2026年9月、新潟県でもっとも長い歴史のある老舗酒蔵・吉乃川(よしのがわ)が、全面的なリブランディングを発表しました。

今回のリブランディングは、ブランドのロゴや商品のパッケージだけでなく、酒蔵としての理念をはじめ、酒質設計の方針や商品のラインナップなどのすべてを刷新する取り組みです。

吉乃川が全面的なリブランディングを決断するまでには、どのような経緯があったのでしょうか。

吉乃川の外観

画像提供:吉乃川

1548年の創業以来、470年以上にわたり、新潟県の晩酌酒として愛されてきた吉乃川の歴史を振り返ると、リブランディングにつながる転機となったのは、大きな危機が襲った2016年。

当時の社長の急逝や主要なメンバーの退職。経営・製造・営業の各トップが同時に不在となる異例の事態のなか、会社の舵取りを任されたのは、マーケティング会社出身の峰政祐己(みねまさ・ゆうき)さんでした。吉乃川にとって、創業家以外から迎えた初めての社長です。

社長への就任から10年、創業家にバトンを戻すタイミングが近づいているなか、峰政社長は老舗酒蔵が抱えていた構造的な弱点をどのように乗り越えて、伝統を紡いでいこうとしてきたのか。

これまでに取り組んできた課題と成果、そして吉乃川の未来について、話を伺いました。

突如訪れた、経営陣不在の危機

吉乃川の創業は戦国時代の1548年(天文17年)。創業家である川上家は上杉謙信に仕えた武士の家柄で、謙信とともに越後へやってきた際に酒蔵の管理を任されたことが始まりと言われています。

明治以降は「中興の祖」と呼ばれる15代目・川上栄太郎氏が酒蔵を株式会社化し、「吉乃川」の銘柄を確立。昭和期の需要増には合成酒の大量供給で応え、1973年には17代目・川上昌司氏が、将来的に日本酒の製造だけでは生き残れないという考えから、社名を「吉乃川株式会社」に変更するなど、時代の変化を鋭く捉えた経営で、新潟県を代表する酒蔵へと成長してきました。

1985年に登場した「極上吉乃川」は、全国新酒鑑評会を通して培ってきた高い技術力を普段の食卓でも楽しめる商品として体現したもので、地元・新潟県を中心に晩酌酒として愛されてきました。

吉乃川の日本酒

「地元で愛される酒を多くの方に飲んでもらいたい」という強い決意で酒造りをしてきた吉乃川が、近年もっとも大きな困難に直面したのは、2016年7月のことです。

19代目で代表取締役社長だった川上浩司氏が急逝。さらに、製造部長を務めていた高橋方夫氏がその前月に亡くなり、全国の取扱店で「吉乃川といえば福井さん」と親しまれた営業本部長の福井富士夫氏も顧問に退きました。

吉乃川は、経営・製造・営業の各責任者が同時に不在となる厳しい状況に見舞われます。しかし、20代目となる予定だった川上将司(かわかみ・しょうじ)さんは、当時まだ20歳の学生でした。

「将司さんが一人前になるまでの間、吉乃川の舵を取ってほしい」

浩司氏からそう託されていたのが、2008年に吉乃川に入社し、商品の戦略や広告・販売を担当していた峰政祐己さんでした。吉乃川が470年を超える歴史のなかで、創業家以外から社長を迎えた初めての瞬間です。

マーケティング出身の“19.5代目”が仕掛けた改革

峰政さんは大手マーケティング会社で広告宣伝や販売戦略に長年携わってきた、マーケティングのプロフェッショナルです。2008年の入社以前から、吉乃川と仕事で関わり、先代の川上浩司氏も厚い信頼を寄せていました。

吉乃川株式会社 代表取締役社長 峰政祐己さん

吉乃川株式会社 代表取締役社長 峰政祐己さん(画像提供:吉乃川)

