2020年12月。「澤屋まつもと」で知られる松本酒造(京都府)の代表取締役社長や取締役が同社を離れるという投稿がSNSで広く拡散され、日本酒業界の関係者やファンの方々を驚かせました。
この投稿に対して、松本酒造を去ることとなった代表取締役社長や取締役の今後を心配する声、今回の経営判断を疑問視する声、そして、松本酒造そのものや代表銘柄「澤屋まつもと」のこれからを憂う声など、さまざまな意見がありました。
SAKETIMESとしては、今回の件について、社内の事情に深く立ち入るつもりはありません。ただ、松本酒造からの公式の情報発信がない状況で、本件の是非を判断するのは決して健全ではないと考えました。
そこで、松本酒造の新社長に就任された松本正治さんに、今回の経営判断の背景や、松本酒造の今後についてお伺いしました。
松本酒造に何があったのか
─ そもそも、新社長に就任された松本正治さんは、松本酒造とはどういった関係なのでしょうか。
私の祖父が、先々々代(8代目)の社長でその弟が先々代の社長(相談役)でした。先々々代の長男が会長、次男が先代社長、三男が専務という構成です。松本酒造は、13年前からこの3名を中心に経営をしていました。そして私は会長の長男、日出彦さん(前 取締役)が先代社長の次男です。私は、2001年に松本酒造へ入社して、主に関東で営業を担当していました。
─ SNSでの投稿を見て、さらに日本酒業界の関係者やファンの方々からの声を見て、率直にいかがでしたか。
まずは、びっくりしました。同時に、反響が大きい分、日出彦さん自身、また「澤屋まつもと」というブランドがそれだけ愛されていたことも感じ、ありがたい気持ちでいっぱいでした。ただ、取締役としてまだ在任中の投稿だったので、複雑な気持ちでした。
─ 今回の解任について、どのような経営判断があったのでしょうか。
まずは、関係者やファンの皆様にご心配をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした。一部、誤解がありそうな点について、説明させてください。
松本酒造の株式は親族のみで保有しているので、親会社が別にあるとか、業務提携をしているとか、外部資本が入っているとか、そういう事実はありません。
今回の判断は、先代の社長のもとでの経営が、良くも悪くも独断専行な部分があり、他の経営陣からも、株式会社としての健全な経営をしてほしいと声が挙がっていました。
もちろん、独断専行が上手く機能する場合もあるのですが、やはり、いつかバランスを崩してしまうのではないかと。その危機意識があっての今回の判断でした。
─ ただ、酒造りの期間中の解任は、かなり急だった印象がありますが、なぜでしょうか。
すでに酒造りが始まっているタイミングでの判断になってしまい、ファンの皆様や従業員に対して、非常に心が痛みました。ただ早急に、健全な会社経営をしたいと。
弊社の決算月は毎年8月なのですが、近年、8月を過ぎてからも具体的な報告がなく、特に今年のコロナ禍の危機をみんなで乗り越えていこうという局面において、適切な情報共有や話し合いの場が持てないのは良くないという判断で、このような形になりました。
─ 今回の経営判断について、社内の従業員にはどのようにお伝えしましたか。
事実と時系列を整理すると、今年の11月30日に弊社の臨時取締役会があり、その場で、経営を見直すために代替わりをしようという話が出ました。相談役・会長・社長・専務が自ら辞任し、経営を若いメンバーに任せようとほぼ全員が一致して社長を説得したのですが、社長がどうしても辞めたくないと。そこで、全員の決議のもとで解任となりました。
一方、日出彦さんの処遇については議題にあがっていませんでした。しかし、父が辞めるならと日出彦さん自身も辞める決断をされ、専務らの強い説得にも応じることはありませんでした。
その後、代表権が正式に変わったので、社員を集めて経緯を話しました。まずはびっくりさせて本当に申し訳ないと。ただ、代表は変わるが、急ハンドルを切るつもりはないので心配しないでほしいと伝えました。
─ その話を聞いて、どんな反応がありましたか。
もちろん、びっくりしている社員もいれば、なぜこのタイミングで......という社員もいました。もっとも多かったのは「今後どうなるのか」という心配でしたが、変わらずにこれまでの仕事を続けてほしいという説明に納得してくれたと思います。混乱を招いてしまったことについては、本当に申し訳ないです。
─ 「澤屋まつもと」ブランドは、今後どうなりますか。
私自身、営業に長く関わっていたので、酒造りについてはまだまだ勉強しなければならない部分もあるのですが、基本的には「澤屋まつもと」の根本を変えるつもりはありません。根本は変えずに今後、枝葉の部分でさまざまなチャレンジをしていきたいです。
私が小さいころから教えてもらってきたのは、「伝統はぐるっと一周した時に、同じところに着地しちゃダメ」ということです。常に変化し続けなければならない。それが伝統なんだと。伝統を次の世代に継承するためには、大事に守る部分と思い切って前進させる部分のバランスを考えていかなればならないと思っています。
味わいに関していうと、究極の食中酒を目指していきたい。例えるのであれば、銀シャリのような、もうこのご飯さえあれば何でもいけると思わせるような食中酒をお客様に飲んでいただきたいです。
松本酒造の今後を見守りましょう
新社長へのインタビューを通して、結果的に強引な形になってしまったものの、会社として、大きな痛みを伴う苦渋の経営判断だったことが窺えました。
SNSでの投稿やそれに対する関係者やファンの反応、そしてこの記事を受けて、最終的に本件をどのように評価するかは、読者それぞれの感覚に委ねられています。ただ、どちらが良い悪いという話の以前に、適切な情報がそろっていない中で、直接関係のない人がどちらかを一方的に責め立ててしまうのは、健全ではありません。
ひきつづき、残念ながら会社を去ることになってしまったおふたりについても、今後の動きがあれば、SAKETIMESとして取材・発信していきたいと思っています。
(取材・執筆:SAKETIMES編集部)