2月下旬に都内で行われた、株式会社ABEJA主催のAI技術に関するカンファレンス「SIX2018」に、株式会社南部美人の蔵元・久慈浩介さんと株式会社ima(あいま)の代表・三浦亜美さんが登壇しました。
2社が共同で進めている、酒造りの工程にAI技術を取り入れる試みについて語られた、トークセッションの様子をお伝えします。
近年、目覚ましい発展を遂げている新技術「AI(=Artificial Intelligence)」。"人工知能"という訳語を耳にしたことがある人も少なくないでしょう。ただ、ひとくちに「AI」「人工知能」と言っても、その技術はセンサーや画像処理、機械学習など多岐にわたります。
南部美人とimaが取り組んでいるのは、酒造りにおける重要な工程のひとつである、米に水分を吸収させる作業「浸漬(しんせき)」に、ディープラーニングと呼ばれる、人間が行う作業を機械に学習させる手法を応用することです。
「日本酒×AI」で目指すのは、文化の継承!
南部美人は明治35年(1902年)創業の岩手県にある酒蔵です。岩手県は、日本三大杜氏のひとつに数えられる南部杜氏の発祥地。手造りにこだわって醸される南部美人のお酒は、国内外問わず、高く評価されています。2017年には、世界最大のワインコンテスト「IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)」のSAKE部門で、"チャンピオン・サケ"に選ばれ、世界一の称号を獲得しました。
しかし、久慈さんによると、たしかな実力をもっている南部美人も含めて、全国ほとんどの酒蔵が共通して頭を悩ませていることがあるのだそう。
それは「技術の伝承」です。
機械や設備に頼らず、人の手による酒造りにこだわる酒蔵では、醸造責任者である杜氏ひとりに技術や感覚などの経験値が蓄えられていきます。そのため、"杜氏が辞めるとその蔵の味が変わる"ということが、日本酒業界では当たり前のように起こっていました。
職人の経験をなんとか蔵の財産にできないかと久慈さんが考えていた矢先、2017年に発足したAWA酒協会を通して面識があった三浦さんから、AIを酒造りに取り入れてみないかと相談を受けたのです。
三浦さんがCEOを務めるimaは、さまざまな伝統工芸の文化継承における新しいシステムを構築することで、地方と中央の"合間"に立って橋渡しになることを目指している会社。今回の「日本酒×AI」の取り組みは、伝統工芸の技術継承を⽀援する『Art of Artificial Artisan〜匠の眼プロジェクト』の第1弾として始まりました。
「文化継承にあたって求められているのは、熟練された技術の再現性を高めて伝えていくこと。AIが、継承のツールになれたらおもしろいのではないかと考えたんです」(三浦さん)
"人工知能は人の眼になれる"
AIをどうやって酒造りに応用するかを考えたときに、久慈さんが注目したのは、米に水分を吸収させる「浸漬」の工程でした。
「職人たちが酒造りのなかでもっとも使うのは、鼻と舌。しかし、それに対応するセンサーはまだありません。三浦さんと話をしているときに『あっ!』と思ったのは、"人工知能は人の眼になれる"ということでした。酒造りの工程では、あまり使われない眼。それを絶対に使わなければならない唯一の工程が『浸漬』なんです」
「『浸漬』は酒造りの工程における基礎中の基礎。杜氏はストップウォッチを片手に、米を水から上げるタイミングを指示するのですが、水分含有率がたった1%ズレただけでも、その先の工程で多大な修正が必要になります。一度吸水させたら、それを元に戻すことはできません。だからこそ重要で、失敗できないんです。そこで、AIを上手く活用できないかと考えました」(久慈さん)
2月に始まった実証実験では、米を水から引き上げるタイミングをAIが学習し判断できるように、米の状態が変化していく様子を撮影して、データを収集しました。
「実験を通して『人ってすごい』と思いました。自分の眼で見てもまったく判断できませんでしたが、杜氏はさまざまな条件を加味しながら、経験と勘をもとに指示を出しているんです。今回は、浸漬した米の変化を撮影することで、米の横割れや縦割れがどのくらい起きているかという、これまで感覚的に把握していたことを、可視化することができました。このように、今まで感覚に頼っていた部分を、画像を使って判断できるようになったのは大きいと思います。データの精度を上げて、さらに使いやすくしていきたいですね」(三浦さん)
「新しいチャレンジをしようにも、もっとも重要な工程である『浸漬』がしっかりとできなければ、発展はありません。AIを使って、日本全国の酒蔵でデータを集めてみんなで共有すれば、失敗は限りなく少なくなる。リスクを減らすからこそ、新しい挑戦ができ、つぎの次元にいけるんです」(久慈さん)
AIは、"最高の相棒"になる
実際にAIを導入してみて、久慈さんは「手応えがあった」と言います。
「AIは、人に取って代わるものではありません。技術者にとって、"最高の相棒"になると思っています。酒造りの教科書は50~70年前から変化していないので、現代の酒造りには、ほとんど役に立ちません。杜氏は、自分の経験を頼りに酒造りをするしかないのです。気象や環境、米の種類など、現段階で解析できていないデータはたくさんありますが、それらを加味してAIが判断をすることで、新しい教科書のような存在になっていくことを期待しています」(久慈さん)
南部美人が、AIの活用というかつてない一歩を踏み出した背景には「AIは業界のためになる、未来のためになる」という久慈さんの熱い思いがありました。
「私たち酒蔵は、杜氏が培ってきた経験を10年後、いや100年後に伝えていくのが使命。今の南部美人には熟練の職人がいるので、正直言うと、この技術は必要ないです。しかし、将来はどうなるかわかりません。同じように、酒造業界は小さな蔵も大きな蔵も、技術をいかに継承していくかということに苦心しています」
最後に「2018年は、日本酒にとっての転換期になるかもしれない」と、力強い言葉でトークを締めくくりました。AIが、日本酒の発展に大きなきっかけを与えることになるかもしれません。これからの動向が楽しみですね。
(取材・文/内記 朋冶)