山形県鶴岡市に蔵を構える奥羽自慢株式会社が、平成29BY(醸造年度)となる今シーズンから、大改革を進めています。これまでの「奥羽自慢」に代わる新銘柄「吾有事(わがうじ)」を立ち上げ、酒質を一新したのです。

造りに参加するメンバーもがらりと入れ替えて、製造責任者には26歳の若手を抜擢。新ブランドを拡販する営業責任者にも、25歳の若手を起用しました。

今回は「奥羽自慢」を生まれ変わらせようと意気込んでいる、蔵元と若手ふたりの熱い思いを紹介します。

目指すのは、"若い人のセンスを重視した造り"

奥羽自慢の洗米場所

話は2010年に遡ります。1724年の創業以来「奥羽自慢」を醸してきた佐藤仁左衛門酒造場は、経営難と蔵元の病気によって、その年の造りを断念しました。その翌年も休蔵となり、蔵は危機的な状況に陥ってしまいます。というのも、酒税法上、3年続けて造りを休んでしまうと、製造免許を返上しなければならないのです。

その話を聞きつけたのが、鶴岡市の隣・酒田市にある楯の川酒造株式会社で蔵元社長を務める佐藤淳平さん。「400年近い歴史をもつ酒蔵がなくなってしまうのは惜しい」という強い思いから、応援部隊として蔵人を派遣します。おかげで、2012年の冬から、造りを再開することができました。

しかし、蔵元の病気が回復しなかったため、佐藤社長は事業譲渡を提案します。蔵元はこれを快諾。佐藤社長が設立した奥羽自慢株式会社が事業を引き継ぎ、これまで造りを続けてきました。

この間、造りの基本的な体制は以前と変わらず、酒質についても、香りをあまり出さない、辛口で燗向きのお酒を造っていました。しかし、新たな顧客の獲得が思うように進まず、行き詰まりを強く感じた佐藤社長は、今回の抜本的な改革を決意します。

醸造タンクを覗き込む製造責任者の阿部さん

佐藤社長が今回の変革でもっとも重視したのは、"若い人のセンスを重視した造り"への転換です。昨シーズン(平成28BY)まで造りに携わっていた7人のうち1人だけを残して、楯の川酒造の若い蔵人と佐藤社長を加えた5人で造る体制に変えました。

製造責任者には、楯の川酒造の製造部係長・阿部龍弥さんを指名しました。阿部さんは20歳で楯の川酒造に入社し、短期間で佐藤社長の信頼を勝ち得た人物ですが、まだ26歳。それでも佐藤社長は「良いところはどんどん取り入れ、悪いところをどんどんやめていく性格は、いまの奥羽自慢にもっとも必要な人物」と、期待をかけています。

社長からメールをもらった阿部さんは「その時は、楯の川酒造での造りがまだ終わっていなかったので、とても驚きました。ただ、しばらく経つと『責任者になったらあれもやりたい。これもやりたい』という気持ちが出てきて......気付いたら、『自分でよければやりたい』と、社長に返事をしていました」と、当時の気持ちを振り返っています。

洗米用水の出ている様子

阿部さんが奥羽自慢の製造責任者になることを聞いて、いち早く反応したのが営業部の北山光輝さんでした。北山さんは楯の川酒造のお酒が好きで、2015年春に入社。最初は製造部に配属され、その時に同学年の阿部さんと仲良くなりました。

その後、北山さんは営業部に移りましたが、今回の話を聞いて「阿部くんの造るお酒は、僕が責任者として売りたい」と、佐藤社長に直訴します。佐藤社長は「造り手も売り手も20代半ばの若手というのはわかりやすい」と快諾。今回の体制が完成しました。

「吾有事」という銘柄名に込められた思い

麹室の手入れをする佐藤社長と阿部さん

次に課題となったのは、商品名です。蔵を存続させることが最優先なので、あえて「奥羽自慢」の銘柄にはこだわりませんでした。むしろ『新しい酒質のお酒だからこそ、まったく違う銘柄にしよう』と佐藤社長は決意し、蔵人たちから広く案を募りました。

なかなか良い名前が浮かばず悩んでいる時、大好きな漫画『センゴク』で、本能寺の変で森蘭丸が叫ぶ『吾有事、得た思い』というセリフを思い出して、佐藤社長はピンときます。

「道元が唱えた『吾有事』は、自分という存在と時間が一体になることを言います。わかりやすく言えば、"やりがい"のことです。400年近く続いた酒蔵をこれからも存続させるというのは、まさにやりがいのある仕事。それがぴったりだったので、『吾有事』を新しい銘柄に決めました」

吾有事のラインナップ3本

新しい体制と銘柄が決まれば、あとは造りです。昨シーズン(平成28BY)までは、10月から3月にかけての半年間、酒造りをしていましたが、今シーズン(29BY)はその期間を3ヶ月半に圧縮し、短期集中型にしました。一日おきに仕込みを立てることで、全員が作業により集中できるようになり、結果として酒質が向上するのではないかと期待しています。作業が終われば、蔵人は楯の川酒造に戻るため、人件費を削減する効果もあるようです。

酒質については、甘味と旨味があり、かつ適度な香りが出るように、酵母をきょうかい7号から6号に切り替えました。麹造りの途中、くっついて固まった米をばらばらにする「切り返し」という作業も、今までの機械を使って必要以上に米の温度が下がるのを恐れ、手作業に切り替えました。手作業はすべて、阿部さんと佐藤社長が担当しています。

「乾きの良い麹室にも助けられて、1年目から納得のいく麹米ができました。楯の川酒造の麹米にも負けていません」と、阿部さんは胸を張っています。

若手ふたりが描く未来

営業部の北山さん(左)と製造責任者の阿部龍弥さん(右)

営業部の北山さん(左)と製造責任者の阿部さん(右)

10月から始まった今季の造りは終盤を迎えています。阿部さんは、目指すお酒について次のように話してくれました。

「甘味のなかに酸味があり、バランス良く、アルコール感が強すぎない、日本酒らしくないお酒を目指しています。会社なので、我田引水のお酒を造っても仕方がありません。佐藤社長と意見をすり合わせながらやっていきたい。今季はわがままを言わせてもらって、低アルコール原酒のお酒にも挑戦しました。楯の川酒造では精米歩合50%以下の純米大吟醸酒しか造っていないので、こちらで精米歩合60%のお酒を造ることはとても勉強にもなります」

北山さんにも、意気込みも伺いました。

「楯の川酒造のお酒はすでにスタイルが確立されているので、あまり冒険できません。しかし、こちらはゼロからのスタートなので、なんでも取り組めるのがうれしいです。失敗が許されないプレッシャーを感じますが、阿部くんといっしょに『吾有事』を育てていきたい。『楯野川』は香りがあってフルーティーで、ビギナーにも美味しいお酒。『吾有事』はそれよりも一歩進んだ人たちに飲んでもらいたいですね」

最近では、岩手県・赤武酒造や新潟県・賀茂錦酒造など、20代が造る美味しいお酒が各地に生まれています。そんな実力蔵を目標にする「吾有事」を、じっくり見守っていきたいと思います。

(取材・文/空太郎)

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