「『精米歩合38%』こそが、純米大吟醸酒の最適解」と考えていた白鶴酒造が、自らの限界を突き破るべく挑んだ「精米歩合29%」の世界。
2026年9月に登場した新商品「超特撰 白鶴 天空 袋吊り 純米大吟醸(山田錦/白鶴錦)」は、白鶴酒造がこれまで培ってきた技術の粋を結集した挑戦作です。

「超特撰 白鶴 天空 袋吊り 純米大吟醸(山田錦/白鶴錦)」
しかし、どれほど高度な技術があっても、極限近くまで磨き抜く工程に耐える酒米がなければ、商品としての設計は成り立ちません。その実現の背景には、契約農家との地道な試行錯誤と、自社ファームだからこそ可能だった酒米栽培と醸造の密な連携がありました。
白鶴酒造の最高峰「天空」シリーズの新たな進化を支えた、知られざる米作りの物語をお届けします。
「精米歩合29%」に秘められた意図
白鶴酒造は国内トップクラスの日本酒製造量を誇り、特に「白鶴 まる」などのリーズナブルな日常酒が広く親しまれています。しかしその一方で、全国の酒蔵の酒造技術を評価する「全国新酒鑑評会」で継続的に金賞を獲得するなど、極めて高い醸造技術を持つ酒蔵でもあります。

そんな白鶴酒造が原点に立ち返り、これまでに培ってきた技術のすべてを注ぎ込んで造る最高峰のシリーズが「天空」です。
かつて海外事業部にも在籍していたというマーケティング開発本部 次長の石澤洋之(いしざわ・ひろゆき)さんは、開発の背景をこう振り返ります。
「海外では、『白鶴』はラグジュアリーからカジュアルまで幅広いラインナップを持つブランドとして認識されていますが、国内では『白鶴 まる』のような手頃な日常酒のイメージが強いかと思います。『天空』は、私たちが誇る高い酒造技術を国内外へ正しく伝えるために生まれたシリーズです」

白鶴酒造 マーケティング開発本部 次長 石澤洋之さん
「天空」シリーズのコンセプトは「Art of Moments(最高であり続けるためにすべての瞬間を磨き続ける)」。一秒一秒の判断や動作が品質を左右する酒造りにおいて、繊細な技術を惜しみなく注ぎ込み、芸術とも呼べる一本を目指しています。
使用する酒米は、最高峰の“特A地区”として名高い兵庫県三木市吉川町(よかわちょう)産の「山田錦」と、その兄弟品種であり、白鶴酒造が独自に開発した「白鶴錦」の2種類です。
「どちらも同じ精米歩合、同じ製法で醸していますが、『酒米の違いでこんなにも変わるのか!』と驚くほど、味わいが異なります。山田錦はシャープで、白鶴錦はマイルドな印象。酒米の個性がはっきりと表れるんです」
発売以来、白鶴酒造のシンボリックブランドとして国内外から高い評価を得てきた「天空」ですが、2026年9月、新たな限界に挑みました。新商品で採用したのは、白鶴酒造として過去最高レベルの「精米歩合29%」です。

精米歩合29%まで磨いた「白鶴錦」
「これまで、白鶴では『精米歩合38%が純米大吟醸酒の最適解』だと考えていました。お米を磨くと香りの低下や雑味の生成を起こす成分を取り除くことができますが、お米の中心にある心白を活かすには、とにかく磨けば良いというわけではありません。お米のポテンシャルと技術が交差するギリギリのラインとして、『29%』という新たな領域に挑みました」
白鶴酒造が考える“最高の酒米”とは?
29%という精米歩合に耐え、白鶴酒造の技術を極限まで引き出してくれる“最高の酒米”とは、どのようなお米なのでしょうか。原料米の調達を担当する生産本部 主任の作田敦士(さくだ・あつし)さんに話を聞きました。

白鶴酒造 生産本部 主任 作田敦士さん
「通常の商品では、地域の酒造組合やJAを通して、吉川町産(特A地区)の山田錦を購入しています。しかし『天空 袋吊り』では、吉川町の中でも特に品質の優れた新田地区の山田錦と、グループ会社の白鶴ファームが自社田で育てた白鶴錦のみを使用しています。地域や生産者をここまで限定した調達は、白鶴酒造でもほとんどありません」
「天空 袋吊り」に使用する山田錦は、2021年から新田地区の生産者4軒と試験栽培を重ね、酒造りにより適した品質を目指して育てられてきました。
「パートナーである農家さんは、高品質な酒米を届けたいという強い想いとプライドを持った方々です。農家さんごとに栽培方法が異なるため、どの手法がもっとも『天空 袋吊り』にふさわしいお米になるのか、実証していく必要がありました。
社内で酒米特性の解析を行い、そのデータをフィードバックしながら、肥料の与え方などを変えて、出来栄えを検証していただいたんです」

