2024年1月1日、石川県の能登半島を震源とした、最大震度7の大地震が発生しました。この「令和6年能登半島地震」では、能登地方を中心に、建物の倒壊や商品の破損など、複数の酒蔵が被害を受けています。
そんな中、石川県白山市で「手取川」「吉田蔵u」を醸している吉田酒造店と、日本酒イベント「若手の夜明け」を主催するcamo株式会社が、酒造りの継続が困難になってしまった酒蔵を支援するプロジェクト「能登の酒を止めるな!」をスタートしました。
被災した酒蔵が全国の酒蔵と共同で日本酒を造り、酒販店を通して商品を流通させることで、被災した酒蔵に売上が生まれる仕組みをつくっています。プロジェクトの第1弾はすでに終了し、最終的に、2,000名以上のサポーターから、40,000,000円を超える応援購入がありました。
そんな「能登の酒を止めるな!」のプロジェクトが、共同醸造の第2弾を開始することを発表しました。本プロジェクトの中心を担う、吉田酒造店の7代目・吉田泰之(よしだやすゆき)さんと、camoの代表・カワナアキさんに、第1弾の経緯や成果について話を伺います。
被災した銘柄の流通を止めない
「能登の酒を止めるな!」のプロジェクトは、どのような経緯でスタートしたのでしょうか。
「地震の直後、能登の酒蔵に連絡したのですが、返信はあったものの、自分に何ができるのかわからず、もやもやとしていました。そんな時、カワナさんから『共同醸造で被災した酒蔵を支援したい』という話をいただいて、これが私のできることかもしれないと感じたんです」(吉田さん)
「昨年、能登町の鶴野酒造店が『若手の夜明け』のイベントに出てくれたこともあって、何かできることがないかとずっと考えていました。東日本大震災の教訓を活かせないかといくつかの酒蔵にヒアリングしたところ、商品の製造ができなくなることで、銘柄の流通が止まることが致命的だとわかりました」(カワナさん)
商品の流通がストップすることで、その銘柄の存在は、市場から一時的に消えてしまいます。
それまで取り扱いがあった酒販店も、その銘柄を置いていた棚に他の銘柄を置くようになり、被災した酒蔵が復活したとしても、また新たな販路を開拓しなければなりません。また、ある程度の資金がなければ、復興に向けて動くこともできません。
そこで、吉田さんとカワナさんは、全国の酒蔵との共同醸造を通して、被災した酒蔵の銘柄を市場に流通させ続けるという仕組みを考えました。第1弾には、合計10蔵が参加しました。それぞれ、どのような基準で組み合わせが決まったのでしょうか。
◎能登酒蔵と支援酒蔵の組み合わせ(第1弾)
- 「白駒」日吉酒造店(輪島市)×「龍勢」藤井酒造(広島県)
- 「大江山」松波酒造(能登町)×「シン・ツチダ」土田酒造(群馬県)
- 「谷泉」鶴野酒造店(能登町)×「福海」福田酒造(長崎県)
- 「白菊」白藤酒造店(輪島市)×「永平寺白龍」吉田酒造(福井県)
- 「竹葉」数馬酒造(能登町)×「手取川」「吉田蔵u」吉田酒造店(石川県)
「支援酒蔵はすべて訪問したことがあったので、各蔵の設備や環境はよくわかっていたんです。ただ、能登の酒蔵は直接つながっていないところが多かったので、吉田さんといっしょに、各蔵の仕込みのスケジュールなどを考慮しながら、組み合わせを検討していきました」(カワナさん)
「再建した後はどのくらいの製造量を想定しているのか、どんな味の日本酒を造っていきたいのかなど、被災した酒蔵の希望を大事にしました。例えば、生酛造りを学びたいという声があれば、生酛を中心とした酒造りをしている酒蔵とマッチングするようにしています」(吉田さん)
銘柄の流通や技術の向上など、酒蔵が再建した後のことまで見据えられた今回のプロジェクト。第1弾の共同醸造はすでに終了していますが、各酒蔵から、新しい学びがあったという声が寄せられたのだとか。
「白藤酒造店と数馬酒造は、能登の中では製造量が多いほうですが、それ以外は約100〜150石(一升瓶で約10,000〜15,000本)の小規模な酒蔵ばかりです。また、古い設備を使っているので、何をやるにしても、他の酒蔵のほうがレベルが高いという状況でした。そういう意味では、能登の酒蔵が酒造りの技術を高められる良い機会だと考えています」(カワナさん)
「吉田酒造店は、数馬酒造といっしょに酒造りをしたのですが、同じ石川県産の酒米でも、能登と加賀でこんなにも違うのかと驚きました。同じ品種の酒米なのに、溶け具合が違ったりとか、味の出る具合が違ったりとか、勉強になりました」(吉田さん)
今回のプロジェクトでは、被災した酒蔵のオリジナルレシピをもとにした日本酒と、共同醸造による日本酒の2種類が造られます。能登の酒蔵の個性と支援する酒蔵の個性を掛け合わせることで、新たな化学反応が生まれることが期待されています。
吉田酒造店と数馬酒造の共同醸造では、酒米は能登産のものを使用していますが、酵母は吉田酒造店が得意としているものを採用。吉田酒造店が近年取り組んでいる、低アルコールで発泡感のある味わいに仕上がりました。
「能登の酒を止めるな!」のプロジェクトから生まれた商品の流通について、カワナさんは、応援購入したサポーターへのリターンに加えて、「2つの流通網を活用して販売する予定」と話します。
「1つは能登の酒蔵が持っている流通網での販売、もう1つは支援する酒蔵が持っている流通網での販売です。それぞれの流通網を使うことで、被災した酒蔵の銘柄が市場に流通し続けるようにしたいと考えています」(カワナさん)
「能登の酒蔵は、地元を中心とした流通の商品がほとんどです。県外にほとんど出ていない商品も多いので、支援する酒蔵の流通網を使わせてもらうことで、県外にも広がっていってほしいと考えています」(吉田さん)
第2弾は合計9蔵が参加!
