにお酒を味わっていたのかを、今回は古典文学の中に見られるものから、ご紹介してまいりたいと思います。

 

男同士で交わす、歌と言葉と杯―「伊勢物語 八十一段」

「むかし、左のおほいまうちぎみいまそかりけり。賀茂河のほとりに、六条のわたりに、家をいとおもしろく造りて、すみたまひけり。十月(かんなづき)のつごもりがた、菊の花うつろひざかりなるに、もみぢ(紅葉)のちぐさ(千種)に見ゆる折、親王たちおはしまさせて、夜ひと夜、酒飲みし遊びて、夜あけもていくほどに、この殿のおもしろきをほむる歌よむ。」

「昔、男ありけり。」に始まる、恋愛模様の描写の印象が強い伊勢物語。
しかし、時には盃を交わし歌を詠むという男性同士の情緒溢れる交流が描かれる場面もあります。
この場面は「伊勢物語 八十一段」で、河原の左大臣と呼ばれた源融(みなもとのとおる)の河原院に、貴族男性たちが招かれた折、秋の情緒を楽しみながら開かれた酒宴についての描写がなされています。邸宅に招かれ、菊と紅葉の美しさを愛でる盃をくみかわすこの場面、貴族社会の男性の風雅な交流に、お酒が彩りを美しく添えています。

 

大酒飲みの一生―「大鏡 内大臣道隆」

「関白になり栄えさせたまひて、六年ばかりやおはしけむ、大疫癘の年こそうせたまひけれ。されど、その御病にてはあらで、御酒の乱れさせたまひにしなり。男は、上戸、一つの興のことにすれど、過ぎぬるは、いと不便なる折侍りや。」

ここで登場する「内大臣道隆」は、清少納言が仕えた中宮定子の父である、藤原の道隆のことです。栄華を極めたこの藤原道隆は、大酒飲みの顔を、後の書物に記されるほどの酒好きでした。
関白となり栄えた彼の生涯は、六年後、疫病が大流行した年に幕をおろします。しかし、ここにあるように亡くなったのは疫病ではなくお酒が原因でした。流行病ではなく、酒の飲み過ぎで亡くなってしまうという酒豪の終わり方を描いたこの表現は、道隆のお酒好きがとてもよく伝わってきます。

「大鏡」には他にも、道隆の章だけでお酒に関するエピソードがたくさん記されています。
酔って牛車の中で眠ってしまったかと思えば、降りるときはしっかりとした顔で降りてくる。亡くなる間際に、一緒にお酒を飲んだ人々の極楽行きを願うなど、「酒飲みとして」活き活きと付き合いが広い様子をうかがい知ることができます。
現代でも、「酒を我慢するくらいなら死んだほうがマシだ!」なんて叫びを時折耳にしますが、藤原道隆も同じような心持ちで、お酒を愛していたのかもしれません。

 

耳が痛い!? 酒の飲み方への指南―「徒然草 百七十五段」

「世には心得ぬ事の多きなり。ともあるごとには、まづ酒をすすめて、強ひ飲ませたるを興とする事、いかなる故とも心得ず。飲む人の、顔いと堪へがたげに眉をひそめ、人目をはかりて捨てんとし、逃げんとするを、捕へて引きとどめて、すずろに飲ませつれば、うるはしき人も、たちまちに狂人となりてをこがましく、息災なる人も、目の前に大事の病者となりて、前後も知らずたふれ伏す。祝ふべき日などは、あさましかりぬべし。明くる日まで頭いたく、物食はず、によい臥し、生を隔てたるやうにして、昨日の事おぼえず、公私の大事を欠きて煩ひとなる。」

徒然草は、吉田兼好によって書かれた鎌倉期の随筆です。百七十五段では、吉田兼好のお酒に対する見解がうかがえます。

無理にお酒を飲ませた結果、「うるはしき人」が豹変し、狂ったようになり、翌日には二日酔いに苦しんで、飲んでいた時のことが記憶にはなく、しかも、公私に渡って重要なことを忘れてしまったせいで物事が滞る。
そのようなお酒を飲ませて面白がる(飲ませたるを興とする)人がいることは、まったく不可解だ、と吉田兼好は述べています。
飲みすぎない、飲ませすぎない。無理に飲ませた結果生じる酔い方はみっともないことこの上ない、という痛烈なこの言葉は、現代の私たちにも突き刺さります。日頃からお酒を飲む機会が多いことかと思いますが、肝に銘じておきたい言葉でもあります。吉田兼好は「徒然草」の中でほかにも、酒の飲み方についてや女性とお酒について多く述べています。

 

いかがでしたでしょうか?
悲しみのお酒から、大酒飲みの言葉まで、さまざまな表現を紹介してまいりました。そのどれもが、日本人とお酒は、古くから結びついていたことをうかがい知ることができるものだったように思います。

今後も、皆様のお酒を味わう時が美味しく、愉しいものになるような記事を提供していけるよう、日々頑張りたいと思いますのでよろしくお願いいたします。

 

【引用】
「竹取物語・伊勢物語・大和物語・平中物語」新編古典文学全集12 1994年 小学館
「大鏡」新編古典文学全集34 1996年 小学館
「方丈記・徒然草・正法眼蔵随聞記・歎異抄」新編古典文学全集44 1995 小学館

 

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