次の350年を見据え、“作り手を応援する酒蔵”を目指す─異なる才能をかけ合わせる京都・玉乃光酒造の「350×」プロジェクトが始動

銘醸地として知られる京都の伏見に、純米吟醸酒と純米大吟醸酒のみを造っている、全国でも珍しい「純米吟醸蔵」があります。

それが、2023年に創業350周年を迎えた玉乃光酒造。良質な米と水、そして伝統的な“手づくり”にこだわった酒造りを続ける老舗の酒蔵ですが、日本酒の未来をつくる新たな試みにも挑戦しています。

2024年12月13日(金)に発表された「350×(さんびゃくごじゅうかける)」は、玉乃光酒造のこれからを象徴する一大プロジェクト。単なる新商品の発表ではなく、次の350年を見据えたこの長期的なプロジェクトについて、創業から守り続けてきた酒造りのこだわりとともに、玉乃光酒造の関係者を取材しました。

「味吟醸」を得意とする、京都・伏見の純米吟醸蔵

京都駅から近鉄京都線に乗って、近鉄丹波橋駅で降り、静かな住宅街を15分ほど歩いていくと、玉乃光酒造が見えてきます。

玉乃光酒造の外観

紀州藩の2代目藩主・徳川光貞公の御用蔵として、1673年(延宝元年)に和歌山県で創業した玉乃光酒造は、1945年の和歌山大空襲で建物が一部焼失したことから、酒どころである京都・伏見に移転しました。

玉乃光酒造は、戦後の米不足によって、醸造アルコールなどを大量に添加した日本酒が市場の大半を占めていた1960年代に、業界に先駆けて「純米酒」を復活させた酒蔵としても知られています。当時は「添加することが当たり前の糖類やアミノ酸などを加えていない」という意味で、純米酒のことを「無添加清酒」と称していたのだとか。

現在も当時の精神を受け継ぎ、玉乃光酒造は純米酒のなかでも、純米吟醸酒と純米大吟醸酒のみを造る「純米吟醸蔵」として、酒造りを続けています。

玉乃光酒造の代表商品

玉乃光酒造の代表銘柄「玉乃光」は、米の旨味で料理の味を引き立てる「味吟醸」。一般的には華やかな香りとふくらみのある味わいのバランスが特徴の純米吟醸酒ですが、米の旨味がより豊かに感じられ、香りが穏やかなタイプは「味吟醸」と呼ばれています。

定番商品の「玉乃光 純米吟醸 酒魂(しゅこん)」は、旨味と酸味のバランスが良く、キレのある味わいが特徴。まさに「味吟醸」を象徴する一本です。全国燗酒コンテストでは、最高金賞を2度も受賞しています。冷やしても温めてもおいしいというのは、香りや味わいのバランスが優れたお酒であることの証といえるでしょう。

理想は「いつまでも飲み続けられるお酒」

玉乃光酒造のこだわりは「いい水、いい米、手づくり」。

仕込み水は、桃山丘陵を水源とする地下水を使用しています。酵母の栄養となるカリウムやカルシウムなどを適度に含んだ中硬水で、酒造りに適した水です。

酒米は山田錦や雄町、そして京都オリジナルの「祝(いわい)」などを玄米で仕入れ、自社で精米しています。酒米の状態を確認しながら精米することで、安定したおいしさが生み出されます。

玉乃光酒造の酒造りの様子

そして、最大の特徴は、“手づくり”を大事にした伝統的な酒造りを継承し続けていること。

純米大吟醸酒などの高級商品は、酒米を10kg単位で小分けにして、ていねいに手洗いしています。蒸米の工程では、自動蒸米機などの大型機械を導入せず、伝統的な甑(こしき)を使って米を蒸し、蔵人たちが熱々の蒸米を素手でほぐしながら状態をチェック。その後に続く麹造りもすべて手作業です。

