現在、日本国内のスーパーマーケットでもっとも売れている大吟醸酒をご存知でしょうか。

売上ナンバーワン(※)を誇るのは、美酒王国・秋田に蔵を構える株式会社北鹿(ほくしか)の「大吟醸 北秋田」。クリーム色のラベルに筆文字で「北秋田」と書かれたパッケージを店頭で見かけたことがある人も多いと思います。

※ KSP-POSの清酒カテゴリーにおける720ml瓶商品の2017年データより

大吟醸酒は米を50%以上も磨き、低温でゆっくりとていねいに造りあげられた、技術の粋を集めたお酒です。特別な日に飲む高価な日本酒というイメージがありますが、「大吟醸 北秋田」はそのイメージを覆し、四合瓶(720ml)で1,000円以下という驚きのコストパフォーマンスを実現。"日常の食卓で気軽に楽しめる大吟醸酒"という新しいジャンルを築いてきました。

新しい市場を切り拓くときに、困難はつきもの。「大吟醸 北秋田」がどのように誕生し、いかにして売上ナンバーワンを獲得するまでに成長したのか、今回はその道のりをたどっていきます。

秋田の大自然に囲まれた「北鹿」

「大吟醸 北秋田」を醸す株式会社北鹿があるのは、秋田県北部の大館市。北西に白神山地、東部に奥羽山脈や十和田八幡平を臨む、自然豊かな穀倉地帯の中心に位置し、良質の湧き水に恵まれています。冬には雪が降り積もり、酒造りにとってはまさに理想の環境。古くから続く造り酒屋も数多くあったようです。

北鹿のある大館市の自然

昭和19年、戦時下にあった政府の企業整備令により、北秋田郡と鹿角郡にあった造り酒屋21業者8工場が合併し、合同で酒造りを行うようになりました。それぞれの地域の頭文字である"北"と"鹿"をとって「北鹿」と名付けたのが、この酒蔵のはじまりです。

昭和46年には、バラバラに点在していた製造場を、合理化の観点からひとつに統合。現在の大館市に拠点を移します。昭和61年、世界鷹小山家グループへ加入しました。

北鹿の看板

これまで、全国新酒鑑評会や東北清酒鑑評会での金賞受賞はもちろん、ワイングラスでおいしい日本酒アワードや全国燗酒コンテストなどでも受賞歴があり、幅広いジャンルで、その高い技術が評価されています。

"毎日の晩酌で飲める大吟醸酒"を目指して

なぜ、北鹿は"リーズナブルで手に取りやすい大吟醸酒"という新しい市場づくりに挑戦したのでしょうか?

「大吟醸 北秋田」を販売し始めたのは平成14年。当時、営業マンとして、東日本エリアを中心に販売を担当していた株式会社北鹿の岩谷正人社長に話を伺いました。

株式会社北鹿の岩谷正人社長

「今は比率が逆転していますが、当時の主力商品は、紙パックの普通酒だったんです。しかし、日本酒の消費量が全体的に減っていくなかで、パック酒だけで勝負するのは厳しい状況でした。

消費者にアピールできるような酒質が求められていましたが、やみくもに高価な酒を造るのではなく、高品質で、かつ毎日の晩酌で飲めるような価格帯の酒、今までにないタイプの商品が必要でした」

パック酒であっても品質を第一に考えてきた北鹿。"安かろう、まずかろう"ではない酒質を目標に、新しい酒造りに挑みます。

「飲んでもらって『やっぱり、1,000円の大吟醸酒か......』と、お客さんを失望させてしまったら終わり。だからこそ、品質には徹底的にこだわりました」

広くたくさんのお客さんに「大吟醸 北秋田」を飲んでもらうために、それまでの小仕込みから、4トンのタンクを使った大仕込みへとチャレンジしました。仕込みの量に関係なく、酒造りにとって重要なのは、麹造り以前の原料処理。良い蒸米ができなければ、全体の品質が落ちてしまうのです。

北鹿の蔵の内部

北鹿では、理想の原料処理を求めて、大仕込みでも対応できるような設備や製法を試行錯誤していったのだそう。

「これまでに経験したことのない量でしたが、最終的にはお客さんに受け入れてもらえる品質までもっていくことができました。蔵人の努力の賜物ですね」

完成したばかりの「大吟醸 北秋田」を試飲した岩谷さんは、透明感のある味わいに「これは美味しいものができた!」と、確かな手応えを感じたそうです。その反面「今までにない商品を本当に受け入れてもらえるだろうか?」という不安も拭いきれなかったといいます。

