プレミアムな日本酒として、世界随一の知名度を誇る山口県・旭酒造の「獺祭」。
2024年度の売上195億円のうち海外売上は87億円ですが、これは同期間(2023年10月~2024年9月)の日本酒の輸出金額の合計416億円の20%に相当します(財務省貿易統計より算出)。
さらに、日本酒の輸出を支えるだけでなく、2023年9月にはアメリカ・ニューヨーク州に新たな酒蔵「Dassai Blue Sake Brewery」をオープンしました。
世界一の料理大学と言われる「Culinary Institute of America(カリナリー・インスティテュート・オブ・アメリカ/CIA)」におけるSAKEの講義を監修したり、現地の農家と協力して山田錦を育てたりと、日本国外におけるSAKE文化の飛躍的な成長を目指した取り組みをしています。
1990年に、現会長である3代目の桜井博志さんが「獺祭」を生み出してから、留まることのない成長を続ける旭酒造。
なぜ「獺祭」は成長し続けることができるのでしょうか。SAKETIMESを運営するClearの代表・生駒龍史がニューヨークの酒蔵を訪れ、桜井会長に話を伺いました。
美味しさとは「結果」である
生駒龍史(以下、生駒):旭酒造の昨期の売上は約195億円。清酒以外(化粧品など)を除くと約187億円だったとうかがいました。これほどの成長速度と規模を持っている酒蔵はなかなかいません。この実績について、桜井会長は率直にどのように考えていますか。
桜井博志さん(以下、桜井):日本酒の売上でいうと、日本国内の酒蔵で弊社がトップというのは、感謝すべきことだと思います。本当にありがたいですね。
酒蔵といえども企業ですから、売上を伸ばすことは必要だと思います。ただ、売上を伸ばすために何かをやるというのは違うんじゃないかと。売上はあくまでも結果であって、伸ばそうと思って追いかけたことはありません。
売上が伸びない場合は、商品の品質や販売の方法に問題があるということですから、その原因を見つけて改善しなければなりません。必要なら、社長が変わることだってある。それが基本的な考え方です。うちは上場企業ではないので、そこが自由にできるところではあるんですが。
生駒:とはいっても、売上の年間目標みたいなものはあるんですよね?
桜井:そんなもの、考えたこともないですよ。
生駒:えっ!なぜですか?
桜井:数字に引っ張られ始めるでしょう。それに、私たちがつくっているのはアルコール飲料ですからね。人間を幸せにする効果はあるけれど、食品と同じですから、計画的に追い求めるのは本質的ではないと思っています。
生駒:売上目標がないとなると、旭酒造の方々はどんな目標に向かっているのでしょうか。
桜井:単純に「少しでも美味しいお酒をお客様に届けること」が一番の目標です。それをどうしたら実現できるかを常に考えています。また、従業員に対しては、食品業界の一般的な水準よりも高い給与を提供できていると思います。
生駒:御社では給与体系を公開していますよね。40歳までは毎年これくらい上がり続けて、40歳時点でこの給与になるというかたちで提示されているのは珍しいと思います。
桜井:年功序列という制度が日本経済の欠点だと感じていたんですよね。歳を重ねるにつれて給与が上がり続け、人材として使い物にならなくなっても給料は高いという構図が多いでしょう。そうではなく、若いうちにある程度の収入を得て、生活を整えていくほうが理想的ですよね。
もちろん、40歳を超えても「まだまだがんばりたい」という人にはその道を用意しますし、「現状のままで充分だ」という人は別のステージへ行けるような、そうした柔軟な仕組みが理想だと思っています。
生駒:「美味しいお酒を造る」というメッセージは、桜井会長の話をいろいろなところで聞くたびに強く伝わってきます。そういう意味で、アメリカの「Dassai Blue」はまだまだ伸びしろがある時期だと考えていますか。
桜井:そうですね。というか、日本の「獺祭」もまだまだ伸びしろはあると思いますよ。
生駒:日本の「獺祭」もなんですね。桜井会長の考える「美味しい」とはどういうものなのでしょうか。美味しさは数値で測れないと思うんですが、社内で共有している「獺祭」ならではの「美味しさ」があるわけですよね。
桜井:だから、結果ですね。美味しいお酒は売上が伸びるし、売上が伸びないお酒は美味しくないんですよ。小さな酒蔵で味が良いところもあるかもしれませんが、供給が足りなければ「お客様に届ける」という点を達成できない。
酒蔵にとっての価値は「造ることではなくお客様に飲んでいただくこと」で、「美味しいかどうか」はお客様が決めることです。
