酒蔵見学に行ったことのある方はイメージが浮かぶでしょうか、酒蔵の中にはタンクがズラリと並んで、その中には一生かかっても飲みきれないほどのお酒が入っています。このお酒のタンクにはよく見ると蛇口がありません。

上から吸い上げるのか?とも思われますが、いったいどうやってお酒を出すのでしょう。

酒呑みとは別の「呑み」

空のタンクを見てみると、下方に二箇所穴のが開いています。拳は入らないくらいですが、指は数本入ります。よく見るとネジ山も切られています。ここにホースをつないでお酒を出すように見えますが、そのままではつながりそうにありません。

中にお酒の入ったタンクを見ると、金属の蓋がしてあります。どうやらコイツで栓をするようですが、今度は蛇口が取り付けられそうにありません。

この蓋は「呑み」と呼ばれています。名醸社というところで作っているもののシェアが大きいので、「名醸呑」という名前でも呼ばれています。きつく締められているので、専用のハンドルを使って外します。

割と簡単に外れます。

蓋を外すと鍵穴のようなものが出てきました。これもネジが切ってあります。ですが、蛇口はないし、お酒が出てくる気配もありません。

そこで「呑み切り器」を使います。

ハンドルが付いた金属製の蛇口のような物です。これで先ほどの鍵穴とホースをつないでやれば、お酒が出せそうです。ハンドルを押すと鍵穴に対応するような突起もあり、バネもついています。

ただ「呑み」と呼ばれる事もありますが、用途によって2種類のものがあり、酒を出す専用のものは「出し呑み」、酒をタンクに送り込む専用のものには逆流防止のゴム玉が入っているので「入れ呑み」「玉呑み」と呼ばれています。写真のものは「出し呑み」です。


それでは接続してみましょう。ネジを合わせて先ほどのハンドルでしっかり接げます。余った口からはお酒が出てくるので、ホースをつないだりします。

このハンドルを押し込みながらグルっとまわしてやると、中の鍵がまわり、ハンドルを引っ張るとお酒が出てくるという仕組みになっています。


呑みの構造はこんな感じです。いくつかのパーツで構成されてワンセットになっているので「カップリング」とも呼ばれています。
中に数千・数万リットルの酒が入っていて、この手のひらサイズの蓋がせき止めていると思えば、なかなかの力持ちです。

このようにお酒を出す事を「呑みを切る」と言います。特に、春に火入した酒を夏頃に封切りする事を「呑み切り」と言い、蔵のスタッフや試験場の先生が立ち会って、熟成感や火落ちの有無をチェックする事もあります。
ただ、普段の仕事では呑み切りとは言わず、単に「タンク64号の酒200ℓ出しといて!」という風に言っています。

「呑み」が2箇所ある理由は?

仕込みや酒の貯蔵に使っているタンクは、2箇所の呑みが付いているものがほとんどです。酒母タンクなどは一つしかないのですが、その理由はなぜでしょう。

これは滓引きという作業のためについています。搾ったばかりのお酒には醪の粒子が溶け込んでいて、しばらく放っておくと沈殿ができます。これが滓と呼ばれているもので、これを除いた後に瓶詰めをするのが主流です。 ※そのまま滓を詰めた滓絡み(おりがらみ)という製品もあります。

滓は沈殿するので、沈殿部分に掛からない上の呑みを使うことで、上澄みを効率よくとる事ができるのです。

上呑みから取れなかった部分と滓は下呑みから取りますが、これはちょっと技術が必要です。呑みの周辺の滓のみを一気に吸引して取り除き、できたスキマから上澄みだけを吸い取ります。

「呑み」からの試飲はご法度!?

酒蔵見学に行ったときに、ここから取って試飲させてもらえるかと言えば答えはNOでしょう。

技術的に難しいというのもありますが、酒を移動させる時には酒税法に伴う記帳の義務があり、誰かに飲ませる時は課税が必要になってきます。

酒を飲むのであれば、一升瓶を開ける方が簡単ですのでオススメです。蔵見学に行った際は、ホースを引っ張って作業している様子を横目で見て「あれが、"呑み"か…」とニヤリとしてみてはいかがでしょうか。

(文/リンゴの魔術師)