実際、市場での評価はどのようなものだったのでしょうか。

売り場の棚に置いてもらえない─ 新商品への厳しい風当たり

こうして誕生した新商品の「大吟醸 北秋田」。その歩みは、必ずしも順風満帆ではなかったようです。「平成14年という時代に、1,000円台の大吟醸酒を出すのは、少し早かったのかもしれないと何度も思いました」と、岩谷社長は当時を振り返ります。発売当初は、売り場の棚に置いてもらえない状況が続いたのだそう。

株式会社北鹿の岩谷正人社長

「当時の大吟醸酒は、四合瓶で2,500〜3,000円の価格帯がほとんどで、なかには5,000円を超えるものもありました。卸やバイヤーからは『これまで3,000円で売っていたものを、なぜ1,000円で売らなければいけないんだ』という反発があったんです」

また、他の酒造メーカーからも「高級感のある大吟醸酒のイメージが悪くなるからやめてほしい」という厳しい意見を受けることもありました。

しかし、実際に飲んでもらった方々に品質を認めてもらえたことが大きなポイントだったと、岩谷社長は話します。

「批判がある一方で、いちど飲んでもらったバイヤーの方々からは『品質はしっかりしている』という反応をいただくことができました。『じゃあ売ってみようか』と。そこから少しずつ、店頭に置いてもらえるようになっていきましたね」

厳しい反発があったのは、きっと「大吟醸 北秋田」がそれだけ革新的な商品だったということなのかもしれません。地道な営業努力のおかげもあって、関係者やお客さんの間で、次第に認められていきました。

その高い品質を支えている秘密は、実は、酒造りだけではありません。スーパーやコンビニに並んでいる「大吟醸 北秋田」を見てみると、瓶全体が不織布と呼ばれる薄い布に包まれてることがわかります。この布は、日本酒の天敵である紫外線をカットするためのもの。出荷時と同じ、最高の状態で飲んでほしいという蔵の思いが表れています。

「大吟醸 北秋田」が包装されている様子

そして驚くべきは、この不織布をすべて手作業で包んでいること。これだけの規模で、ひとつずつに人の手が入っているのは、おそらく珍しいでしょう。

実際に飲んでみると、リンゴやマスカットを思わせるジューシーな吟醸香のなかに、グレープフルーツのような酸味が感じられ、若々しく爽やかな印象。なめらかでスッキリとした味わいで、キレも良いです。大吟醸酒らしい上品な香味で、この味わいが1,000円という低価格で、かつ、スーパーやコンビニで気軽に購入できるというのは驚きですね。

もっとたくさんの人に日本酒の魅力を知ってほしい

着々と売上を伸ばしていった「大吟醸 北秋田」。10年前から一部のコンビニでも販売が始まり、さらに販売実績を伸ばしていきました。そして2017年には、スーパーでの売上ナンバーワン(※)を記録します。「ワイングラスでおいしい日本酒アワード2018」では、金賞受賞を成し遂げました。

※ KSP-POSの清酒カテゴリーにおける720ml瓶商品の2017年データより

北鹿の輝かしい受賞歴

少子高齢化や若者のアルコール離れなど、時代が大きく変化していくなかで、岩谷社長は「大吟醸 北秋田」のこれからの展開をどのように考えているのでしょうか。

「現在、量販店の商品棚は、大吟醸酒も純米大吟醸酒も1,000~1,300円という価格帯が中心の時代になり、競争が激しくなっています。市場を切り拓いてきた先駆者としての強みはあるものの、そこで生き残っていくために重要なのは、やはり品質。造り手がいくら満足していても、最終的に飲む人に受け入れられないとどうしようもないですからね」

"日常の食卓で気軽に楽しめる大吟醸酒"というコンセプトは変わらないものの、「大吟醸 北秋田」は、時代によって変化するお客さんの"美味しい"に寄り添います。その年の米の状態をみて、原料米の配合を調整したり、異なる酵母を試して、より良い味わいや香りを検討したり......少しずつ酒質を進化させているそうです。

「日本酒の消費量は、ここ20年でどんどん落ちています。日本だけではなく海外の方も含めて、もっといろいろな人に飲んでほしいと思っています。『日本酒ってこんなに美味しいんだ』ということを知ってもらいたいんです。これからも消費者の目線を大切に、品質第一で造っていくことが私たちの役割だと思っています」

北鹿の蔵外観

ふだん何気なく目にする「大吟醸 北秋田」。その背景には、これまでの考え方をひっくり返すような商品で新しい市場を開拓したいという熱い思いや、品質第一を掲げる職人たちの強いこだわりがありました。

スーパーやコンビニで見かけたときは、ぜひ、手にとってみてくださいね。

(取材・文/橋村望)

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