山梨県北杜市で「七賢」を醸す山梨銘醸株式会社が、ウイスキー樽を使ったスパークリング日本酒「杜ノ奏(もりのかなで)」を10月1日に発売します。

タンクで一次発酵させた日本酒を、ウイスキー樽で寝かせた後に瓶詰めし、瓶内二次発酵させることで生まれた新しいスパークリング日本酒。商品を設計するにあたって、山梨銘醸がキーワードに掲げたのは、"地域性"でした。

いったいどんなお酒に仕上がっているのでしょうか。ザ・リッツ・カールトン東京で行われた、新商品発表記者会見で話をうかがいました。

2014年から行ってきた、抜本的改革

山梨銘醸の創業は寛延3年(1750年)。蔵の母屋が明治天皇の行在所(あんざいしょ)に指定されるなど、深い歴史と伝統をもっています。

蔵のある北杜市白州町は、昔から自然に恵まれた地域。ミネラルウォーターの生産量が全国1位を誇るなど、日本有数の名水地として知られています。初代の中屋伊兵衛も白州のきれいな水に惚れ込み、酒造りを始めたのだそう。

白州の地で長きに渡って銘酒を醸してきた山梨銘醸は、北原亮庫さんが醸造責任者に就任した2014年から、酒質や価格、パッケージなどのあらゆる面において、抜本的な改革を進めていきます。

「それまでは、"ただ単純に美味しいお酒を造ること"が目標でした。しかし、『七賢』はどういうお酒であるべきかを考えたときに、"お客さんを喜ばせ、感動させること"を大事にしようと思ったんです」と、専務取締役の北原対馬さんは話します。

「日本酒業界は1973年をピークに右肩下がりでした。国内における日本酒の消費量は、アルコール消費全体のおおよそ6%。もっと多くの人にお酒を飲んでもらうためにはどうしたらいいかを考えました」

そこで導き出した答えは、"スパークリング日本酒"。

日本で消費されているアルコールのおよそ60%に炭酸ガスが含まれていることから、日本人は炭酸ガスを好む傾向にあるのではないかと考えた対馬さんは、2015年から本格的な商品化に着手します。

同年12月に、にごり酒の「山ノ霞」。翌年7月には、滓引きをした「星ノ輝」をリリース。そして今回、2017年10月1日に「杜ノ奏」が発売される運びになりました。

"ウイスキー樽の活用"という他酒類とのコラボに取り組むことで、新しい付加価値を提案している今回の商品は、これまでに体験したことのない、新感覚のスパークリング日本酒と言えるでしょう。

地元・白州を表現するための"ウイスキー樽"

なぜウイスキー樽を活用することになったのか。そのきっかけは「地域性を表現したい」という思いでした。

「北杜市は日本酒だけでなく、ワインやウイスキー、ビール、焼酎など、多彩なアルコール文化が発達した珍しい地域なんです。特に、サントリー白州蒸溜所は地元の人々にとって馴染みが深い。地域と連携し、同じ水を使って造られる他酒類と協同することで、新しい化学反応が起きるのではないかと思ったのです」と、対馬さん。

「スパークリング日本酒の醸造にウイスキー樽が使用されるのは、おそらく国内初と言えるでしょう。新規性・独自性の高い新商品で、地域を盛り上げていきたいですね」

使っている酒米は、北杜市内で契約栽培されたひとごこち。アルコール度数は12度と、日本酒としては低めになっています。

「従来の日本酒はアルコール度数が15~16度のものが多いですが、お酒を飲み慣れていない初心者にとっては、キツいと感じられるかもしれません。世界のスパークリング酒を見ると、度数の相場は11~13度。多くの人に飲んでもらえるように、世界の基準に合わせた低アルコール酒にしました」

「また、火入れによる殺菌をしているので、輸出にも対応できますよ。日本のクラフトウイスキーが世界的に人気を集めつつあるなか、新しい切り口で日本酒を世界にプレゼンできると思います」

国外への展開を見据えた「杜ノ奏」は、世界基準のスパークリング日本酒「awa酒」の普及活動を行う、一般社団法人awa酒協会からも認定を受けました。国内のみならず、世界にも通用する商品になりそうです。

