年間を通して、降雪量の多い秋田県。早い年は10月過ぎから降り始め、3月までのおよそ半年間、雪との長い付き合いが続きます。厳しい寒さを運んでくる雪は、疎まれがちな側面もありますが、一方で雪を味方につけたおもしろい試みもあります。

大館市にある北鹿の「雪中貯蔵酒」もそのひとつ。雪中貯蔵とは、日本酒を一定期間、雪に埋めて熟成させることです。雪の中は温度が一定に保たれるため、ゆっくりと熟成が進み、酒質がまろやかになっていきます。

雪中貯蔵を行なう酒蔵は全国にいくつかありますが、瓶詰めしてから貯蔵するケースがほとんどでしょう。北鹿では、1万リットルのタンクをそのまま、生原酒の状態で貯蔵します。6基のタンクを使用する雪中貯蔵は他に類を見ない大規模なプロジェクトで、3月初旬に行なわれる、年に一度の取り出し作業は、地元の風物詩にもなっています。

SAKETIMESではこれまで、スーパーでの売上ナンバーワンの大吟醸酒「北秋田」を中心に、北鹿の魅力を特別連載でお届けしてきました。第3回となる本記事では、北鹿の雪中貯蔵にフォーカス。取り出し作業の現場にうかがいました。

景勝地の十和田湖畔で日本酒を貯蔵!?

雪中タンクの近くにある十和田湖の写真

雪中貯蔵の舞台は、北鹿のある大館市から車で1時間ほど。車通りの少ない山道を越え、自然に囲まれた十和田湖畔へと向かいます。

青森県と秋田県にまたがる十和田湖は、近くに奥入瀬渓流や八甲田山があり、自然に恵まれた東北随一の景勝地として、多くの観光客が訪れる人気スポット。雪化粧をした木々に囲まれて、幻想的な美しさが漂っています。

1990年から始まったという、北鹿の雪中貯蔵。はじめは、酒造場の敷地内で行っていたそうです。雪中貯蔵を担当する齋藤保穂さんが「中学・高校くらいのころ、北鹿の入り口に、タンクが埋められた大きな雪の塊があったのを覚えていますよ」と、当時の様子を教えてくれました。

雪中貯蔵を担当する北鹿の齋藤保穂さん

十和田湖に移動したのは20年ほど前。大館市内よりも雪が深く、平均気温が2~3℃低いことに加えて、森林や湖のおかげで湿度が適度に保たれるため、お酒の貯蔵に適しているのだとか。また、貯蔵される生酒は常に呼吸をしているため、空気の質が与える影響は少なくないようで、空気がきれいであることも貯蔵場所を選定する理由になっています。

現場に到着すると、大きな純白の雪室に圧倒されます。高さが4〜5mで、幅は10mほど。かまくらのような、1mくらいの分厚い雪が建物を覆っていました。6基あるタンクに合わせた小さな扉があり、タンクの周りには氷柱が張りついています。

北鹿の「雪中貯蔵」を貯蔵している雪に埋まったタンク

1月中旬に蔵から運んだという日本酒は、およそ1ヶ月半の間に、どのように変化したのでしょうか。雪が静かに舞うなか、取り出し作業を見守るだけで期待がふくらんでいきます。

雪中貯蔵の魅力とは?

1万リットルのお酒を移動するのは、大きなタンクローリー。アルコールなどの飲料を運ぶのに特化したものだそうです。貯蔵タンクにホースを結合し、お酒を吸い上げていきます。

雪中タンクからお酒を運ぶタンクローリー

雪中貯蔵しているのは、大吟醸酒と純米酒の2種類。どちらも火入れせず、生原酒の状態で貯蔵しています。火入れによる殺菌をしていない生酒のなかでは、酵素や酵母などが生きているため、適切な温度管理のもとで保存しなければ、腐敗や劣化を引き起こしてしまいます。リスクが伴う生酒を貯蔵することができるのは「雪の中の環境が最適だから」と、齋藤さんは話します。

「雪の中は、ほぼ0℃。外気温にも左右されません。温度を一定に保つことができるので、お酒に含まれている酵素や酵母などにストレスがなく、酒質が良くなるのです。1ヶ月半から2ヶ月の間にゆっくりと熟成が進み、お酒がまろやかになって、旨味も増すんですよ」

マイナス10℃以下になることも珍しくない秋田県の冬。かまくらの中が意外と寒くないように、雪の中は風の影響が少ないためか、お酒にとって良い環境なのだそう。

雪中貯蔵酒の取り出しをする様子

ただし、その年の積雪量や気候状況などを人間の力だけではコントロールできないのが、雪中貯蔵の難しさ。雪中貯蔵にとって一番の悩みは、雪の量が少なくなってきたことなのだそう。近年、温暖化の影響で積雪量が減ったせいで、雪室を維持するのにひと苦労しているようです。

