山口県の東南部に位置する周南市は、出張族の集まる港町。そのため、夜になると多くの居酒屋が営業しています。そんな町にある小さな酒蔵「株式会社はつもみぢ」は、これまでビールなどのアルコール飲料を卸す小売業が主な事業でした。日本酒については、1985年(昭和60年)に製造を中止して以来、他蔵の酒を買い取って販売しており、酒蔵でありながら酒を造っていない状況だったのです。

蔵の外観も、ひと目で酒蔵とわかるような印象はありません。中へ入ってみると、コンパクトな作業場がありました。はつもみぢの代表銘柄「原田」は、社長の名前そのもの。年間を通して、純米酒・純米吟醸酒のみを少量仕込みで醸しています。普通酒など、その他の酒は一切造っていないのだとか。

地元で醸した美酒を、地元の人に飲んでほしい

酒蔵「原田」の外観

ある時、現社長の原田康宏さんが利き酒競技大会で連続5回も優勝する快挙を達成しました。それでも当時、酒造りを再開するという決断には達しなかったようです。

そんななか「利き酒ができても、はつもみぢの酒は美味しくない」という言葉を耳にします。さらに「山口県の地酒は県内シェアが2%以下」という事実を知った原田さんは、これを機に酒造りへのスイッチが入ったようです。「酒蔵で酒を造らなくてどうする。美味しい酒を造って地元で呑んでもらおう」そう決心したといいます。

しかし、原田さんにとって酒造りは初めての経験。必要な機械を中古で購入し、最初は手探りの日々でした。それでもなんとか酒を醸すことができ、今も「より良い酒を。より美味しい酒を」と、探求の毎日だそうです。

貯蔵設備がなく、在庫を抱える予算がないため、最初は総米300キロという小さい規模での仕込みでしたが、酒造りを始めて12年経った今では出荷量が増え、倍の600キロ仕込みになりました。

造り手4人ですべての工程をこなす

少量ずつ2人で洗米を行う

はつもみぢの造り手はなんと4人。洗米は2人で時間を計りながら、少量ずつ洗っていきます。

甑

近年、仕込み量が増えたため、甑(こしき)は夏に新しくしたのだとか。

蒸しあがったお米を移動式の台へ移しているところ

蒸しあがった米は、移動式の台へ入れます。

蒸米の入った台を移動させる

この台をガラガラと押して移動させます。放冷機がないため、麹米も掛米もすべて、外の風に当てながら冷ましていくのです。

桶に入れられた麹米

麹室に入れられた麹米は、桶に入れて重さを量ります。重さによって麹菌の振る量を決めるそうです。

瓶に入った麹菌

経験の少ない若手が活躍しているはつもみぢでは、この方法がもっとも理に適っているのかもしれません。

仕込みのタンク

仕込み量が増えたため、タンクも新しく購入したそう。ひとつ空いたら次の仕込みというように、小さいサイクルで作業しています。

酒造りに使う水は、はつもみぢのある周南市から車で約1時間ほどの鹿野へ週2回、4人のうち1人が汲みに行っているそうです。湧き水を2〜4トン集めるのに、数時間かかるのだとか。水を汲むだけでもかなりの重労働なんですね。水が貯まるまでの時間でできることをしようと、ラベル貼りをするために酒瓶を持っていったり、事務作業をしたり......少ない人数だからこそ、時間を無駄にしないよう努めているそうです。

ザルで手作業で濁り酒を漉す

濁り酒をザルで漉しています。何度も醪をすくって漉す作業は、手間がかかることでしょう。

通常の搾りは、槽で行われる

通常の搾りは、槽で行われます。

機械で瓶詰めを行っているところ

瓶詰めは機械で行っています。「瓶詰め機を購入して本当に助かった!」と、蔵人たちが声を揃えていました。洗浄、瓶詰め、打栓などを1人で行うため、まだまだスムーズではありませんが、それでも大幅な時間の短縮になったと喜んでいる様子でした。

火入れの温度をはかる

火入れは1回のみ。瓶燗火入れで、中身が63℃になるまで温度を上げていきます。純米酒も純米吟醸酒もすべて同じ機械、同じ方法で造られていることがわかりました。そして特に印象的だったのは、4人の造り手が和気あいあいと仕事をこなしていたこと。そのうち1人は、なんとまだ19歳の女性。高校で醸造について学ぶ機会があり、そこで興味を持った彼女は、卒業後にはつもみぢへ就職したそうです。

原田社長によると、来年も高卒の従業員を1人雇う予定とのこと。「即戦力ではありませんが、人材確保という意味では大きいです。若い世代が日本酒に興味を持って酒蔵に就職してくれるのは、今後の日本酒業界にとって良いことですからね」と原田さん。はつもみぢでは、就職してすぐに酒造りの全行程へ携わることができます。意欲のある若者にとっては、とても良い環境なのではないでしょうか。

「スマイリー!」蔵人全員が笑顔で造るお酒

従業員の朝礼の様子

はつもみぢでは、朝礼の最後に必ず「スマイリー訓練」を行っています。「スマイリー!」とお互いに声を掛け合うのです。こうした心がけが蔵人たちの笑顔を生み、結果として良い酒ができるのかもしれません。

「原田」は、純米酒も純米吟醸酒もバランスの良い酒。米の旨味、酵母由来のふくよかな香り、適度な酸。それらが上手にまとまっていて呑み飽きしないため、食事とも良く合うのが魅力です。四季醸造のため、1年を通して搾りたてを味わうことができ、シンプルな造りだからこそ生まれる、ごまかしのないきれいな酒になっています。上槽してすぐに瓶詰めを行うため、ブレンドはしません。呑む時期によっては、タンク違いで味わいが微妙に変わるのです。そんなマニアックな楽しみ方ができるのも少量仕込みの「はつもみぢ」ならでは、かもしれませんね。

(文/まゆみ)

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