日本酒好きなら知らない人はいないであろう新宿の人気店「日本酒スタンド酛」。今回はそのこのお店の店長である千葉麻里絵さんにお話をうかがってきました。
◎千葉麻里絵さんプロフィール
大学を卒業後、システムエンジニアとして働いていたが、日本酒スタンド酛の社長と出会い、飲食の道に入る。お店を立ち上げてからは、唎酒師(ききさけし)を取得。
女性はトレンドの発信源。店舗設計からからこだわり抜いた立ち飲み屋
◎細部まで女性を意識したお店づくり
日本酒スタンド酛は「若い方や女性にも入りやすい、おしゃれな日本酒立ち飲み屋を作りたい」という、もとグループの社長をはじめとしたスタッフみなさんの思いからスタートさせたお店です。この「立ち飲み」にこだわる理由は麻里絵さんの『自分自身が気軽に入れるお店がなかった』経験に基づくものなんだそうです。『日本酒を飲めるお店というと、扉を開けるのも勇気がいるようなお店が多かった』と言います。
確かに、今でこそ「日本酒バル」といって、おしゃれな日本酒バーは増えてはいるものの、まだまだ日本酒を飲める場所というのはちょっと格式高いというイメージがあるかもしれないですよね。このようなお店ではなく、麻里絵さんのような日本酒を気軽に楽しみたい20代の女性にも入りやすいような「女性向けの立ち飲み屋」をやりたかったそうなのです。
日本酒スタンド酛は女性目線のお店作りがメニューだけではなく、設計などにいたるまで本当に細部にも行き渡っています。
例えば、外観やカウンターの高さ。
お店の外観がガラス張りにするなど、日本酒の伝統的な立ち飲み屋である「角打ち(かくうち:酒屋の一角でお酒を飲めるようになっている立ち飲み屋のこと)」とはまったく印象が違いますね。また、カウンターは、女性がくつろぎやすいようにちょっと低くなっています。さらに、地下にあることで「ひとり飲みをたくさんの人に見られたくない」という女性の悩みを解決した、こっそりお忍び感の演出にも成功しています。
メニューも女性が頼みやすいように大皿のものではなく、小さいお皿のおつまみを中心に揃えており、おしゃれなものをちょっとずつ食べたい女性にぴったり。日本酒に料理をあわせるというよりは、料理がお酒を迎えに行く、つまり料理を食べたことで日本酒を飲みたくなるようなメニューを心がけているのだそう。巨峰・いちじくフルーツを多く使ったメニューが多く見られるのもこのお店の特徴ですね。
タコと巨峰の粒うに和えと栃木のお酒、仙禽(せんきん)
さらに、女性目線でのお店作りはこれだけではありません。なんと日本酒を飲むときに一緒に出してくれる和らぎ水のグラスまで分けているのです。
ここまで女性目線で考えられるのは、やはり麻里絵さん自身が女性であることや、日本酒が好きだったけれどなかなか一歩を踏み出せなかった過去があるからこそですね。
女性用の和らぎ水は、ガラスが二重構造になっていて、口当たりも柔らかい
◎「1から2のお店ではなく、0から1にするお店」
そのように「女性」という部分にこだわるのは日本酒スタンド酛が『1から2のお店ではなく、0から1にするお店』、つまり日本酒の魅力をすでに知っている人ではなく、これから日本酒を好きになる人のためのお店だからなのです。
女性は、男性よりも「トレンドの発信力」があります。日本酒をトレンドとして女性に発信してもらうことがまさに「0を1にするためには必要」と麻里絵さんは考えているのですね。
実際に来店されるお客様も20〜30代の若い女性や、男女を問わず20代前半の学生などが多いのだとか。これらのお客様はやはり「日本酒を気になっているけど、どう楽しんだらいいかわからない」という方々だそうです。麻里絵さんのこういうお店にしたい、という気持ちがお客様にダイレクトに伝わっていますね。
また、気軽に楽しんでもらうために、自分たちは「プロ」として中身がないとだめ、といいます。日本酒に詳しい方から初心者まで、幅広いお客様の層に伝えていくためには色々な幅に対応できるようにということですね。
麻里絵さんは、自ら酒蔵に足を運んだり、酒類総合研究所で勉強することで、酒蔵の方とも対等に話せるくらいのしっかりした知識を持っています。(※酒類総合研究所についてはこちら)これは、お客様の「幅」に対応できるようにする麻里絵さんの努力の表れですね。
◎チームメイキングが最強だからこそできるこだわり
麻里絵さんはここまでこだわりをもったお店が出来る理由を『チームのおかげ』と語っていたのが印象的です。
こだわり抜いたお店だからこそ要求も多いはずですが、その要求を作業ではなく楽しんで仕事をしているのだそう。麻里絵さんが料理のアイディアをあげて、それを体現する料理人、その思いを伝えるスタッフがいる、「チームで頑張っている」という部分がこのお店の一番の強みであるように感じました。
日本酒の魅力を狭めているのは「飲食店」!?