「お酒の香りや味を左右する工程は、なるべく手づくりで」というこだわりを大事にしています。

玉乃光酒造の酒造りの様子

「玉乃光酒造の日本酒は、個性らしい個性がないところが特徴だと思います」と話すのは、酒造りの現場をとりまとめる杜氏の白﨑哲也さん。

長い間、各地から杜氏を招いて酒造りをしていた玉乃光酒造にとって、白﨑さんは初めての社員杜氏。2017年に30代の若さで杜氏に抜擢されるまで、ベテランの杜氏や蔵人から伝統的な酒造りを教わってきました。

玉乃光酒造 製造部 部長杜氏 白﨑哲也さん

玉乃光酒造 製造部 部長杜氏 白﨑哲也さん

「食事と合わせても、お酒だけでも楽しめるものを造っていきたいですね。香りは穏やかな甘みのある吟醸香で、味は甘すぎず、口当たりのいいすっきりとしたお酒。ただ、物足りない味になってしまわないように、発酵をうまくコントロールして渋味などを出すことで味のバランスを整えています。

ひと口飲んでおいしいお酒はたくさんありますが、いつの間にか瓶が空になっているような、いつまでも飲み続けられるお酒が理想ですね」(白﨑杜氏)

酒造りにおいて大事にしていることをたずねると、「すべての工程が重要ですが、精米や洗米などの原料処理がもっとも気を遣います」とのこと。

玉乃光酒造の酒造りの様子

自社で行う精米をはじめ、洗米や浸漬などの工程で原料の状態にばらつきが出ると、その後の工程で修正が必要となり、酒造り全体に影響を及ぼします。麹や醪(もろみ)の工程で質の高い作業をするためにも、初期工程の原料処理を特に重視しています。

編集部が取材に訪れたのは、ちょうど今シーズンの仕込みが始まったばかりの10月上旬。蔵人たちのひとつひとつの動きに気合を感じる一方で、作業の合間にはプライベートな雑談で会話が弾み、緊張感とともに和気あいあいとした空気が流れているのが印象的でした。

「杜氏として、チームの雰囲気づくりは意識しています。秋から春まで酒造りの期間は長いので、ずっと気を張り詰めて、小さなミスのたびにピリピリしていたら、気力も体力ももたないですから。誰かがミスをしたとしても、みんなでフォローし合いながら、酒造りをしていきたいと思っています」(白﨑杜氏)

もう一度、日本酒を人々が集う場の中心に

創業350周年を迎えた玉乃光酒造が、次の350年を見据えて発表したプロジェクト「350×」。この一大プロジェクトを牽引するのは、玉乃光酒造 14代目当主の羽場洋介さんです。

大学を卒業した後、公認会計士やコンサルタント、飲食店の経営者としてキャリアを積んできた羽場さんは、結婚相手の実家が玉乃光酒造だったことから経営に関わるようになりました。外部顧問として参画した後、創業350周年という節目を迎えた2023年9月に、代表取締役社長に就任しました。

そんな異業種から酒蔵の社長に就任した羽場さんからみて、日本酒の未来をつくるために必要なものが2つあるといいます。

玉乃光酒造 代表取締役社長 羽場洋介さん

玉乃光酒造 代表取締役社長 羽場洋介さん

1つ目は「新たな日本酒体験を提供する場づくり」です。

「近年、日本酒は特別なシーンで楽しまれるものになりつつありますが、日常生活のなかにあってほしいと思っています。それを実現するためには、これまでとは違う接点で日本酒に触れる場をつくり、実際の体験を通して、いろいろな人に日本酒の魅力を感じてもらう必要があると考えています」

そして、2つ目が「業界の垣根を越えること」です。

「日本酒の商品企画やマーケティング、デザインに関わるプレイヤーはまだまだ少なく、しかも、日本酒業界の中にいることがほとんどです。日本酒の魅力を広く伝えていくためには、さまざまな業界の人たちと手を組んで、いっしょに市場を活性化させる必要があります」