吉乃川が激動の時代を迎えるなか、社長を引き受けることになった峰政さんがまず意識したのは、「あえて大きな変化をしない」ことでした。

「社長に就任したのは入社して8年ほど経っていたころですが、社外の関係者のなかには僕のことをよく知らない方も多く、『東京から来たコンサルが社長になった』と見ている方もいました。このタイミングでの大きな変化は社内外に動揺を広げるだけだろうと、最初の3年間は社内を落ち着かせ、まずは既存の体制を整備すると決めました。僕の色を出すより、『吉乃川の伝統を継承する』という雰囲気をじっくりと醸成していくことを大事にしたんです」

社長就任から3年後の2019年、峰政さんは大正時代に建設された築100年ほどの倉庫「常倉」を改装した酒ミュージアム「醸蔵」(じょうぐら)のオープンに着手します。

吉乃川 酒ミュージアム「醸蔵」

吉乃川 酒ミュージアム「醸蔵」(画像提供:吉乃川)

また、プレミアムな日本酒を専用のマイボトルに詰めて、酒蔵から自宅へ直送するサービス「カヨイ」のクラウドファンディング(2021年夏から正式サービスとしてスタート)など、新たな吉乃川を印象付ける施策を次々に打ち出します。

専用のステンレスボトルに入れて、酒蔵から日本酒を直接お届けするサービス「カヨイ」

専用のステンレスボトルに入れて、酒蔵から日本酒を直接お届けするサービス「カヨイ」(画像提供:吉乃川)

その一方で、社内の品質管理の強化にも取り組みました。

吉乃川の蔵人は、名杜氏と呼ばれた鷲頭昇一氏の影響を受けて、長く在籍している人ばかりでした。同じメンバーでいることで暗黙知が蓄積され、阿吽の呼吸で作業することで、吉乃川としての個性が強まり、酒質も安定します。その一方で、世代交代が進むなか、暗黙知がそのまま残され、新しい技術への対応が遅れていました。

幸いなことに、峰政さんには同世代で想いを共通にする副杜氏・藤野正次(ふじの・まさつぐ)さんの存在がありました。藤野さんとともに、外部の意見も取り入れながら、吉乃川の酒造りに新しい風を入れ始めたのです。

吉乃川の酒造りの様子

画像提供:吉乃川

「不定期だった品質のチェックも毎月するようにしたんです。最初は老ね(劣化臭)を少し感じても、『これがいいんだよ』という雰囲気が社内にありましたが、それではいけないと繰り返し伝えました。長い歴史のある酒蔵なので、“守る”ことに熱心なんです。それは、何かを変えようとするときに必要以上に慎重になったり、チャレンジができなかったりというネガティブな要因にもなっていました」

峰政さんが気にかけていた、吉乃川のもうひとつの弱点が、商品に対して外部からのフィードバックがなかったことでした。手に取ってくれるお客さんの大半がスーパーや業務酒販店、もしくは飲食店という状況では、売場の担当者の声は聞けても、実際に飲んでいるお客さんの声までは会社に届きません。

「それこそが、いま支持を集めている酒蔵と自分たちとの違いであり、それゆえに変えるべきことに気づかない構造が生まれてしまった」と分析する峰政さん。顧客との直接的なコミュニケーションを図る上で、これまでにない方法が必要だという課題意識が、「醸蔵」のオープンや新ブランドの立ち上げにつながっていきます。

あえて「吉乃川」を冠した新ブランド「みなも」

2019年に30年ぶりの新ブランドとして誕生した「みなも」は、従来の吉乃川では対応することができなかった新たな市場やトレンドへの挑戦という役割を担って送り出されました。

吉乃川の日本酒

その大きな特徴は、吉乃川のこれまでの魅力を守りつつも、新たに施された3つのこだわりです。

1つ目は、酒質を安定させるためのブレンドをしない「単一原酒」での勝負。2つ目は、これまでの吉乃川ではできなかった「瓶燗殺菌」による高付加価値化。そして3つ目が、現代的な「ひと口目のインパクト」がありつつも、吉乃川らしい「淡麗でキレが良く、食事に合う後味」を両立させた点です。

