今宵もまた、文学作品から酒肴のお膳立て。今回の食材は豆腐です。
古くから日本の食卓で親しまれ、育まれた多種多様な食べ方がある中で、代表格と言えば、夏なら冷奴、冬なら湯豆腐。多くの方がそうお答えになるのではないでしょうか。
どちらも何の変哲もない料理ですが、池波正太郎先生が冷奴についてある感慨を語っています。
「豆腐の料理については数え切れず、春夏秋冬、いずれの季節にもぴたりと似合った料理ができる。これから春がすぎ、夏になれば、むろん、もっとも単純な食べ方として『冷奴』ということになる。およそ一寸角に切った豆腐を『やっこ』と呼ぶのは、江戸時代の槍持奴などが来ている制服の紋所の連想から生まれたものだ。夏の夕餉の膳にのぼる冷奴の涼味は、冷房もない戦前の、私どもの生活に、しみじみと夏の到来を思わせたものだ。」
池波正太郎 「豆腐の小噺」『そうざい料理帖 巻二』平凡社 より
シンプルな冷奴にこそ、こだわりを
冷奴というと、酒肴や惣菜としてお馴染み。その存在があまりに身近なためか、知らず知らず先生がおっしゃるような豆腐に対するありがたみを忘れていたようです。しみじみと季節感を味わうという点では冷奴には和食の原点があるといえましょう。
それだけに、日本酒との間柄もより密接になるべきで、味わうなら情緒豊かに楽しみたいものです。先生は同作の中で、ご自分の好みを語っています。
「生醤油へ、すこし酒をまぜた附醤油に、青紫蘇と晒葱の薬味で私は食べる。餡かけ豆腐は冬のものだが、私は冷やした餡かけ豆腐を作らせ、夏によく食べる。」
涼感を出すために器に氷を張り、そこに一寸角の豆腐を浮かべました。先生が言う薬味で食べてみると豆腐の甘みがよくわかり美味しいですね。いつもは無造作に豆腐に醤油をかけたりしますが、それでは醤油が効きすぎて味を台無しにしていたかもしれません。
「弐乃越州 吟醸」でしみじみと冷奴を味わう
さて、冷奴にはどんな酒を用意しましょうか。
この晩酌においては「同調すること」で両者の相性を演出しようと考えました。「豆腐の淡白な味わいには酒質は軽快なものを合わせること」と「食感が柔らかいので、飲み口も柔らかなものを選ぶこと」です。
選ぶなら、さらりと柔らかな酒。この他にも「個性の違うものを合わせ新しい風味を引き出す」や「料理の味を引き立てるもの」などが選ぶポイントはさまざまありますが、今回は涼味をしみじみと味わいたいという気持ちから前述のポイントで選んでみました。
弐乃越州 吟醸(新潟/朝日酒造)
以前に呑んだことがあり、その記憶からこれしかないと買い求めた1本。香り控えめ、味わいも極めて軽やかですが、爽快なキレがあります。
大豆と米が仲良くなった!
豆腐を食べてから口に含みますと、酒はふわりと膨らみ、豆腐の余韻とやんわりと溶け合うのが実感できます。大豆と米、ふたつの穀物が口の中で仲良く美味しくなった。そんな印象です。
ここでちょっと実験ということで、とある生酒(特別純米酒/アルコール度数16度)と呑み比べてみると、一気に豆腐の存在感が消えてしまうという大きな違いに遭遇。酒の香味が豆腐よりも断然に強過ぎてしまったようです。同調作戦は成功でした。
ただし、今回の豆腐はあっさりした味わいとあらかじめわかった上での相性予測でしたが、豆腐が違えば考え方はこの限りではありません。つまり濃厚タイプの豆腐には相応の酒があるということです。
続いて、池波先生の好物をもう一品。
冷やした餡かけ豆腐です。冷たくするので具は肉類ではないなと推測しキノコの餡にしてみました。
初めて食べてみましたが、なかなかオツですね。餡は薄味にしてあるので、柔らかな絹ごしともよく馴染みます。もちろん、酒に合わない理由があるはずもなく、弐乃越州とも良縁です。
ちなみに弐乃越州のアルコール度数は14度という穏やかなもの。豆腐と同調したのはそのおかげもありましょうが、調べてみますと、どうやら酒蔵がこだわった酒米「千秋楽」の持ち味が軽やかにして膨らみある酒質を生み出しているようです。旨みが確かだからこそ、淡い豆腐とも合うんですね。
(文/KOTA)