『知らぬうちに日本酒を難しくしているのは、本来日本酒をすすめる側である飲食店なのかもしれない。』
日本酒を好きになった人は、どこかで日本酒との衝撃的な出会いをしているでしょうが、その出会いの場が「飲食店」であることが多いです。「日本酒をそのお店の人にすすめられるように飲んでみたらとてもおいしかった」という経験は素晴らしいことです。
しかし、その一方で、ある飲食店で日本酒を好きになると、その飲食店のある意味偏ったやり方がお客様にも染みこんでしまうという現状も多く見られます。
日本酒を推し進める飲食店で働く人の中には日本酒に特化するがゆえに「初心」を忘れてしまう場面も多いのです。「こう飲むべき」「このお酒にはこの料理をあわせるべき」とべき論で語ってしまうんですね。
日本酒を好めば好むほど、自分の中で育ってきた感性にとらわれてしまうことも多く、飲食店自ら、日本酒を難しく感じさせ、マニアしか飲めないお酒へと印象づけてしまっているということも、悲しい現実なのです。
◎初心を忘れないために「意識的に振り返ること」「感謝の気持ちを忘れないこと」
ではそういった初心を忘れないようにするにはどうしたら良いのでしょう。
麻里絵さんは『意識的に振り返ること』と『感謝の気持ちを忘れないこと』と言っていました。
『初心を忘れることは当たり前』と言った上で、忘れないためには『意識的に忘れないようにすること』が大事だと教えてくれました。無理やり時間を作って、日本酒を勉強し始めたときのノートや本を見直すのだそうです。
また、『感謝の気持ちも大事。』と続けます。まだまだお店をオープンしたてで「無名」だった頃に支えてくれたお客様への感謝の気持ちを忘れないことを常に意識しているのだそうです。その気持ちから、日本酒スタンド酛では、お見送りは欠かしません。階段をあがるまで必ずスタッフがお見送りをする−−これも意識的に行うことで、お店が有名になった今でも天狗になることなく「感謝の気持ち」を忘れない1つの方法なんだとか。
飲食店に限らず、誰しもが陥りそうなミスですが、そうならないためにも『意識的に』行うことが大事だな、と改めて思わされますね。
そのお酒のストーリーを自ら体感して売る
日本酒スタンド酛では選び抜かれた日本酒のメニュー構成の中から、コミュニケーションを取って「その時」お客様に飲んで欲しい日本酒を提供しているイメージが強いのですが、麻里絵さんのお話を聞いているとその理由に納得させられます。
なぜそんなことができるかというと、それは麻里絵さん自らがストーリーを体感した上で売っているからです。
日本酒のストーリーを体感するということ、それは実際にお酒を造っている人に会って話を聞いているだけではなく、造っている土地に足を運び、なぜこのお酒ができあがるのか理解をするということです。毎年、お付き合いのある蔵元に足を運び、その蔵の取り巻く環境の変化や蔵の設備、お酒を造るメンバーの雰囲気など、その年その年の変化を見逃さないようにしているのだそう。このお話を聞いているときに感じた『(酒蔵の人を)知った上でないとお客様にすすめることはできない』という姿勢がとても印象的に残っています。
国内外の日本酒事情
◎海外のキーポイントは「お燗」
イギリス最大のクールジャパンイベント & ヨーロッパ最大の日本食フェスティバルであるハイパージャパンというイベントでもお酒を提供したこともある麻里絵さん。
海外では日本酒のイメージをどのように持たれているのでしょう?