そうして、玉乃光酒造の新たな挑戦として発足したのが「350×」プロジェクトです。

玉乃光酒造の「350×」プロジェクト

「350年という長い歴史のなかで、玉乃光酒造がもっとも大事にしてきたのが、“手づくり”です。『350×』というプロジェクトには、次の350年に向けた第一歩として、私たちと同じ“手づくり”を大切にする人々と、新たなものづくりをしていきたいという思いを込めました」

これからの玉乃光酒造をひとことで表すなら「作り手を応援する酒蔵」。「350×」プロジェクトでは、アーティストや建築家、歌手、料理人、農家など、自分の身体を使って何かを表現する人(=クリエイター)といっしょに新しい日本酒を造ります。

まず、玉乃光酒造がさまざまな業界からレコメンダー(推薦人)を選定します。レコメンダーは、自身が応援しているクリエイターに声をかけてプロジェクトへの参加が決定。クリエイターは、「玉乃光」の文字が入った真っ白なボトルをもとにオリジナルデザインを考案し、そのデザインの日本酒が実際に販売されるという流れです。

玉乃光酒造の「350×」プロジェクトのスキーム

このプロジェクトのポイントは、玉乃光酒造がクリエイターに直接依頼するのではなく、レコメンダーを間に立てることです。この仕組みには「『ものづくりをしている人を応援したい』という連鎖をつなげて、プロジェクトに本気で関わる人を増やしたい」というねらいがあるのだとか。

「たとえば、ゲームのクリエイターにデザインをお願いすれば、その日本酒をゲームイベントの会場に置いてもらえるかもしれません。日本酒がまったく関係のない場所に『玉乃光』があるという状況を作り出し、『玉乃光酒造っておもしろいことをやっている酒蔵なんだな』というイメージを広げていく。これを繰り返して、最終的には1,000人規模のクリエイターに参加してもらうことを目標としています」

玉乃光酒造の「350×」プロジェクトの作品

第1弾は国内外の計6名のクリエイターとコラボ。

12月13日(金)に販売開始する第1弾を皮切りに、今後は年4回のペースで新たな日本酒が発売される予定とのこと。各クリエイターのオリジナルデザインはインターネット上にアーカイブされ、ゆくゆくは「歴代の作品を展示するリアルイベントも開催したい」と話します。

さらに、羽場社長は、特別な日本酒体験を提供する場のひとつとして、築100年以上の歴史がある3つの建物で構成される「東蔵」の再生にも力を入れています。

玉乃光酒造の「東蔵」の内観

現在では老朽化が進み、その一部が蔵人の休憩場所として使われているのみとなった東蔵ですが、和歌山から京都に移転した第二創業地として、“手づくり”を継承し続けてきた玉乃光酒造にとって重要な場所です。

東蔵は自分の身体で作品を生み出すクリエイターの思いが集結する舞台として、まさにうってつけといえるでしょう。さまざまなイベントを開催してクリエイターを応援するファンを伏見に呼び込み、玉乃光酒造の日本酒を通してものづくりの魅力を伝える場にしたいと考えています。

若手蔵人に託された酒蔵の未来

ものづくりに対するリスペクトが込められた新しい日本酒の醸造は、玉乃光酒造の若手蔵人に託されました。

「350×」プロジェクトのベースとなる日本酒「350+」は、醸造を担当する蔵人が半年ごとに入れ替わり、それぞれの発想で酒質を設計していく予定ですが、プロジェクトの第1弾は羽場社長がテーマを決め、白﨑杜氏が指名した製造部 製造課 課長の安藤宏さんが醸造責任者を務めます。

