その存在が、あり得ない。日本酒を知る人であれば、多くがこの「糖質ゼロ」の矛盾に気づくことでしょう。そして、やってくるのは深い驚きと、日本酒の中でも1番に近いと思えるほどの超辛口な切れ味です。

京都・伏見の一大酒造メーカーである月桂冠が、2008年9月に発売した市場初となる「糖質ゼロ」の日本酒。現在も「糖質ゼロ日本酒」の市場においては、販売金額ベースで約6割のシェアを占めています。

糖質ゼロの日本酒。月桂冠が業界に先んじて開発・販売した

月桂冠の「糖質ゼロ」を言い換えるなら、糖質を極限までカットした超淡麗超辛口の日本酒です。月桂冠の看板商品「上撰」の糖質が100mlあたり約5gであるのに対し、「糖質ゼロ」は10分の1以下である0.5g未満まで糖質を削減。さらにカロリーについても、「上撰」に比べて25%の削減を果たしています。

しかし、そもそも日本酒は糖がなくてはつくれません。アルコールを生成するためには、酵母が糖を分解する必要があるのです。この矛盾ともとれる「糖質ゼロ」を、いかにしてつくり上げたのか。今回は「研究」と「商品企画」の両面から、この革新的な一杯の裏側を探っていきます。

研究者として、いつでも「ありますよ」と応えていきたい

「糖質ゼロ」を生み出した月桂冠総合研究所で、品質のブラッシュアップを成し遂げた立役者のひとりは、副主任研究員を務める小髙敦史さん。同研究所が扱うテーマは多岐にわたりますが、なかでも小髙さんは酵母の育種についての研究を進めていました。

月桂冠の小髙さん

「糖質ゼロ」の味わいと機能性を生み出したのも、新種の酵母が決め手です。

「これまでの製品では、仕込み配合やもろみの管理方法を工夫することで『糖質ゼロ』を実現していました。この『糖質スーパーダイジェスト製法』や、その後開発した『後味スッキリ製法』と呼ぶ一連の技術は特許を取得しています。そこからより日本酒らしい味わいを目指し、なおかつ製造の負担を減らしながら増産にも対応すべく、酒造りの根本的なところから見直していきました」と小髙さん。

通常、醸造段階において行う日本酒度やアルコール度数といった一般的な分析だけでなく、研究所ではより詳細な分析を行い、糖質が残る要因や酵母の遺伝子にまで検証の手を広げていったといいます。その結果として、糖質を極限まで食べて、味わいも高められる酵母を新規に育種することに成功しました。

つまり月桂冠の「糖質ゼロ」とは、通常の酵母では食べ残すはずの糖も残さず食べるという、月桂冠独自の酵母を用いてつくられているのです。

月桂冠の総合研究所

月桂冠 総合研究所

「弊社ではトータルで1000株ほどの優良な菌株を保有しています。これらをベースに、目的にあった酵母を選び出して培養するのです。現場から『こんな新しい酵母が欲しい』と言われたら、親株の選定からデザインすることも可能です」

製造や営業からの要請に、研究者として「ありますよ」と応えられるようにしたい。その心根があるからこそ、小髙さんはどのような意見にも「まずは考えてみる」といいます。

「本当に売れるものは何だろうと日々考えても、明確な答えは出ませんよね。それならば、研究からのアプローチとしては『どんなものでもすぐ生み出せるように準備をしておく』ということが大事だと思っています。あらゆる研究の種をストックしておいて、必要なものだけを次のステージへ持っていく。声をかけられてから、『これから3年かけて頑張る』ではトレンドが変わっているかもしれませんから」

月桂冠の酵母研究を行なっている、小高さん

昨今は、日本酒造りの現場でも酵母が注目を浴びるようになってきました。風味や品質に直接結びつき、理想の酒をつくり出すためにも「さまざまなバリエーションを準備することに価値がある」と小髙さんは話します。その熱い眼差しは、私たちのまだ知らぬ味わいにもつながっていくようです。

「ものすごく個性的で、びっくりするような酵母がたまに採れるんですよね。これで酒をつくれたらおもしろい!と思えるような。それが世の中のニーズとして表れたとき、これまでにない新たな日本酒の商品化に向け、研究を進めていくのが楽しみです」

「糖質ゼロ」の開発は、まさに「機が熟した」タイミングだった

「発売から10年が経ち、研究所では『糖質ゼロ』を美味しくする工夫を重ねてきました。まさに月桂冠の技術の髄が詰まった酒だと思うんです。今では月桂冠を代表する商品と言えますね」そう語るのは、営業推進部企画宣伝課の山中寛之さん。商品の企画にも携わっています。

月桂冠の企画宣伝課の山中寛之さん

山中さんは、開発には2パターンの企画があるといいます。それは「マーケットニーズの高まりを受けた企画」と「研究所が開発した新技術をベースにする企画」です。

「糖質ゼロ」は「奇跡的に両方が同じタイミングだった」と山中さん。

「『糖質ゼロ』のビール飲料が市場で受け入れられ、さまざまなニーズが顕在化した頃でした。それまでに糖質オフの商品を発売していた月桂冠でも、極限まで抑えた『糖質ゼロ』がつくれないかという声が挙がります。そのとき、『糖質オフを突き詰めればゼロにできるのでは?』と考えた研究員が独自に進めていた研究がありました。まさに『機が熟した』タイミングでの開発になったのです」

月桂冠の企画宣伝課の山中寛之さん

商品は想像以上の伸びを見せました。月桂冠が初めて市場へ送りだし、競合他社が加わるまでの数年間は右肩上がり。市場に商品が揃うと、成長スピードはゆるやかになりましたが、シェアはいまだ6割にも及んでいます。日本酒全体の市場規模が減少している一方で、この分野の販売は好調が続いている。山中さんは「それだけでもすごいことですよね」と笑顔を見せます。

その要因として考えているのが風味。「糖質ゼロ」でありながら、上手く日本酒の美味しさを残すのが、月桂冠の「糖質ゼロ」です。そして、「糖質スーパーダイジェスト製法」から生まれた副次的な効果が「日本酒度+22」という超辛口の仕上がりです。

糖質ゼロをロックで用意した写真

「氷を入れたりして、よく冷やして飲むとおいしいんです。ライムなどを入れるのもおすすめです。日本酒に合わせることが少ないスパイシーな料理や脂が多いものまで、あらゆる食事に合わせやすいことが特徴です。僕らは月桂冠の商品を家でも飲むので、そこから意外な料理に合うことを発見して、企画や宣伝に結びつけていくこともありますよ」

日本酒といえばあの料理、と限定することなく、現代のニーズにも目を配りながら育まれていった「糖質ゼロ」。山中さんの胸のうちには「もっと食卓に日本酒を戻すとともに、若い世代が気兼ねなくアプローチできる日本酒をつくっていきたい」という思いがあります。

この酒が、糖質ゼロであること。その機能性に目をとられますが、この酒には月桂冠の「髄」が詰まっており、進化を続けている。そう思いながらグラスを傾ければ、あらためてその味わいに驚き、裏側にある人々の思いに触れられるかのようです。

sponsored by 月桂冠株式会社

(取材・文/長谷川賢人)

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