吉乃川株式会社 代表取締役社長 峰政祐己さん

画像提供:吉乃川

「みなも」の販売は、地酒専門店をはじめとする取引先に限定しました。

「私たちに足りないのは、よりよく変化していくためのフィードバック。日本酒ファンとの距離が近い地酒専門店とのつながりは、これからの吉乃川にとって重要な接点だと考えました」

はじめは「吉乃川=量販店で売られる日本酒」というイメージも強く、取り扱いを断られたこともしばしば。しかし、新潟県の百貨店を定年退職したあと、『新潟の良いものを東京で広めたい』という思いで、吉乃川に入社した梨本清隆(なしもと・きよたか)さんの粘り強い営業によって、評価してくれる酒販店や飲食店が増えていきました。

「『吉乃川もこういうお酒を造れるんだね』と言ってもらえたことは、とても記憶に残っています。高級飲食店や一流ホテルなど、僕らがこれまで出会えなかった人たちと接点をもつことができ、既存の百貨店や空港免税店での評価が高まったことは大きな成果でした」

吉乃川の日本酒

地酒専門店からは「『吉乃川』の名前を伏せたほうが販売しやすい」という要望を受けることも少なくありませんでした。しかし、峰政さんは確固たる決心で、新ブランドにも「吉乃川」の名を入れ続けました。

「吉乃川を預かっている身としては、一部の商品だけでなく、蔵全体の価値を上げていかなくてはなりません。吉乃川がきちんとおいしいお酒だということを知ってもらうためにも、吉乃川の名前があることは重要だったんです」

「吉乃川の20代目」と言われると「自分は19代目と20代目の間をつなぐ、“19.5代目”のような立ち位置」と公言している峰政さん。次期蔵元である川上将司さんにベストな形でバトンを渡すためにも、吉乃川を守る姿勢は揺るぎません。

「日常酒としての誇り」を守り続けるために、変えること

峰政さんが社長に就任した後も変えなかったことは、「吉乃川は日々のお酒である」という存在意義です。淡麗でありながらも米のうまみを感じられる、食事に寄り添うような味わいを、吉乃川として守り続けると決意しました。

「吉乃川は、飲んだ瞬間に『うまい』というお酒よりは、飲み終わって『今日は楽しかった』と笑顔になるお酒でありたいと思ってきました。お酒には“感動の酒”と“満足の酒”があると思いますが、吉乃川が目指してきたのは、満ち足りるお酒です。ただ、これからの時代は、心を震わせるお酒も必要になると考えて取り組んだのが『みなも』でした。“感動の酒”を醸していけば、“満足の酒”のレベルも上がっていきます。

吉乃川には、普段の生活とともにあるお酒を造り続ける使命があると考えています。一方で、酒造りをする者として、ハレの日の特別なお酒も醸していきたい。この両立こそが、吉乃川が目指すべき世界であり、そのために新たな挑戦を続ける必要があると思っています」

吉乃川の日本酒

「厳選辛口 吉乃川」で地元の普段の食卓を支え、「極上吉乃川」で日常のなかの小さな贅沢を提案し、そして「みなも」で地酒専門店という新たな市場へ挑む。時代のニーズに合わせて変化を重ねながらも、吉乃川が守り続けてきたのは、人の日常に寄り添う酒造りの誇りでした。

まもなく創業480周年を迎える吉乃川は、じきに創業家へバトンを戻し、絶えることのない川の流れのように、日々の食卓に寄り添い続けます。それを実現するには、「変わらないために変わる」ための新たな挑戦が必要です。

次回の記事では、その一環としての全面的なリブランディングについて、次期蔵元の20代目・川上将司さんに話を伺います。

(取材・文:渡部あきこ/編集:SAKETIMES)

sponsored by 吉乃川株式会社

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