近年、注目度が高まっている日本酒の高価格市場。四合瓶(720mL)で1万円を超える商品を見かけることはそれほど珍しくなくなりましたが、そんな新しい市場を牽引しているのが、ラグジュアリー日本酒ブランド「SAKE HUNDRED」です。
「SAKE HUNDRED」の価格は、代表商品の「百光」が38,500円、もっとも高い「現外」が266,200円と、数万円以上が当たり前となっていますが、その中では珍しい9,900円という価格の新商品「弐光(にこう)」が、2024年9月に発売されました。さらに、ブランドサイトでは販売せずに、小売店・飲食店限定で展開しているといいます。
これまでのラインナップとは異なる「弐光」が誕生した経緯や製法の特徴について、「SAKE HUNDRED」のブランドオーナーである生駒龍史さんに話を聞きました。
「圧倒的な実績がなければ、世界は変えられない」
「SAKE HUNDRED」の創業は2018年。ブランドオーナーの生駒さんは、日本酒メディア「SAKETIMES」の運営を通して、酒蔵をはじめとしたさまざまな業界関係者を取材するなかで、国内外に高級酒のニーズがあるにもかかわらず、高価格の日本酒がほとんどないという課題を感じていました。
「日本酒の伝統や文化を守るためには、高価格市場を開拓して市場全体を拡大する必要がある」と考えた生駒さんは、プレミアム日本酒ブランド「SAKE100」を設立。その後、2020年に全面的なリブランディングを実施し、ブランド名も「SAKE HUNDRED」に改称。ブランドの方向性を「プレミアム」から「ラグジュアリー」へとシフトしました。
「プレミアムは相対的な価値ですが、ラグジュアリーは絶対的な価値であり、時代やトレンドに左右されることがありません。『SAKE HUNDRED』は、ラグジュアリーブランドとして日本酒市場のトップラインを引き上げることで、日本酒産業を成長させることを目指しています」
現在では、代表商品である「百光」の抽選販売に、1万本に対して7万人が応募するなど、日本酒市場における存在感を高めています。さらに、「International Wine Challenge」などの国際的なコンテストでも高く評価され、カンヌ国際映画祭をはじめとした世界各国のイベントで提供されるなど、グローバルにも展開しています。
創業当初から、高価格市場の成長を確信していたという生駒さん。しかし、6年間で累計45億円の売上を生み出したにもかかわらず、「これくらいの実績では、社会全体に影響を与えることはできないのだと気付きました。世界を本質的に変えるのは、売上が数千億円以上の大規模な企業であり、それを目指していかなければ、日本酒市場を革新することはできません」と語ります。
「日本酒の事業で注意しなければいけない点は、定性的な話が多くなりがちなところです。『うちの商品にはこんなストーリーがある』『こんなアーティストやクリエイターとコラボしている』といった情報によって、『すごそう』という“幻想”を生み出すことはできる。もちろんこれは必要なことで、定性的な情報がイメージをつくり、ブランドの価値につながっていきます。
その一方で、本当に説得力があるのは、売上などの定量的な成果だと感じています。『SAKE HUNDRED』も月間売上が2〜3億円に到達したり、年間売上が20億円を超えたりといった数字を築き上げてきたからこそ、評価されるようになりました。創業から6年を経て、日本酒の未来をつくるためには、圧倒的な実績を立てなければならないと痛感しています」
高級日本酒の扉を開く新商品「弐光」
「SAKE HUNDRED」の現在のラインナップは、フラッグシップの「百光」と「百光 別誂」、ミズナラ樽で貯蔵した「思凛」、2種類の日本酒をブレンドした「響花」、スパークリング日本酒の「白奏」と「深星」、デザート日本酒の「天彩」、熟成酒の「礼比」と「現外」。そして、10種類目のレギュラー商品として発売されたのが「弐光」です。
「弐光」の販売価格は、数万円以上が当たり前となっていた「SAKE HUNDRED」のラインナップとしてはリーズナブルな9,900円(税込)。また、「SAKE HUNDRED」はブランドサイトを中心に販売してきましたが、「弐光」は小売店・飲食店限定での流通となります。
