千葉県・岩瀬酒造の「岩の井 山廃純米大吟醸」は、世界的なワインの指標である「パーカーポイント」をはじめ、各国のコンテストで高い評価を受けています。
世界中の酒類のプロフェッショナルから評価されるおいしさは、どのようにして生み出されるのでしょうか。その秘密を探るべく、醸造の現場を訪問しました。
山廃で味がのった大吟醸を造る
千葉県御宿町、太平洋まで約1キロという沿岸部に岩瀬酒造は蔵を構えます。創業は享保8年(1723年)。現在の蔵元・岩瀬能和さんで11代目になる古い歴史を持つ酒蔵です。
2016年、岩瀬酒造の「岩の井 山廃純米大吟醸」は、ワインの世界的な指標「パーカーポイント」の日本酒カテゴリーで95点という高評価を得ました。
「パーカーポイント」は世界的なワイン評論家のロバート・パーカー氏が考案した指標で、この年はアメリカのワイン評価誌「ワイン・アドヴォケート」のマーティン・ハオ氏が日本全国で市販されている日本酒800品をテイスティングしました。95点以上を獲得したのはたったの3品で、そのうちのひとつが「岩の井 山廃純米大吟醸」です。
マーティン氏の評価コメントは、「蒸した米のピュアな表情が、米を愛するものの心を温かくするだろう」「個性が強く、並外れた素晴らしい日本酒」というもの。
「大吟醸というと、香りがフルーティーでスッキリしているイメージがあるかもしれませんが、このお酒はまったく違います。香りは米由来のものだけで、味がのっているいわば“味大吟(あじだいぎん)”。そのうえで、シャープな辛口を目指しています」
こう話してくれたのは、製造責任者の吉原誠さんです。4年前、それまで長く勤めていた杜氏が辞めたのをきっかけに製造責任者となり、季節雇用の蔵人たちを率いて酒造りをしています。
「山廃が大好きで、造ることができるのがうれしい」と語る吉原さん。毎年の造りには外部から杜氏を招きますが、山廃の酛立ては吉原さんの担当です。
「山廃は味がのりやすく、速醸とは違うキレと深みがあります。自然の力を借りるものなので、思い通りにいかずに胃が痛くなることもありますが、うまく湧きついたときはものすごくうれしい。そこにやりがいを感じ、一切手を抜かず、まさに必死で造っています」
吉原さんいわく、「山廃で大吟醸を造るというのは相当の覚悟が必要なこと」。難易度の高い造りでありながらも、古くから山廃蔵として親しまれる岩瀬酒造の誇りとアイデンティティを表現するのが「岩の井 山廃純米大吟醸」なのです。
仕込み水は、日本屈指の硬い水
岩瀬酒造の造りを特徴づけるのは、その仕込み水です。
海岸に近い岩瀬酒造が使うのは地中に貝類が堆積した貝殻層を通って汲み上げられる地下水で、その硬度は硬水として有名な「灘の宮水」の180ppmをはるかに凌ぐ250ppm。しかし、貝殻というフィルターのおかげか硬度に対してやわらかいテクスチャーを備えています。
この特徴的な水の性質から、「岩瀬酒造の井戸」を由来とする「岩の井」というブランド名が付けられました。
水の影響は、意外なところでも発見できます。蒸米を炊く釜を覗き込むと、内壁がところどころ白くなっています。実は、これはすべてカルシウムなんだとか。
「昨年の仕込みの時期に、以前使っていた釜に穴が空いてしまって、岐阜県の蔵が使っていた中古のものに入れ替えたのですが、うちへ来たばかりのころはまったく白くなかったんです。軟水の蔵ではこうはなりませんね」
カルシウムやマグネシウムを多く含む硬水は、発酵を盛んにするという特徴があります。
「うちの酒造りは、ドーンと走るんです。ロケットスタートのように発酵が始まりますが、そのまま勢いに任せても、反対に抑えようとしても理想的な発酵状態にはなりません。その加減に神経を使いますね」
日本でも最高レベルの硬水を使った酒造りの難しさについて、吉原さんはこのように話してくれました。
日本酒の酸度の平均値は1.3程度といわれますが、「岩の井」の酸度は2.2~2.3があたりまえ。絶妙な味のバランスの取り方が必要になる厳しい条件ながら、吉原さんは「僕が酒造りをできているのはこの水のおかげ」と誇らしげです。
「山廃ともなると米が溶けやすいんですが、どれだけ溶けても味わいはきれいで、スッとキレていく。それはやっぱり、水の力ですよね」
