今宵もまた、文学作品から酒肴のお膳立て。池波正太郎『仕掛人・藤枝梅安』の中に旨そうなものを見つけました。

今回の食材は蝦蛄(シャコ)。ですが実のところ、蝦蛄が展開に深いかかわりを持つという話ではありません。梅安の人間臭いセリフが、どことなく呑兵衛の気を引くとでもいいましょうか、何とも言えない愛着があるので、今回の題材にさせていただきます。

同作は鍼医者・藤枝梅安が「仕掛人」として暗殺をする活躍を描いた時代小説。他の代表作『鬼平犯科帳』や『剣客商売』と同様、池波先生ならではの「食」のシーンは味があります。

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今でいう“殺し屋”である仕掛人の梅安が、久しぶりに再会した亀右衛門と複雑な話を終えた後に交わす何気ない会話シーンです。

いまは目黒の碑文谷に古女房と暮らしている亀右衛門が帰ろうとするのへ、
「ま、もう少し、お待ちなさい。先刻、いい蝦蛄がとどいてね。いま、ちょいと煮つけるから、それで久しぶりに酒を・・・」
「へえ。うれしゅうございますねえ、先生。かまいませんかえ?」
「元締めの顔は、どうも飲みたくなる顔だからね」
「もうね、すっかり弱くなっちまって・・・五合ぐらいなら、おつきあいさせていただきましょうよ」

池波正太郎「梅安鰹飯」『仕掛人・藤枝梅安 梅安最合傘』より

いいですねえ、「飲みたくなる顔」

日常、多くのシーンで他人と顔を合わせますが、飲みたくなるという人間はやたらといるものではありません。飲みたくなるのは、他人にはわからない当人同士の信頼関係があってこそと思いますが、親しき仲の取りもつのが「酒」という世界観が実におもしろい。

酒とはなんとすばらしいものでしょう。また、そんな言葉をぴたりとはめて登場人物を描くとは、さすが池波先生です。

蝦蛄の煮つけで梅安の宴を再現

梅安の言うように「ちょいと煮つけて」みました。醤油・酒・みりん・砂糖で甘辛く、「ちょいと」というくらいですから、さっと煮ただけです。舞台は江戸時代ですから、銚子にお猪口でしょう。もしかしたら大徳利から大ぶりのぐい呑みに酒を注いでいたかもしれません。

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蝦蛄はエビやカニより美味とも言われますが、この、さっと煮た蝦蛄のもっちりと柔らかな食感、甲殻類ならではの旨みは実に乙。カニよりも濃縮感のある食べ応えが後を引きます。

長野県産ひとごこちで醸した「大信州 秋の純吟」

今回の酒は蝦蛄に合うよう、さらりとしたテイストでキレの良いものを選ぼうと思っていました。酒屋でいろいろと吟味しているうち、おや、これはおもしろいと思ったのがこちらです。

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ラベルの解説によると「香り優しく豊かな味わいながら口当たりは軽快で、秋の味覚にぴったり」ということらしいです。

まずは冷やして一杯。香りはやや控えめ。すっきりとした飲み口、その後はゆるゆると旨みを伝えてきます。蝦蛄の旨みとさらりと融け合い、すうっと引いていくような爽快感。上手に料理の味を引き立てる酒です。

「ひとごこち」の持ち味のおかげでしょうか、さらりとしていても芳醇であることが相性の良さにつながったようです。酒が常温に近づいてくると、香味は厚さを増し、料理の甘辛い味付けを引き立てます。

普段あまり食べつけない食材でしたが、蝦蛄を肴に呑む酒、とくと堪能しました。梅安と亀右衛門の宴も「いい蝦蛄」と酒で楽しさひときわ、だったのでしょう。

(文/KOTA)

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