生駒:最近の日本酒には、希少性を担保にして、手に入りにくいことを価値として人気を得ていく傾向があります。そうした酒蔵は、量を増やせば希少性が失われ、コモディティ化してしまうというジレンマを感じているのではないかと。旭酒造さんも同じような課題に直面していた時期はあったのでしょうか。
桜井:「獺祭」も当初は山口県で売れないからと、東京に売りに行ったんですよね。それでもうまく行かず、わずか24軒の酒屋さんしか扱ってくれなかった。そうしたら、酒屋さんが「東京で24軒しか置いてません」と言い始めたことはありましたね(笑)
ただ、希少性を売り物にするのは酒蔵の都合でしょう。それは販売自体が目的化してしまっている。欲が最初に出てしまうと、ビジネスは成功しないですよ。
生駒:欲が出てしまっているから、結果として売上に繋がらないということなんですね。
「うまくいっていない」という危機感
生駒:現在、国内売上が100億円、海外売上が87億円とほぼ半分ずつになっていますが、将来的には海外比率をさらに高めていく方針なのでしょうか。
桜井:単純な計算にするために、現在の売上を200億円としましょう。国内が100億円、海外も100億円。いま、業界大手の酒蔵が国内で100億円台の売上を出している状況で、我々が150億円、200億円と成長していくのは現実的ではありませんよね。
生駒:国内市場のパイは限られていますからね。
桜井:なので、海外を伸ばしていくというのが現実的だと思います。理想を言うなら、海外で900億円の売上を達成し、全体で1,000億円を目指すというかたちですね。
生駒:日本酒メーカーで売上1,000億円を超えるような企業が現れたら、夢が広がりますね。
桜井:日本のプレミアムブランドは、日本酒以外を含めても売上1,000億円規模の企業はないんですよね。先ほどの「売上を追いかけない」という話と矛盾するかもしれませんが、それくらいの規模の企業になれれば、日本全体としても意味のあることだと思います。
日本が世界で生き残っていくためには、安くてクオリティがそこそこ良いものをつくるような現状では不十分です。次世代の幸福のためには、日本のプレミアムブランドとして世界に認知されるものをつくることが重要になる。「獺祭」はそのために、今まさにバッターボックスに立っているんです。
生駒:以前、4代目の桜井一宏さん(現社長)に、海外市場での成長の理由を聞いたところ、「誰よりも一生懸命やっているから」という言葉をいただいたんです。マーケティングや営業の戦略がどうこうではなく、根本的な努力を重ねているから結果がついてきているということだと思いつつ、あまりにも奥が深くて理解しきれていないのですが……。
桜井会長としては、「獺祭」が日本酒の海外進出を支えているともいえるような状況で、その理由をどのように捉えているのでしょうか。
桜井:スムーズに伸びているわけではないんですよ。むしろ、まったく伸びていない。なぜ海外市場が思うように伸びないのか、一番ストレスを感じているのは我々なんじゃないかと思うほどです。
生駒:そもそもの認識が違うわけですね。
桜井:常に「うまくいっていない」という危機感を持ちながら取り組んでいますね。
生駒:「美味しいお酒をお客様に届けられているかどうかが、売上という結果に表れる」と話していましたが、海外市場でも同じ考え方でしょうか。
桜井:基本的には同じです。ただ、国や地域によって味覚や文化の違いがあるので、状況に応じて変えなければいけない部分はありますよね。たとえばアメリカでは、ものすごく甘いケーキが人気だったりします。そうした味覚を持つ人たちに、「獺祭」のようなお酒を理解してもらうのは簡単ではありません。
それでも、なぜアメリカに進出したのかというと、経済規模の大きさが魅力的だからです。
アメリカの人口の8割は、どちらかといえば専門性の低い仕事をしているんです。それにもかかわらず、経済が強い。その中で、どのような層をターゲットにして、どうやって我々のお酒を理解してもらうか。一筋縄ではいかないですね。
参入も淘汰もない日本酒業界の課題
生駒:国内の日本酒市場についても聞きたいと思います。アメリカの経済的発展もそうですが、たとえばIT業界では新しいプレイヤーがどんどん参入し、多様な価値を生み出していますよね。一方、日本酒業界では新規参入がほぼ不可能な状況です。この点について、桜井会長はどのように考えていますか。
桜井:銀座は日本でもっとも活気のある街ですが、入れ替わりがあるからこそ成長しています。私が日本酒業界に入った1973年には3,300社もの酒蔵がありましたが、売上で見ると、他業種でいえば数十社程度の市場規模しかない。