リスクを背負って、新しい価値をつくる

記者会見のなかでは、山梨銘醸の醸造責任者・北原亮庫さんと、サントリースピリッツ株式会社の白州蒸溜所工場長・小野武さんによる対談が行われました。

本商品に対する思いについて、亮庫さんはこのように話しています。

「2014年、醸造責任者に就任したとき、『七賢』がどんな酒なのかを改めて考えてみたんです。そのなかで出てきたのは、地元・白州への熱い思いでした。この地で酒造りができることに感謝をするとともに、白州がいかに水の豊かな地域であるかをお酒で表現したいと思ったんです」

小野工場長は、ウイスキー樽を使わせてほしいと打診があった当時のことを語っています。

「組み合わせはシンプルだが、それゆえに難しさもあると思いました。正直、商品開発は長丁場になるだろうと。短期間でよくここまできたな、と」

ウイスキー業界でも新規性の高い取り組みは数多く行われてきましたが、必ずしもすべてが上手くいっているわけではありません。

「新しい取り組みのなかには、ウイスキーの価値を高めるものもあれば、奇をてらっているだけだと思われるものもあります。ウイスキー樽は小さくても180リットルの容量があるので、失敗したときのリスクは少なくありません。しかし、ウイスキー業界が大事にしているのは継承と革新。なにを変えるべきか、なにを守るべきかを考えながら新しい価値をつくっていかなければならないのです。リスクを背負って新しい挑戦をするのは大事なことですね」

今回発表された「杜ノ奏」は、日本酒業界にどんなインパクトをもたらすのでしょうか。

目指したのは、白州の森を歩いているようなお酒

亮庫さんは、ウイスキー樽を活用した清酒造りの難しさについても語ってくれました。

「ウイスキー樽を使った熟成については未知数でしたが、目指したのは白州の森を歩いているかのような爽快感のあるお酒。木漏れ日や緑の香りを表現するために、たくさんあるウイスキー樽を自分の鼻でひとつずつチェックしていきました。樽の選定はたいへんでしたね」

「低アルコールの日本酒は雑菌汚染のリスクが高いので、0℃の低温で約1ヶ月間、熟成させました。毎日サンプリングをするなかで、『ここだ!』と思ったのが、ちょうど1ヶ月くらいだったんです。ウイスキー樽は管理が非常に難しいですね」

小野工場長は完成した商品について、「バニラを思わせる熟成特有の甘みが感じられ、ウイスキー樽の特徴をよく引き出していると思いますよ。日本酒とウイスキー樽の単なる足し算ではなく、お互いがよく馴染んでいる感じですね。ただ新しいだけではなく、完成度の高い商品になりました」

サントリーホールディングス株式会社で代表取締役副会長を務める鳥井氏も試飲したのだそう。「おもしろいものができたね」と高評価をいただき、亮庫さんもホッと胸をなでおろしたのだとか。

実際に試飲してみると、樽の香りはほのかながらも確かに感じられ、爽やかな印象。練乳を思わせるクリーミーな甘みがありつつ、若干の香ばしさと米の甘みもしっかりと感じられました。泡は非常に細かくきれいで、飲み下したあとの爽やかな苦味が食欲をそそる逸品ですね。

亮庫さんは「スパークリング日本酒というカテゴリーはまだまだ定着していません。『杜ノ奏』はハレの日や乾杯シーンで飲むお酒として、世界に広まってほしいですね。海外の方を相手にするときでも、これが"日本のスパークリング"だと誇れるようなお酒になってほしいです」

「山ノ霞」「星ノ輝」、そして今回の「杜ノ奏」。試行錯誤をしながら次々と商品を開発してきた、山梨銘醸のスパークリングシリーズについて、さらなる商品開発の可能性をうかがうと、「白州の地域性を表現するにあたって、山梨の名産・ワインとのコラボも考えたんです。しかし、なかなか納得できるものが造れませんでした。ラインアップはこれ以上増やしません。スパークリング以外の商品も含めて、これからは各商品にさらなる磨きをかけていきたいですね」とのこと。

新しい発想で地域性を表現した山梨銘醸の「杜ノ奏」。今後、どのように市場に浸透していくのか楽しみです。

 

◎商品の詳細

  • 商品名:杜ノ奏
  • 容量:720ml
  • 価格:10,000円(税別)
  • アルコール度数:12%

(文/小池潤)

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