おいしいお酒を造るために学び続ける
吉原さんによると、さまざまな商品の中でも大吟醸は特に原料処理に気を使うといいます。「岩の井」では基本的に機械を使って洗米を行いますが、大吟醸はすべて手洗いです。
「反対にいえば、山廃の商品に関して、それ以外の工程はすべて同じ感覚で造っているともいえます。数年前、ほかの蔵を見に行って、あらためて水分量には気をつけるようになりました。ストップウォッチを使い、1グラムでも理想に近づけようと、ピリピリ緊張しながら水分量を調整しています」
8年前に岩瀬酒造で働き始めるまでに酒販店や米農家として働いていた吉原さんは、各地の酒蔵に知り合いがいます。
2019年には、酒造りの技術を磨くために、奈良県の酒蔵で1週間働かせてもらったこともありました。現在の酒造りには、そのときに学んだことが反映されているといいます。
洗米や浸漬(しんせき)以外でその経験が反映されているのが、麹づくりです。岩瀬酒造では、麹箱に10キロごとに分けて製麹を行いますが、ほかの蔵での酒造りを見て、麹のつくり方を細かく変更したといいます。
「それまでは教本のとおり、酒母用の麹は枯らして老ね麹をつくっていたんです。でも、いろいろな蔵を見た結果、『やりすぎていたな』と反省してつくり方を変えました。硬水だと苦味や渋みが出やすいんですが、最近それがなくなってきているのは、若めの麹を使っているからかもしれません」
2年後の2023年には、創業300年を迎える岩瀬酒造。基本に忠実な造りを行いながらも、積極的に学びながら、新しい技術を取り入れ続けています。
多様な食卓にフィットする「味大吟」
日本屈指の硬い仕込み水を使い、酸度2.0を超える酸味、日本酒度プラス8という辛口、そして山廃造りによるうまみの絶妙なバランスを実現している「岩の井 山廃純米大吟醸」。
「岩瀬酒造が目指すべきは、『辛口の男酒』。酸によって唾液腺が刺激され、食欲が掻き立てられて、ガッツリと料理を押し上げるような、食べ物をおいしくする食中酒を狙っています」と、吉原さんは目指す酒質について話してくれました。
プレミアムラインの「岩の井 山廃純米大吟醸」については、千葉の海岸沿いの酒蔵らしく、伊勢海老やアワビなどの魚介類と合わせても絶品。世界のワインの権威たちが認めるように、しっかりとした酸味のおかげで、選ぶ料理は和食のみにとどまりません。
一方で、吉原さんはこのお酒を、「だらだら飲めるお酒」と評価します。
「自分がだらだら飲むのが好きだからというのが大きいですが(笑)、やっぱりうまくできたと思うのは、飲み飽きしないお酒になったときですね。1杯目と3杯目が同じ味に感じられるようなお酒が理想なんです」
フルーティーで華やかなお酒の場合、ひと口目はおいしいと感じられても、飲み続けているうちに疲れてしまうことがあります。しかし、「岩の井 山廃純米大吟醸」は、その酸味とキレから、二合も三合も飲み続けることができるのです。それは、超硬水という個性のなせる技。
「私は“今おいしいお酒”よりも“明日おいしいと思うお酒”を造りたいんです。『昨日飲んだお酒、あれおいしかったよね』といってもらえるような。そういう意味では、たとえ純米大吟醸でも、“だらだら飲み続けられる”というのがいちばんの理想なんですよね」
「岩の井 山廃純米大吟醸」は、温めて燗酒にしてもおいしいのだそう。酸味、うまみ、キレをバランスよく兼ね備え、“味大吟”と言わしめる懐の深さによって、特別なディナーから何気ない普段の食事まで、多種多様な食卓にフィットします。
絶妙な味わいのバランス感覚により、世界のグルメを唸らせる「岩の井 山廃純米大吟醸」。その背景には、山廃を愛し伝統を守る造り手と、唯一無二の仕込み水の力がありました。
(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)
◎商品概要
- 「岩の井 山廃純米大吟醸 無濾過原酒生酒」
- 原材料名:米(国産)、米麹(国産米)
- 原料米:山田錦
- 精米歩合:40%
- アルコール分:17度
- 内容量:720ml
- 小売価格:5,500円(税込)
sponsored by 岩瀬酒造株式会社