世界最大規模、かつ、もっとも影響力のあるワイン品評会「IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)」では、2007年の開催以降、その年の世界最高の日本酒を決定する審査会も行われています。2016年度は開催10周年を記念して、日本有数の酒処・兵庫県にて行われました。

2016年度のIWC・SAKE部門の兵庫県開催に際して、審査員・関係者50名が酒米「山田錦」の田植えや稲刈りといった農作業を体験。醸造されたお酒は、記念酒「愛和酒-IWACHU-」として関係者に配布されます。今回は、体験受け入れに尽力された地元農家へのお礼と、記念酒を味わうためにIWC関係者を招いて開催された意見交換会の様子をレポートします。

「IWC2016を振り返って、"Hyogo"に期待すること」

まず最初に講演されたのは、IWCアンバサダーである平出淑恵さん。

(以下、平出さんの講演より)
「私はJALにCAとして入社後、ソムリエの資格を取得したことをきっかけに醸造酒の世界に足を踏み入れることとなりました。

『空飛ぶソムリエ』として各国のワイン業界の最先端に触れる中で、『Master of Wine(MW)』という資格があることを知ったのです。この資格は、原料となるブドウの栽培地、醸造、流通やマーケティング、世界にまたがる市場の各国別の事情に至るまで、ワインにまつわるあらゆることに精通したスペシャリストを指します。

彼らのような産業全体をみることのできる専門家の方々との交流を深めていくうちに、同じ醸造酒である日本酒の価値にも気づいていきました。

日本酒は米と水からなり、伝統と習慣があり、歴史もあります。ほとんどの蔵は100年以上、なかには300~400年もの昔から酒造りをしている酒蔵も日本の各地にあります。比較的歴史の若い国であるアメリカやニュージーランド、オーストラリアの方々からすれば、自分の国の歴史よりも昔から酒造りを守り続ける人々がいるということが、彼らの心を揺り動かすのです。そう、利き猪口のなかには日本がつまっている。日本酒は日本そのものなのですね。

こうした魅力的なお酒である日本酒ではありますが、現在、世界にどのくらい認知されているのでしょうか。

2016年度の輸出額は155億円となり成長を続けてはいますが、日本酒の総生産量の2~3%しか輸出されていません。対してフランスでは、ワインの総生産量のおよそ半分が世界に輸出され、1兆円近くの外貨をフランスにもたらしています。このように海外のワイン市場と比較すると、日本酒はまだまだ大海原に漕ぎ出た小舟のような存在なのです。日本酒の国際化はまだまだ本格化しておらず、総じて海外への発信力が弱いのが現状です。

日本酒の輸出額155億円のうち、3分の1を占めるのがアメリカです。ニューヨークは、海外で日本酒が飲まれている都市としては最先端ですが、アメリカの酒類市場全体をみてみると、日本酒のシェアはわずか0.1%程度です。

どんな国においても、その国の酒販免許を持つ方が売っていただかなければ、日本酒は広まりません。つまり、日本酒を海外に広めていくには、普段ワインなどを売っている人たちの販路に乗せて、日本酒を売っていただく必要があります。さらに、人材やブランド構築などを含めた、彼らが持つワインビジネスのネットワークを活用することができれば、もっと日本酒を広めることができるのではないかと考えたのです。

私たち日本人も、最初からワインを飲んでいたわけではありませんが、先人の努力の末、現在の人気があるのです。ワインは、以下の3つのステップを踏んだからこそ、世界中で楽しまれるお酒になりました。

1.Education(教育)
世界に通用する体系的な教育プログラムをつくり、ワインのプロを育成する。

2.Conpetition(コンクール)
教育によって育成したワインのプロによってコンクールを開き、品質の良いものを世に出していく。

3.Promotion(プロモーション)
業界向けと消費者向けのプロモーション活動を絶え間なく続けていく。

そこで、私たちは、まずは第1のステップである"Education"からスタートすることにいたしました。

2003年11月、ロンドンにある世界的なワインの教育機関『WSET(Wine & Spirit Education Trust)』で、日本酒のレクチャーを、『横浜君嶋屋』の君嶋社長を講師として、有志の蔵元とともに開催しました。

すると、その年に最優秀成績でMWに合格したサム・ハロップ氏が日本酒に大きな関心を抱いてくれました。その縁もあって、2005年に彼がIWCのCo-chairman(審査最高責任者)に就任した際、IWC・SAKE部門の設立へとこぎつけたのです。

しかしながら、当時400人ほどいたIWCの審査員の中には日本在住の日本人がひとりもいません。そのため、日本酒造青年協議会が世界に向けての日本酒のアンバサダーである『酒サムライ』を立ち上げ、サム・ハロップ氏に第一回目の酒サムライ叙任を受けてもらい、彼に協力を得てIWCのパートナーとなり、世界的な普及活動を力強く推進することになったのです。

ワインのラベルには必ず生産地が記載され、ワインを学ぶことは産地を学ぶことであるとも言われています。IWC・SAKE部門においてその年の世界一のお酒が決まるということは、その生産地の名前が世界発信されることを意味します。海外の消費者にとって日本の地名で思い浮かべるのは、せいぜい東京か京都といったところでしょうが、世界的に影響力のあるコンペティションで上位に入賞した蔵であれば、その生産地にも注目が集まります。結果として、酒蔵ツーリズムへの動きもつくりやすくなるのです。