「現在の売上構成は、ブランドサイトが約85%を占めています。ところが、業界全体をみてみると、約9割は卸経由の売上で、オンラインは10%にも満たない。ブランドの規模を拡大していくには、小売市場の開拓が不可欠だと考えました。
しかし、小売店で数万円の日本酒を購入する人は限られていますし、飲食店では提供価格がさらに高くなるので、扱えるお店が限定されてしまいます。高級日本酒が自然に売れるようにするためには、きっかけとなる商品が必要。そこで生まれたのが『弐光』です」
ブランドサイトで販売しない点については、「多少のリスクは伴いますが、ブランドを広く認知してもらうことが優先です。小売店に展開することで、多くのお客さまが『SAKE HUNDRED』に触れる機会を増やしていきたいと考えています」と説明。9,900円という価格については、品質にはまったく妥協しない前提で、ブランドとして許容できる最安値に設定したと話します。
「市場調査やヒアリングの結果として、『小売店にとって売りやすい』という確信を得られたのが1万円という価格でした。お客さまにとって“自分事”として捉えやすい価格であり、一定のニーズがあるラインなんです」
「SAKE HUNDRED」の商品開発は、商品のコンセプトを設計してから、香りや味わいのイメージを固め、具体的な製法に落とし込んでいきます。生駒さんいわく、「弐光」は初めて「どうしたら売れるか」というマーケティングの視点から開発に取り組んだそうです。
「裾野を広げるための商品なので、より多くのお客さまに受け入れられる酒質を目指した結果、『甘酸っぱい』という風味を大事にしました。甘酸っぱさというのはフルーツを思わせ、多くの方々に好まれる味わいなんです。それでいて、『SAKE HUNDRED』の商品に共通する透明感はしっかりと実現しているので、ミシュラン三つ星を獲得している『日本料理 龍吟』さんを筆頭に、たくさんの飲食店でご好評いただいています」
甘酸っぱさをつくる手法は、業界でも珍しい「白麹四段仕込み」です。「弐光」の醸造パートナーである「上善如水」の白瀧酒造(新潟県)によれば、約170年の歴史をもつ同酒蔵にとって、この製法は初めての挑戦だったといいます。
「白麹が生成するクエン酸で自然な酸味を出そうというアイデアはすぐに思いついたのですが、甘味を出す方法が課題でした。
実は『弐光』は、リーズナブルな価格を実現するために、『百光』の原料米を磨く過程で生まれた米糠(こめぬか)を使うアップサイクルな商品を目指していました。そこで、この米糠で甘酒のような仕込み液を造り、それを添加することで甘味のバランスをとるという製法に辿り着いたんです」
日本酒は一般的に原料を3回に分けてタンクに投入する「三段仕込み」という製法が用いられますが、四段仕込みはそれよりも甘味が強くなる手法として知られています。四段目として、精米歩合18%の純米大吟醸酒「百光」の精米過程で生まれた米糠(赤糠ではなく白糠を使用)を、白麹で仕込んだ甘酒のような状態で投入することで、ジューシーな甘酸っぱさを実現することができました。
同じブランドのなかでアップサイクルすることにより、原材料のコスト削減を目指し、手頃な価格で提供できるようにする。それによって、これまで『SAKE HUNDRED』を取り扱ったことがないお店にも商品が並び、高級酒市場の入口を広げるというのが『弐光』の戦略です」
「開かれる扉、非日常への誘い」というコピーを掲げる「弐光」。その名前には、フラッグシップの「百光」が第一の光として高級酒市場を照らしたことを踏まえ、新しい販路を照らす“第二の光”になってほしいという想いが込められています。
ブランドに必要な「哲学の一貫性」
近年、「SAKE HUNDRED」の成長やコロナ禍を経た市場の変化を受けて、高級日本酒が増えてきています。生駒さんはこの状況について、「1社だけでは高級日本酒というカテゴリーは成立しないので、プレイヤーが増えるのは良いこと」と歓迎したうえで、高価格市場の厳しさも指摘します。