まず、日本酒の多彩な味わいに「本当にお米から出来ているの?」と驚くのだそう。たしかに、私たち日本人でさえお米からできているとは思えない日本酒の香りや味わいに、びっくりしますよね。米文化ではない方々がそれ以上に驚くのは当たり前なことかもしれません。
また、これから海外でキーポイントになってくるのは「お燗」だとも言っていました。当イベントでもお燗をやって欲しいと頼まれたそうで、提供してみるととても反応が良かったそうなのです。
麻里絵さんは、燗付け師の異名を持つほど、燗酒への造詣が深いことでも有名です。お酒が温まることで見えてくる小さな変化を感じ取って燗酒の飲み頃を見極めているそうです。しかし、海外ではまだまだ、ミシュランの星がつくような高価なお店でもお燗の認知は高まっておらず、誤った認識を持たれていることすらあるという現状だとか。
麻里絵さんがモチーフになっている、徳利(とっくり:奥)と平盃(ひらはい:手前)
◎日本酒をもっと広い視野でみるということ
全アルコール飲料の中での、日本酒シェアは6.7%ほどと、とても小さな数字となっております。麻里絵さんはその小さな世界だけで勝負をせず、『日本酒をもっと広い視野で見てみたらどうか?』と言います。
日本人にとって、日本酒は身近にありすぎて当たり前のように感じている点があるのではないでしょうか?しかし、日本酒は稲作が伝来して以来、日本で育まれた、日本の誇るべき文化です。日本酒にように、幅広い温度帯で楽しめ、どんな料理にも合ってしまうお酒は他には存在しません。
『この「日本酒ならではの」素晴らしさに、みなさんも触れてみては?』と。また、『こんなに素晴らしい飲み物がとても身近にあるのに、気づいていないのはもったいない』と続けます。
上で述べたようにまだまだ認知の低さが目立ちますし、誤った認識を持たれている場合も往々にしてあります。しかし、海外の一部の方は日本酒のそのような素晴らしさに気づき始めています。日本酒が海外で認められるとともに、日本人である私たちもその価値を理解する必要がありますね。
日本酒の魅力がお客様から波及していく
私がお話を聞いていて一番、素晴らしいなと思ったのは、日本酒スタンド酛のお客様が、お店を出たあとでも日本酒の楽しさを伝えているという点です。
日本酒スタンド酛に来るお客様の中には、日本酒に詳しい人から日本酒初心者までいて、顔が見渡せる立ち飲みスペースにさまざまなお客様が混在します。すると、そこで初めて居合わせたお客様同士でも、日本酒に詳しい人から日本酒初心者の方へ魅力を伝えるようになるそうです。
そうやって日本酒がどんどん好きになっていったお客様は、お店を出たあとに日本酒をまた他の人に伝えるようになるというのです。
飲食店という場所に固執せず、お店からお客様へ、そしてお客様からまた別の人へと日本酒の魅力が波及していくことが、この日本酒スタンド酛の持つ一番の魅力だな、と感じました。
◎日本酒スタンド酛
そんな素敵な日本酒スタンド酛はこちら。まだ日本酒の魅力に出会えていないという方は、ぜひお気軽に足を運んでみてください。
場所 | 東京都新宿区新宿5-17-11 白鳳ビルディング B1 |
TEL | 03-6457-3288 |
最寄り駅 | 東京メトロ・都営大江戸線 新宿三丁目駅から徒歩5分 |
営業時間 | [月~金] 15:00~23:00 (F L.O.22:00 /D L.O.22:30) [土・日・祝日] 12:00~21:00 (F L.O.20:00 /D L.O.20:30) |
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