そして2016年、記念すべき10周年を迎えるにあたって、日本酒の主産地である兵庫県がIWCを誘致をしてくださいました。このことは日本酒の業界全体にとって、また日本の国にとって非常に大きな節目でありましたし、日本酒の国際化の大きな流れをつくってくださったと思っています。

IWC2016・SAKE部門を兵庫県で開催したことで、お酒に対する審査はもちろんのこと、蔵元との交流や、山田錦の田植え体験などを通じて酒米の生産者との交流を図ることができました。

生産者の方々が『我々も命がけで米をつくっている』とお話しするのを聞き、私はここまでやってきて本当に良かったと思います。海外の方は蔵元と話す機会こそあれども、酒米の生産者と直接会うことはそうそうありません。お米を育てる方々の想いを伝えることができた点で、素晴らしい取り組みになったと思います。

今後は、インバウンド政策を強化すること、より優秀な人材を育成すること、各方面とのコラボによる世界への発信が期待されます。

2020年のオリンピックイヤーに向けて、国や地方自治体を挙げて取り組んでいくことが必要です。まずは山田錦の名前を広めていくことが、他の地域の酒米、そして日本酒の振興にもつながります。ともに頑張っていきましょう」

「IWC田植えセミナーにて受け入れを経験して」

続いて、IWC地元支援グループ代表、上羅堯己さんのお話です。

(以下、上羅さんの講演より)
「私は昨年5月の田植え、そして秋の稲刈りの体験補助を担当いたしました。本当に大イベントで、一時は成功するかと不安でしたが、たくさんの方々にご協力いただきまして無事終えることができました。本当にありがとうございました。

さて、世界的なお酒であるワイン。その原料であるブドウを語る上で欠かせないのが、テロワールという考え方です。私は山田錦も同じだと考えております。

では、どうしたらそれを感じてもらえるのか。田植えにしても、手植えにするのかどうか。手植えの場合に、田んぼに入るときは長靴を履くのか、水足袋を履くのか、はたまた裸足なのか。海外の方々を受け入れるに際してたくさん話し合いをしましたが、やはり素足での田植えは譲れないだろうと。土壌菌がしっかりと活躍して豊かに育った土の感触こそ、山田錦のテロワールであり、それ以外無いのではとも思っております。

私たちは、平成23年度から選別時の網目の大きさを2.0から2.05に広げ、より整粒率の高い山田錦を世に送り出そうとしています。通常、山田錦は出来るだけ田植えを遅くし、8月の下旬から9月の上旬まで出生を遅らせ、昼間の温度と夜間の温度の差が大きくなった頃にしっかりと実らせて良質のデンプンを蓄えた優秀な山田錦をつくるようにしています。

ところが、今回はそのセオリーに反して1か月ほど早い5月に田植えをしました。

私もはじめは田植えだけ体験してもらえばよいのではないかと思っていたのですが、人間、手間をかけると最後まで面倒を見たくなるものですね。稲刈りもしたい、そのお米でお酒をつくりたい、そのお酒を世界各国の審査員に贈りたいというではありませんか。

これには弱りました。世界有数の審査員の方々に超一流の山田錦でつくったお酒を贈るならまだしも、時期外れの山田錦のお酒では、山田錦の生産地の名声を守れるのだろうかと、不安になることもありました。しかしながら今日、結論が出ます。しっかりと飲ませていただきたいと思います。

山田錦は私たちが手塩にかけた娘です。その娘が石川の菊姫酒造に嫁ぎました。そして菊姫さんでしっかりとしつけられまして、立派に成長した娘が今日里帰りしております。どうかみなさま、立派になった娘の里帰りを大いに祝ってくださいませ。ありがとうございました」

IWC2016記念酒「愛和酒-IWACHU-」完成披露!

会の後半では、IWC2016記念酒「愛和酒-IWACHU-」の完成披露会が執り行われました。

ちなみに、「愛和酒」の英字表記は"IWACHU"。「酒」の部分が"CHU"となっているのは、頭文字を取ったら"IWC"になるようにしているからだそうです。

今回は「愛和酒-IWACHU-」の完成披露と合わせて、兵庫県産の酒米の嗜好調査も兼ねています。

向かって右が「愛和酒-IWACHU-」、中央が兵庫県産の「山田錦」で造ったお酒、左が兵庫県の新しい酒米「兵庫錦」で造ったお酒です。

「兵庫錦」は山田錦と同等の優れた醸造適性を持ち、栽培しやすい品種として、1994年に交配が開始され、2011年に品種登録されました。山田錦と比べ、澄んだ香りが広がり、後味がスッキリと締まってキレの良さが目立ちます。「愛和酒-IWACHU-」は、穏やかで上品な香り立ち、ふくらみのあるうま味とキメのある酸味が特徴的でした。

日本酒を楽しみを世界中に広げるために

今回の意見交換会では、IWC・SAKE部門が日本酒業界へ果たしてきた成果と今後の展望が見えてきました。

世界のワインスペシャリストによる厳正な審査を経て選出される日本酒は、世界中で一歩一歩着実にファンを増やしています。また、今回の兵庫県のように海外からの受け入れを行うことで、地元の生産者や関係各所に対して、日本酒の主産地である誇りを改めて認識してもらえるという効果もあります。

さらに、日本酒を国際的ビジネスへと進めるためには、原料の育成から醸造、流通、市場の詳細な状況までの全体を把握できる、マーケター的視点を持つ必要があることをひしひしと感じました。今後もIWC・SAKE部門の動向に注目していきたいところです。

(文/綱嶋航平)

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