そして、6月7日(金)からは、共同醸造の第2弾がスタート。参加する酒蔵は、以下の9蔵に決定しました。
◎能登酒蔵と支援酒蔵の組み合わせ(第2弾)
- 「白駒」日吉酒造店(輪島市)×「上川大雪」上川大雪酒造(北海道)
- 「大江山」松波酒造(能登町)×「敷嶋」伊東(愛知県)
- 「谷泉」鶴野酒造店(能登町)×「手取川」「吉田蔵u」吉田酒造店(石川県)
- 「谷泉」鶴野酒造店(能登町)×「飛鸞」森酒造場(長崎県)
- 「白菊」白藤酒造店(輪島市)×「風の森」油長酒造(奈良県)
「個人的に気になっているのは、白藤酒造店と油長酒造のコラボレーションです。杜氏の白藤さんからの熱烈な要望があって実現しました。油長酒造と同様に、白藤酒造店も低アルコールの日本酒を造っていますが、『風の森』の独特のガス感(発泡感)を生み出す技術に注目しているのではないかと思います」(カワナさん)
「鶴野酒造店は、森酒造場と吉田酒造店のそれぞれで共同醸造を行うのですが、うちでは全壊した酒蔵から救出された日本酒を使った貴醸酒を造る予定です。この数年は貴醸酒に力を入れてきたので、その技術を活かして、新しい息を吹き込みたいと考えています」(吉田さん)
編集部が注目しているのは、日吉酒造店と上川大雪酒造の組み合わせ。上川大雪酒造は、通常は北海道産の酒米しか使用していませんが、今回は日吉酒造店の山田錦を使った日本酒に挑戦するとのこと。どんな味に仕上がるのか、楽しみです。
被災した酒蔵を、飲んで応援!
能登の酒蔵は、今回の地震で全壊してしまったところが多く、再建はゼロからのスタートとなります。
プロジェクトに参加した能登の5蔵のうち、数馬酒造は4月から自社設備での酒造りを再開し、5月に新酒が完成しました。また、白藤酒造店も、まだ酒造りができる状態ではありませんが、出荷などの作業を始めたとのことです。
しかしその一方で、日吉酒造店・松波酒造・鶴野酒造店の3蔵は、倒壊した酒蔵の解体も進んでいないという状況。そんな中、どのような支援が求められているのでしょうか。
「被災した酒蔵の日本酒を飲んでいただくことが、いちばんありがたいです。他の酒蔵からも、支援につながる商品が出ているので、ぜひ飲んでいただきたいです。実は、観光客がまだ戻ってきていないため、石川県の酒販店も苦労している状況なので、オンラインショップも含め、石川県の酒販店から購入していただけると、さらに支援になると思います」(吉田さん)
「身体に無理のない範囲で、被災した酒蔵の日本酒を飲んでいただくことが一番です。もし店頭になければ、店員さんに問い合わせていただくことも大事。需要があることが伝われば、店頭に並べてくれるかもしれません」(カワナさん)
吉田さんによると、地震の直後は、再建をあきらめている酒蔵もあったとのこと。しかし、この「能登の酒を止めるな!」をはじめ、さまざまな支援活動を通してたくさんの応援が集まったことで、今はみんなが前を向いていると話します。
各地の酒蔵が廃業してしまうことは、日本酒産業にとって大きな損失です。今回のプロジェクトのように、被災した酒蔵の流通を止めないという取り組みは、いつどこで天災が起きるかわからないという状況の中で、全国の酒蔵が被災した酒蔵を共同で支えるというひとつのモデルになるかもしれません。
能登半島地震の発生から約5ヶ月が経過していますが、酒蔵の再建には数年単位の長い時間がかかります。能登の酒蔵が少しでも早く復興できるように、継続的な支援をお願いします。