羽場社長が託したテーマは「日本酒を愛でる。」でした。

玉乃光酒造 製造部 製造課 課長 安藤宏さん

玉乃光酒造 製造部 製造課 課長 安藤宏さん

安藤さんは、玉乃光酒造の定番商品でも使用している酒米「雄町」と「きょうかい901号」という酵母を選択。しかし、麹造りの際に通常とは異なる温度帯に設定し、定番商品と比べて香りがはっきりとした酒質を目指しました。

「いつもと同じ酒米や酵母を使うことで、“玉乃光らしい味”のベースを大事にしながらも、普段とは違う製法に挑戦することで、玉乃光に対する自分なりの『愛』を表現しました。一般のお客様だけでなく、玉乃光酒造のメンバーもハッと驚くようなお酒にしたいと思ったんです」

玉乃光酒造に入社してまだ数年という安藤さんにとって、醸造責任者として酒質設計を任されたのは、今回が初めての経験。白﨑杜氏から指名されたときは、喜びの反面、大きなプレッシャーも感じていたのだそうです。

玉乃光酒造の酒造りの様子

「玉乃光酒造には、自分以外にも熱い思いをもって酒造りに取り組んでいる仲間がたくさんいます。このプロジェクトをきっかけに、そういうメンバーを巻き込んで、新しい商品開発にどんどん挑戦できる体制をつくっていきたいと考えています。現場からアイデアを出して盛り上げていく、そんな良い流れをつくっていきたいですね」

安藤さんは、今回の経験を糧に「チャレンジングな商品づくりを続けていきたい」と熱く語ってくれました。

ものづくりの情熱を取り戻したい

創業から350年にわたって、“手づくり”にこだわった伝統的な製法を継承し続けてきた玉乃光酒造は、ものづくりに対するリスペクトの思いとともに、新プロジェクト「350×」という新たな一歩を踏み出しました。

羽場社長は、プロジェクトを通して玉乃光酒造を広く知ってほしいと期待を寄せる一方で、「実はこの『350×』プロジェクトには、玉乃光酒造の現状に対するアンチテーゼの意味も込めているんです」と語ります。

「玉乃光酒造は、年間で約5,000石(一升瓶換算で50万本)という生産量を見れば、“準ナショナルブランド”ともいえる規模の酒蔵で、大型機械に頼った製造をしていてもおかしくありません。それでも、私たちは“手づくり”にこだわり続けてきました。

しかし、大量生産に追われるなかで、毎日の酒造りが単なる作業になっていないかという危惧があります。“手づくり”だとしても、機械のようにお酒を造っていては意味がありません。『350×』を通してさまざまなクリエイターと関わることで、『ものづくりの情熱を取り戻したい』という社内へのメッセージも込めています」

新プロジェクトのロゴは「玉乃光」の従来の筆文字に、新たな挑戦や成長を象徴する「+(プラス)」の光を加えたものです。クリエイターとコラボするときは「+(プラス)」が45°回転して、「×(かける)」に変化。「それぞれが協力して、相乗効果でさらに飛躍していこう」という思いが込められています。

さまざまなクリエイターとともに、日本酒の世界に新たな光をもたらす玉乃光酒造の「350×」プロジェクト。作り手を応援する老舗酒蔵のチャレンジは、いま始まったばかりです。

(取材・文:芳賀直美/編集:SAKETIMES)

◎商品情報

  • 商品名:350×
  • 原材料:米(岡山県産)、米こうじ(岡山県産米)
  • 原料米:雄町 100%
  • アルコール分:15%
  • 容量:720mL
  • 販売価格:5,500円(税込)
  • 販売数量:限定1,800本(6種類×300本)
  • 販売場所:
    350×プロジェクト 公式サイト
    玉乃光酒造アンテナショップ「純米酒粕 玉乃光」 ※店頭にて販売。
  • 参加クリエイター
    ・ムネアツシ(日本)
    ・たかくらかずき(日本)
    ・堀田昇(日本)
    ・Lili Tae(タイ)
    ・Abwu(台湾)
    ・Ardneks(インドネシア)

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