近年、日本酒業界に"次世代の動き"があることをご存知でしょうか?
新ジャンルの構築、他業種との融合、販路の開拓などを通して、その潜在的な魅力を伝えようとしているベンチャー企業が続々と登場しているのです。
今回は、ビジネスニュースサイト「BUSINESS INSIDER JAPAN」主催のイベントに潜入し、"酒造ベンチャー"の新しい動きに迫っていきます。
今回伺ったのは、日本酒やビール業界のベンチャー企業経営者を招いて行われたトークイベントです。
まずは「WAKAZE」の社長・稲川琢磨さん。委託醸造という形で、自社ブランドの日本酒を開発・販売する日本酒メーカーです。これまで、和の柑橘やハーブを取り入れた"ボタニカルSAKE"や、オーク樽で熟成した日本酒など、新たなコンセプトの日本酒を生み出してきました。
続いて、「未来酒店」の代表を務める山本祐也さん。未来酒店は、コンセプトやストーリーを重視したSAKEセレクトショップ「未来日本酒店」を運営している企業です。また、グループ会社の「ミライシュハン株式会社」では、お酒に関連したブランドをデザインする事業を手掛けるなど、新しい提案を通して、未来の日本酒市場を創造しています。
そして最後は「Far Yeast Brewing」の代表・山田司朗さん。委託醸造によるクラフトビールの販売からスタートした同社は、昨年、山梨県に「源流醸造所」を設立してからは自社醸造にも取り組んでいます。また、自社ブランド「馨和 KAGUA」が海外の高級レストランにも採用されるなど、そのビジネスモデルは日本酒ベンチャーと重なる部分が多くあります。
業界の最前線を走る彼らの課題や展望とは、いったいどんなものなのでしょうか。
日本酒業界の課題とは?
稲川さんは、日本酒業界の抱える課題について、以下のように語っています。
「日本酒は、国内出荷量・酒蔵数ともに、年々減少しています。海外市場を見ても、日本酒の輸出額(約155億円)はフランスワインの約1兆円と比較すると、およそ1/70しかありません。厳しい状況が続いている理由として、『法律面の規制によって酒造免許を取るのがほぼ不可能なため、新規参入が少ないこと』『過度な伝統崇拝』が挙げられます」
「Far Yeast Brewingのように、新規参入のベンチャーが委託醸造からスタートして自社醸造へステップアップしていくという、他業界では当たり前の流れが日本酒業界ではほとんどありません。結果的に、イノベーションが起こりにくく、多様性が生まれない。これこそ、日本酒を飲む人が増えない大きな理由なのではないかと思います」
こうした考えのもと、WAKAZEは世界中から求められる新しい日本酒を生み出すために、日本酒業界に本来あるべき新規参入の在り方を体現しています。取得が困難な清酒の製造免許ではなく、酒税法における「その他の醸造酒」の免許を使って、この夏から自社醸造を開始する予定なのだとか。
一方、未来酒店の山本さんはマーケット全体を俯瞰したうえで、事業のテーマをこのように語ります。
「まず大事なのは『アクセサビリティの向上』です。1,400ほどの酒蔵があるなかで、問屋を通して酒販店がいつでも入荷できるのは、わずか100蔵ほど。さらに、味を確かめられないまま購入することもあるので、ジャケ買いの壁が存在します。私たちは、確信をもって手に取れるお酒を増やしていくことで、日本酒をもっと楽しめるようにしていきたいんです。
そして、テロワールやヴィンテージなどによる『付加価値の向上』と『未来志向』を大切にしています。日本酒業界のプレイヤー、たとえば造り手のストーリーを重要視したり、他業種とフュージョンしたり......先に挙げた『アクセサビリティの向上』『付加価値の向上』を解決できるコンテンツ作りをしていきたいですね」
未来日本酒店の商品は「SPARKLING」「VINTAGE」「DESERT」など、コンセプト別に陳列されています。加えて、ジャケ買いによるミスマッチを防ぐためのBARを併設。今年6月にオープンする吉祥寺の店舗では、AIによって好みの日本酒を判別するサービス「yummy sake(ヤミーサケ)」も導入されるそうです。
多くの人に日本酒を楽しんでもらうための革新的なプロジェクトが、明確なビジョンのもと、新興のベンチャー企業から続々と生まれているんですね。話は、日本酒の海外進出に移っていきます。
海外で求められる日本酒へ
Far Yeast Brewingの山田さん曰く、海外のビール文化は日本よりも発達しているため、カテゴリーが細分化され、それぞれの美味しい商品が現地に存在するのだそう。日本からコストをかけて商品をもっていく意味を考えなければ、マニアやコレクターが『珍しい』という理由だけで買っていくような商品止まりになってしまいます。
「日本酒に置き換えて考えると、かなりおもしろいと思いました。ビールは、ペールエールやスタウト、IPAなどのカテゴリーに分類されますよね。消費者は、カテゴリーごとの味わいをイメージしながら、各地のクラフトビールを比較・選択して楽しめるのかもしれません。残念ながら日本酒は、海外のマーケットではカテゴリー化されていない。僕たちはまず『オーク樽熟成』や『ボタニカルSAKE』などのカテゴリーをひとつひとつ発信していくことで、日本酒の幅広さを認識してもらって、それに共鳴して日本酒を醸造したいと思う仲間を世界中に増やすことを、ひとつの戦略として考えています」(稲川さん)
加えて、未来酒店の山本さんはこう語ります。
「日本酒市場全体を考えれば、海外で現地醸造されたSAKEが増えていることは、日本産のSAKEとの相乗効果が生まれるという点で、かなり良い流れですよね。しかし現段階で、米で造るお酒の基準、つまりグローバルスタンダードがない。だから、海外に日本酒が広がっていくのに合わせて、そのノウハウやカテゴリーをローカライズしつつ、SAKEのグローバルスタンダードをつくっていくことが必要なんじゃないかと思います」
世界的なSAKEの基準をつくる。多様性を高めていく。今回のトークイベントでは、国内のみならず、世界に向けて日本酒を発信しようとする、ベンチャー企業ならではの意見が飛び交っていました。
内向きの"日本酒"から、世界を見据える"SAKE"へ
本イベントに参加していた、IT業界に務める若者ふたりに話を聞きました。WAKAZEに関する新聞記事を読み、同世代のベンチャー企業が個性的なお酒を造っていることに興味をもち、イベントへの参加を決めたのだそう。
山本さんの話に心を打たれたようで「ものづくりそのものだけでなく、日本酒業界全体を考えた上で『どうやったら日本酒がより楽しまれるのか』を、深く考えていた点がとても印象的でした。ITを活用して、日本酒や酒米に関わるシステムづくりをやってみたいですね」と、話してくれました。
会場には日本酒関連のビジネスに関わりたいと考えている方々も多く来場し、時間ギリギリまで質疑応答が行われるほどの盛り上がりでした。
今回のトークイベントでは、これからの日本酒文化と市場を発展させるためのヒントとなる発言が多く飛び出しました。日本酒をさまざまな面からとらえることで、未だかつてない商品やプロジェクトを生み出す日本酒ベンチャー。日本酒を、業界内にばかり目が向きがちな"日本酒"から、世界を見据える"SAKE"へと転換していく彼らの動きに注目です。
(取材・文/SAKETIMES編集部)