「今年は雪が多くて助かりましたが、少ないときは、十和田市の観光協会さんに協力していただいて、周辺から雪を集めてもらっています。雪中貯蔵を長く続けられてこられたのも、地元の協力があってこそですね」

雪中貯蔵のヒントは、野菜の雪室貯蔵

そもそも、日本酒をタンクに入れたまま雪に埋めてしまおうという大胆な発想は、どこから生まれてきたのでしょうか。

齋藤さんは、"雪下野菜"がヒントになっていると話してくれました。

「雪に野菜を埋めるという、東北地方の伝統的な保存方法で、大館市内でもポピュラーな文化です。雪中に保存することで、鮮度を保ったまま、甘味や旨味がグッと増すので、とても美味しくなるんです。同じように、日本酒も雪中に保存したら美味しくなるんじゃないかという発想で、雪中貯蔵が始まりました。単純な思いつきかもしれませんが、当時は、雪中貯蔵に取り組む蔵が少なかったので、かなりのチャレンジだったと思います」

北鹿の雪中貯蔵をしているタンク外観

北国で生まれた独自の保存文化が日本酒にも適用できそうという着想が、消費者のニーズとうまくマッチしたのですね。ふだんの酒造りでも、タンクのお酒を一定期間寝かせてから瓶詰めするのだそう。大きなタンクのまま雪室に貯蔵するのは、自然の流れだったのかもしれません。

雪中貯蔵酒は、大きな雪室に1万リットルのタンクが6基というインパクトのある規模感と、十和田湖畔で雪中貯蔵させるという付加価値がプラスされ、地元の新たな風物詩として親しまれる日本酒へと育っていきました。

旅の風景を思い浮かべる美味しさ

雪中貯蔵の現場では、地元の新聞記者やテレビ関係者が熱心に取材を行なっていました。地元を中心に、多くのメディアがニュースとして取り上げているようです。

「メディアに取り上げられることで、大館市周辺だけでなく、秋田県全域に認知が広がっているのが、とてもありがたいですね。お客さんからの『今年の雪中貯蔵酒はいつ飲めるんですか?』という問い合わせもたくさんきています。新しいお酒を楽しみにしてくれているのが伝わってきて、とてもうれしいです」

雪中貯蔵について語る齋藤保穂さん

もともと日本酒が好きで、シンプルに美味いと言えるお酒を自分で造りたいという思いから、地元の北鹿で働くことを決めたという齋藤さんにとって、雪中貯蔵酒はどのようなお酒なのでしょうか。

「雪中貯蔵酒は寝かせた後の味を想像して仕込んでいます。大吟醸酒であれば、香りが強すぎず、しっかりと味わいのあるもの。基本的には、食中酒として楽しんでもらえるような、満足感の感じられる酒質を狙っています。しかし、他の商品のように、酒質をそろえるためのブレンドや、細かい温度調整ができるわけではありません。完成するまでどうなるかわからないという、ある意味、神頼みの商品ですね(笑)」

人間の知恵と雄大な自然の力が造る日本酒。それこそが、雪中貯蔵の魅力なのでしょう。

「お酒を味わうといっても、いろんな味わい方があるんです。お酒そのものを味わう、料理といっしょに味わう......酔えればいいという場合もあるかもしれません」と、齋藤さんは続けます。

「雪中貯蔵酒は、雪に囲まれて熟成したという驚きや秋田県の風景、十和田湖に行った旅の思い出など、さまざまな感情といっしょに味わえる酒なんです。私は、成分や品質だけでは語れない、心で味わうお酒もあると思うんですよね」

冬の十和田湖

雪に覆われた木々が揺れる真っ白な道や、豊かな水を湛えた冬の十和田湖を思い出しながら雪中貯蔵酒を飲むことで、その美味しさは何倍にもなるような気がします。

雪中貯蔵というプロジェクトには、雪とともに暮らす北国の大きな知恵や魅力が詰まっていました。また、北鹿オリジナルの取り組みとして、この雪中貯蔵の季節が来ることを、なによりも地元の人たちが楽しみにしていることが強く感じられます。たくさんの人々から力を借りて完成した今年の「雪中貯蔵」。北鹿の自信作です。北国を思い浮かべながら、味わってみてください。

(取材・文/橋村望)

sponsored by 株式会社北鹿

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