そう考えると、現在は1,200社ほどに減少していますが、激烈な淘汰はまだ起きていないんですよね。新規参入も起きていないけれど、淘汰もされていない。これが一番のネックじゃないかと思います。
生駒:スタートアップ企業は多産多死で、一気に増えて一気に潰れて、生き残った一部だけが大きく成長するというかたちが一般的です。退場がないというのは業界としてはあまりないことですね。
桜井:新陳代謝は必要ですね。ただ、アメリカの経済に関しては、実際の生産現場が手薄になっているのが問題だとは感じます。製造部門の誇りを高めることが重要だと考え、現地の朝礼では「製造が一番えらいんだ」と伝えています。
生駒:私自身は「SAKE HUNDRED」という日本酒ブランドの事業を立ち上げましたが、新規参入なので、業界内での立場は低いと常に感じています。何代も続く酒蔵同士でつながりがあるなかで、「ただ酒が好き」という理由で入ってきた存在として査定され続けているというか。
桜井:それは「獺祭」も同じですよ。当初は新規参入みたいなものでしたからね。
生駒:現在はさすがに、“お手並み拝見”のスタンスをとられることはないですよね。
桜井:異質であることは確かですよ。
生駒:私としては、そうした異質な存在が業界に入ることの重要性を感じています。新規プレイヤーの参入や現行の法律についてはどのように考えていますか。
桜井:基本的には「好きにやればいい」と思っています。国税庁からは「そんな簡単な話ではない」と返されましたが……。日本酒は、優勝劣敗をもっとはっきりさせることが必要でしょうね。
生駒:曖昧な部分の多さが課題を生んでいるのかもしれませんね。
いま、売上1,000億円を目指す意味
生駒:「Dassai Blue Sake Brewery」を見学させていただきましたが、現在は年間1,000石規模で生産できるとうかがいました。最大どれくらいまで生産量を伸ばせるのでしょうか。
桜井:現在の設備では、最大で約7,000石の生産が可能です。それくらい造れれば、日本円で100億円規模には成長できると思います。ただ、安いお酒を大量生産するのは理想的ではないので、ブランドとしてのバランスを維持したいですね。
生駒:高価格の日本酒で売上1,000億円を達成するということでしょうか。
桜井:世の中で飲まれるお酒の量はどんどん減っていきます。日本酒も安いお酒を造っているばかりでは将来がない。量が少なくても満足感のあるお酒を提供する方向に進もうとすると、どうしても高価格のお酒になっていくし、そうしたものに挑戦していかなければならないと思いますね。
生駒:山口県に新しい酒蔵を建設して、そこでは超高級ラインの商品を手がけるというお話もうかがいました。今後は、量をむやみに増やすより、適正な価格で品質を重視しながら売上をつくっていく方針ということでしょうか。
桜井:はい。サントリーや味の素といった大企業にも負けない、むしろ遥かに高い給与を出せる会社を目指しているんですが、そのためにも高級酒は造っていかなければならないと思っています。
生駒:素晴らしい目標ですね。最後に抽象的な質問になりますが、現在70代を超えてそれでも元気な会長ですが、今後やってみたいことはありますか。
桜井:これまで売上を目標にすることはありませんでしたが、1,000億円という数字には挑戦する価値があると思っています。単なる自社の売上目標ではなく、世界で戦えるプレミアムブランドをつくることは日本のためにもなるはずです。
生駒:「獺祭」のいちファンとして、とても楽しみにしています。
インタビューを終えた生駒さんに所感を伺いました。
「まず驚いたのは、事業計画が存在しないという事実。さらに『本当に美味しいお酒なら必ず売れる』『美味しさを向上させる余地はまだまだある』という言葉にも強い驚きがありました。そして何よりも、現状に対する『うまくいっていない』という貪欲な意識があるからこそ、『獺祭』は成長し続けているのだと実感しました。
さまざまな企業が日本酒の海外進出に挑戦しているなか、海外輸出のみで87億円という圧倒的な実績をもつ旭酒造が、その先に掲げる1,000億円という目標に向けてどのような道を歩んでいくのか、注目しています。私たちもスタートアップとして、その背中を追いかけながら、新たな市場の開拓に取り組んでいきたいと思いました」
日本酒メーカーとしてまだ誰も立ったことのない売上1,000億円という次なるステージを目指して、「お客様に美味しいお酒を届ける」という原点を見つめ続ける旭酒造。世界中のさらに多くの人々を笑顔にするため、日本とアメリカのそれぞれで、理想の「獺祭」を追求し続けます。
(文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)