「高級日本酒ブランドのなかには、価格設定や販売戦略に苦労している様子も見受けられます。例えば、ラグジュアリーブランドを名乗りながら『3本買えば20%オフ』といった売り方をしてしまうと、掲げていることとやっていることが乖離してしまいますよね。
日本酒業界に限った話ではなく、高価格の商品を売るのは非常に難しいことです。そういう意味では、ただプレイヤーが増えればいいというわけではなく、しっかりと成果を出し、市場に貢献できる存在にならなければなりません」
「SAKE HUNDRED」というブランドを築いてきた立場として、新しいプレイヤーに必要なのは、「自分自身のレンズを通して日本酒を見ること」と、生駒さんは話します。
「私が『SAKE HUNDRED』を立ち上げたのは、自分のレンズを通して日本酒を見たとき、そこにラグジュアリーの世界が広がっていたからです。日本酒は、高級酒としての可能性に満ちている。その価値を表現するために『SAKE HUNDRED』というブランドがあります。
『自分は日本酒にどんな価値を付加できるのか』について真剣に考えない限り、お客さまの心を動かすことはできません。以前は、高級日本酒ブランドの新規参入は無条件に歓迎していましたが、今は『ラグジュアリー』や『付加価値』という言葉が独り歩きしているようにも感じます。また、『自分の哲学や信念をもって市場に入らなければ、生き残ることはできない』とも思うようになりました」
今回の「弐光」のリリースによって、より大きく成長しようとしている「SAKE HUNDRED」。だからこそ、ブランドとしての哲学の一貫性がさらに重要になると、生駒さんは強調します。
「売上などの定量的な実績には説得力がありますが、捉えどころのないものでもあります。ブランドに対する信頼は、日常の行動から生まれます。私は『ブランディングとは、時代に足跡を残すこと』と考えているのですが、その時代に必要な行動を積み重ねていくことで一貫したイメージが生まれ、ブランドへの信頼がつくられるのだと思います」
日本酒が世界に広がろうとしている現代だからこそ、日本の文化や技術を安く売り出してしまわないために、高価格市場を構築する。ラグジュアリー日本酒ブランドという取り組みもまた、時代に沿ったアクションのひとつなのです。
「そのうえで、最終的にそのブランドを好きになるかどうかはお客さま次第です。私たちも何億円もかけてさまざまなブランディングやキャンペーンを実施してきましたが、お客さまが記憶しているのは、強烈なインパクトのあるものだけではないかと思います。
膨大な情報があふれる世の中で、自分たちのブランドを認識してもらうのは簡単なことではありません。ブランドとは、一貫性のあるストーリーであり、お客さまの総合的な体験です。そのためにも、ブランドの世界観を直接伝えられる店舗など、これからも具体的なアクションをしていきたいと考えています」
日本酒がみんなのものになるために
生駒さんは理想の未来について、「世界中の大都市に『SAKE HUNDRED』の店舗があり、現地の高級レストランに採用されているような状況。そのうえで、日本酒が世界中で“エキゾチックなもの”ではなく、“自分の理想のライフスタイルに自然と取り入れられるもの”として見られるようになること」と話します。
日本からグローバルなブランドが生まれづらい要因として、生駒さんは「日本の文化は世界の人々にとって、ユニークではあるが、“自分事”として捉えづらい」という点を指摘します。
「この事業を通して『日本酒はみんなのものである』ということを伝えていきたいです。その先に、酒蔵として、酒販店や飲食店として、ベンチャー企業として、投資家として、さまざまな形で日本酒を仕事にする人が世界中に増えていく未来がある。それが、私が目指す光景です」
「SAKE HUNDRED」の新しい挑戦として発売された「弐光」は、すでに新たな取引先から数百本単位での受注が決まり、ホテルやレストランからもリピート注文が入っているとのこと。「SAKE HUNDRED」の第二の光が高級酒市場の未来をどう照らすのか、期待が高まります。
(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)