「生産者との顔の見える関係を大切にし、お互いに信頼し合えるつながりを築いている」と語る作田さん。
田んぼの視察やお酒を交えた懇親会などを通じて関係性を深め、より良い酒米作りのための情報共有や意見交換を重ねています。
作田さんのいう“最高の酒米”とは、大粒で粒の中心に心白がしっかりとあり、タンパク質が少なく、高精白に耐えて優れた香味を醸せるお米。「天空 袋吊り」には、最高等級である「特上」の中でも、さらに目利きで厳選した特に品質の高いお米だけが使われます。

山田錦の玄米(左)と精米歩合29%の山田錦(右)
「大粒で粒ぞろいが良く、張りのあるものを選びつつ、29%という高精白に耐えうる割れにくさを見極めています。精米担当や製造現場からのフィードバックを受けながら、真に優れたものを選別しました。
『天空』のような高付加価値のお酒の存在は、生産者さんのモチベーションにも繋がっています。『自分たちの育てたお米が最高のお酒になる』という実感を持って、精力的に取り組んでいただけていると感じています」
特A地区で名人親子が育てる「山田錦」
そんな「天空」の新商品「超特撰 白鶴 天空 袋吊り 純米大吟醸」に使用する山田錦を栽培しているのが、吉川町新田地区の生産者、前田典生(まえだ・のりお)さんと、息子の嵩人(しゅうと)さんです。

山田錦を栽培する前田典生さん(右)と嵩人さん(左)
兵庫県三木市吉川町の中でも、新田地区は明治時代に始まった村米制度を通じ、白鶴酒造と深い信頼関係を築いてきた地域です。前田さんは代々引き継いできた農地に加え、周辺農家の水田を引き受けることで生産規模を拡大してきました。
「5年ほど前に、『白鶴の象徴となるようなお酒を造るので、そのための酒米作りに協力してほしい』と依頼を受けました。29%という高精白でも対応できるように、心白は大きすぎず、タンパク質が少ない米が理想とのことで、穂肥(ほごえ:穂が出る前に与える肥料)の量を細かく調整しながら、出来を観察していきました」

毎日、水田一枚ごとの栽培日誌をつけ、稲の成長を綿密に観察。近年課題となっている高温障害を防ぐため、すべての水田を頻繁に巡回して、こまめな水管理を徹底しています。
「この地区はちょうど谷あいにあるので、気温が高い時期でも日照時間が比較的短いのが強みです。個人としては、田植えの時期を早めて、5月中旬から6月上旬には終わらせるようにしています。収穫は9月末から10月中旬ごろ。このサイクルを3~4年ほど続けていますが、大きな手応えを感じています」
さらに3年前からは、自主的に色彩選別機を導入。高温障害やカメムシによる着色粒を取り除けるようになり、出荷するすべてのお米が最高ランクの「特上」を獲得するようになりました。

「天空」の新商品で精米歩合29%に挑戦すると聞いたとき、「そんなに磨いてお米が割れないのか」と少し心配になったと振り返る典生さん。
「しかし、それを実現してしまう白鶴酒造さんの技術はすごいなと感服します。農家として、自分が育てたお米から特別なお酒が生まれるのは本当に嬉しいですし、目標ができるのは大きな励みになります。一方でプレッシャーも当然ありますね。出荷時に米袋へ住所と名前を書き入れるたび、『いい加減なものは絶対に出せないぞ』と、気が引き締まります」
白鶴酒造が“山田錦の名人”と全幅の信頼を寄せる典生さん。息子の嵩人さんも「父は一枚一枚の水田の違いの見極め方が本当にシビアです。僕たちの世代以上に体力があり、害獣対策や猛暑の中での作業も一切妥協しません」と敬意を表します。
家業を継ぐべく米作りに勤しむ嵩人さんに対し、典生さんも「今では農機具の扱いは私より上手なんですよ」と目を細めます。

「田植えでは、田んぼの形状に合わせて慎重に操作し、稲刈りでは倒伏の状況に合わせて走行速度を変えるなど、なるべく安定して植え付けや収穫ができるように工夫しています」と、嵩人さん。
前田さん親子の誠実な仕事ぶりと、飽くなきチャレンジ精神があってこそ結実した最高の「山田錦」。次代へと受け継がれる米農家の技術と情熱が、白鶴の酒造りを足元から支えています。
酒蔵と自社田の連携で育てる「白鶴錦」
最高峰の「天空 袋吊り」を実現するもうひとつの酒米が、白鶴酒造のグループ会社・白鶴ファームの自社田で育てる「白鶴錦」です。
「白鶴錦は、白鶴酒造が『山田錦に勝るとも劣らない最高の酒米を作る』というコンセプトで開発した酒米です。1995年にプロジェクトを開始し、2007年に品種登録されました。山田錦の母にあたる『山田穂(新山田穂1号)』と父にあたる『短幹渡船』の近縁種である『渡船2号』を交配した、兄弟のような品種です」
そう教えてくれたのは、白鶴ファームの農場長を務める小林領(こばやし・りょう)さんです。小林さん曰く、白鶴錦の形態的な特徴は「山田錦よりもお父さん似」で、渡船2号と共通する特徴を持っているといいます。

