世間では"中学生の四段棋士が快進撃!"と、話題になりました。

ところで、日本酒の世界にも"四段"があるのをご存知でしょうか。今回は、日本酒における「段仕込み」についてご説明します。

安全な醸造のために欠かせない「段仕込み」

日本酒を造るときにもっとも気を付けるべきことは、"清潔さ"でしょう。食品だからという理由だけではありません。健全な発酵のためには、余計な菌を繁殖させないことが大事なんです。

特に日本酒造りは、発酵が進んでいるタンクにフタをしないことが多いため、昔から雑菌や腐造との戦いでもありました。安定した醸造ができるようになったのは、ここ数十年の間とも言えるかもしれません。

その安定した醸造と深く関係するのが「段仕込み」です。

段仕込みの前に、まずは酛造りから

日本酒造りでは、の前に酛(もと)を造るのが主流。小さめのタンクに、水・麹・蒸米・酵母を入れます。このときに醸造用乳酸を添加するのが、いわゆる"速醸系酒母"ですね。

速醸系酒母では、この乳酸が雑菌の繁殖を防いでくれます。酛はその温度経過によって、いくつかの種類に分けられ、完成まではおよそ2~12日。その間に酵母がアルコールを生成します。醸造用乳酸は、アルコールがまだ生成されていない期間に酛のpHを酸性に傾かせ、雑菌による汚染を防いでくれるのです。

現代では簡単に乳酸が手に入るようになり、速醸が一般的になりましたが、昔はどうしていたのでしょうか?

江戸時代の頃は、酵母を増やす前に、あえて乳酸菌や硝酸還元菌を育てることで、乳酸を生み出していました。「これらも雑菌じゃないの?」と思うかもしれません。しかしこれらの菌は、現代の醸造においても欠くことのできない、大切な菌なんですよ。

このような菌を温度や糖、アルコールのバランスで上手にコントロールして酛を造る方法が、"生酛(きもと)系酒母"。昔の人が編み出したこの方法は、現代の醸造においても、廃れるどころか主流のひとつ。魅力的ですね。

「酛の仕事が一番おもしろい」と言う蔵人も多いそうで、菌の遷移は香りや湧き方の変化に富み、見ていて飽きません。箱庭で古代の戦が行なわれているのを見ているような気持ちになります。

酛が完成すると、いよいよ「段」が始まります。

「段」の始まりは「初添」から!

酛造りタンクの倍ほどの大きいタンクに酛を移し、そこに水と麹を混ぜて"水麹"を造ります。さらに蒸米も投入。ここで使うタンクは蔵見学で目にするような大きいタンクではなく、"添桶"と呼ばれる、中くらいのタンクです。

大きいタンクに少ない量を仕込むと空隙が生まれ、空気に触れる面が大きくなり、雑菌による汚染リスクが高まってしまいます。

また、醪の上面と下面、タンクに近い外側と内側では温度が不均一。これも雑菌汚染の原因になります。さらに、大きなタンクで一度に作業すると、失敗したときのリスクも高まりますよね。

そのため、アルコールの生成が不十分なうちは小さいタンクを使い、発酵が進んできたら大きいものに替えていきます。これは"拡大培養"という考え方です。

何もしない「踊」が、もっとも重要?

初添の翌日は「踊(おどり)」という工程。次の作業までのおよそ1~2日間、醪を踊らせます。

ん?

"踊る"ってどういうこと?酒が踊る?

ここで言う"踊り"とは、"仕込みをしない日"ということ。階段の"踊り場"と同じ語源ですね。「踊」では、検温と櫂入れ程度の作業しかしません。

何もしないと言うものの、仕込みで一番大事なのは、実はこの「踊」。初添の温度をキープするか、もしくは少し上げることで、酵母を増やしていきます。"よく踊らせる"ことが重要で、"踊らないと良い酒はできない"と言われますね。

麹が掛米をゆっくり溶かしながら酵母に糖を供給していきます。米の溶け具合や酛の出来が一番よくわかる工程でしょう。

「仲添」「留添」を経て、仕込みのメインステージ

次の日からまた仕込みが始まり、醪は添桶から仕込桶へ。この仕込桶は、蔵見学などでもよく見かけるでしょう。

麹や掛米、水の量が増え、いよいよ仕込みのメインステージに入ってきました。

温度を上げて発酵を促進しつつ、酵母の熱が暴走しないようにコントロールします。温度を上げたり下げたり、難しいですね。

外気温や水麹の温度、米の特徴や麹の出来を考えながら、仕込みの温度を決めていきます。

このあたりが杜氏の腕の見せどころ。データ化されている部分は推測できますが、言語化・数値化できていないところは、長年培ってきた勘を働かすのでしょう。

この「初添」「仲添」「留添」の3つを合わせて、「三段仕込み」と呼びます。

「段」というのは「醪を仕込むときに麹と掛米を入れる回数(日数)」と考えるとわかりやすいでしょう。2回に分けると、二段仕込みですね。"スッポン仕込み"とも呼ばれる一段仕込みもあります。なかには、手間のかかる六段仕込みや十段仕込みという商品も。

ただ、段が多ければ多いほど良いというわけではありません。段が増えれば仕込みの労力は増え、そもそもの発酵様式も三段仕込みと異なってくるでしょう。

甘酒、うるち米、粕...さまざまな種類がある「四段仕込み」とは?

「四段仕込み」には、"段仕込みを4回で行なう"という意味のほかに、「三段仕込+α」という意味もあります。

たとえば、酵素甘酒四段。

蒸米とグルコアミラーゼなどの酵素剤をお湯に入れて、10時間ほど保温して甘酒をつくります。これを、普通酒などの醪に入れて発酵をさらに進めたり、辛くなりすぎた醪に入れて日本酒度をマイナスに傾けたりするために使います。これも四段仕込みのひとつ。

麹、蒸米、お湯で甘酒をつくって添加する「甘酒四段」、うるち米やもち米を蒸してそのまま醪に投入する「うるち四段」「もち四段」などもあります。

かつては、酒粕を添加する「粕四段」も多くあったようですね。醸造の効率を向上させたり、香味を増強させたりするために行なわれていたのだとか。"大吟醸の酒粕を使った酒"という商品もありました。

アル添や増醸酒が主流だった時代には、醪の酵母に糖を供給してアルコール度数を上げるほか、糖を増やすことで濃醇甘口の酒を造り、さらにそこへ醸造アルコールを添加して味をまとめるために使われていたようです。しかし、純米吟醸系が主流となっている現代の清酒業界では、あまりメジャーな方法ではありません。

米と酵素剤だけで甘酒ができるように、日本酒の仕込みにも麹ではなく酵素剤を使えばいいのではと思う方がいるかもしれません。ただ、麹にはアミラーゼ以外にもさまざまな酵素やビタミンが含まれており、これが酵母の栄養になるんです。

日本酒の四段仕込みは、地味ながらも現代の酒造りに残っています。そんな技術もあるんだと、覚えておいてもらえたらうれしいですね。

(文・イラスト/リンゴの魔術師)

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