白鶴ファーム 農場長の小林領さん
「父の渡船2号の形態を多く受け継ぎ、山田錦よりも栽培しやすい品種を目指して開発されたため、背丈が少し低いのが違いですね。山田錦にはない、稲の先に生える『芒(のぎ)』があるのも白鶴錦の特徴です」
2種類の酒米を掛け合わせた100パターン以上の組み合わせから種子を選抜し、水田での実地栽培を重ねて、うまく育った中から良い種籾をさらに厳選。10年以上にわたる試験栽培を経て誕生した白鶴錦は、山田錦よりもさらに形が美しく、粒ぞろいも良いという優れた特徴を備えています。
「製造担当からは『山田錦と比べて味わいがのりやすい』と言われています。酒造りにおける扱いは山田錦より少し難しい面もありますが、狙いどおりに仕上がれば理想的なお酒が造れる、ポテンシャルの高いお米です」

2015年に設立された白鶴ファームは、白鶴錦の栽培と普及を担う農業法人です。兵庫県丹波篠山市に拠点を置き、グループ会社である櫻酒造の蔵人に夏場の農作業を通じた年間雇用を創出することや、地域農業の担い手不足を解消するという重要な役割も担っています。
「中山間地域にある丹波篠山は朝晩の寒暖差が大きく、夏の時期も夜が涼しいので、登熟期にはお米の粒が大きく成長します。白鶴錦を育てるのに適した気候です」と話す小林さん。一方、名産地として土壌が完成されている吉川町とは異なり、丹波篠山で重要となるのが土づくりです。

「心白をしっかり出しつつも、雑味の原因となるタンパク質を減らすため、土壌を採取して分析し、必要な栄養素を的確に与えています。一般的なお米なら収穫量を増やすために肥料を多く施しますが、背が高く育つ酒米はやりすぎると根元からペタンと倒れて品質が落ちてしまう。そのため、適切な塩梅での施肥を徹底しています」
こうした自社田だからこその強みが、精米や製造の担当と密に連携しながら、“酒造りに最適なお米”を追求できる点です。たとえば、精米担当から「お米が割れやすい」とフィードバックがあれば、収穫時期を前倒しするといった柔軟な対応が可能です。

新しい「天空」が挑む、精米歩合29%という領域は、小林さんにとっても大きな挑戦です。
「29%まで磨き上げる精米技術も素晴らしいですが、農家側も長時間の精米に耐えうる強いお米に育てなければなりません。これまでの最適解だった精米歩合38%を超える領域は、まさに芸術の世界。醸造現場の期待に応えられるよう、これまで以上に気を引き締めて米作りに向き合っています」
妥協なき米作りが支える、白鶴「天空」の進化
良いお酒を造るために、最高の酒米を育てる。生産者との連携をどこまでも徹底してきた白鶴酒造が、自らの限界を越える精米歩合29%の新たな「天空 袋吊り」のために投入したのが、自信を持って醸した2つの最高の酒米です。

画像提供:白鶴酒造
長い歴史の中で、農家との強いパートナーシップによって結実させた特A地区・吉川町産の「山田錦」。そして、酒蔵と自社田が一体となって可能性を追求し続ける、白鶴ファームが育てる「白鶴錦」。
「超特撰 白鶴 天空 袋吊り 純米大吟醸(山田錦/白鶴錦)」の味わいからは、単なる高精白の技術だけではない、お米の力を極限まで引き出した人々の情熱と絆が、深く静かに伝わってきます。
(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)
◎商品情報
- 商品名:超特撰 白鶴 天空 袋吊り 純米大吟醸 山田錦
- 特定名称:純米大吟醸
- 原材料名:米(国産)、米こうじ(国産米)
- 精米歩合;29%
- 使用米:山田錦(兵庫県三木市吉川町新田地区産)
- アルコール分:15%以上16%未満
- 商品名:超特撰 白鶴 天空 袋吊り 純米大吟醸 白鶴錦
- 特定名称:純米大吟醸
- 原材料名:米(国産)、米こうじ(国産米)
- 精米歩合;29%
- 使用米:白鶴錦(自社栽培米・兵庫県産)
- アルコール分:15%以上16%未満
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