岐阜県恵那市には、年に数ヶ月の間だけローカル線に乗って長閑な景色を眺めながら、美味しい日本酒を楽しめる「枡酒列車」が走っています。
2013年の開始以来、これまで56回運行し、のべ1,480名が乗車した人気列車は、地元民に「明鉄(あけてつ)」の愛称で親しまれている明知鉄道が運行しています。この企画には、同じく恵那市にある岩村醸造が日本酒を提供し、大垣市にある枡製造で有名な大橋量器がオリジナルの枡を制作しました。
始発の恵那駅から終点の明智駅まで約1時間。恵那市の自然と日本酒にたっぷりと魅了された列車旅の模様をお届けします。
オリジナルの枡と通行手形がツアーの切符
明知鉄道は、季節問わず様々なイベントを行っています。今では珍しいSL列車が走ることもあり、貴重な車両や美しい景観を楽しみに、鉄道ファンを始め多くの観光客が訪れるそうです。
恵那駅で受付をすませ、切符がわりの通行手形を受け取ります。
今回乗車するのは、急行「大正ロマン号」食堂車。沿線にある銘酒「女城主」で有名な岩村醸造の日本酒が楽しめる枡酒列車のほかにも、恵那市の特産・寒天を使った春夏開催の「寒天列車」に、「秋のきのこ列車」「冬のじねんじょ列車」と様々なグルメ列車が運行されています。
今回は4両編成の車両に乗り込みました。先頭2両が秋の味覚を満喫出来る「きのこ列車」、3両目に「枡酒列車」、4両目は通常運行という編成。出発地・恵那駅から力強く山道を登り、明智光秀の生誕地と言われる終点・明智駅まで向かいます。
乗車して指定された席に着くと、目の前には沿線にある花白温泉の特製弁当と、かわいらしい枡がありました。
枡にデザインされているのは、明知鉄道と切符、それから明智光秀の家紋である桔梗です。ブルーの桔梗が木目の美しい枡にひときわきれいに映えます。
この枡は大垣市にある大橋量器が製作したオリジナルのもの。大橋量器は、数年前にニューヨークでの展示会でポールスミスが惚れ込み、ブランドオリジナルのカラー枡製作を請け負ったこともある、岐阜が誇る地元企業のひとつです。伝統ある枡でありながら、どこか新しさを感じますね。枡酒列車では毎年デザインが変わるそうでコレクターもいるのだそう。。
岩村醸造の5種類の日本酒を飲み比べ
今回は岩村醸造が醸した5種類の日本酒が味わえました。
- 「ゑなのほまれ 特別本醸造 ひや原酒」
- 「本醸造 Light」
- 「亀ノ尾 純米酒(流通限定)」
- 「女城主 辛口純米酒」
- 「純米原酒(非売品)」
グルメイベントの時でも、飲み物の持ち込みが可能とのことで、ビールを持ち込んだり、おいしい日本酒の飲み過ぎに備えてお水やウコンドリンクを用意するなど、みなさん準備万端です。
列車が動き出すと、まずは乾杯。用意された日本酒を楽しみましょう。お弁当は日本酒に合わせやすいよう、少し濃いめの味付けに少量ずつ味わえる割子弁当です。
「ゑなのほまれ 特別本醸造 ひや原酒」
1つ目のお酒は、冬限定の生原酒に火入れをして通年楽しめるようにした原酒。アルコール19度以上と高めですが、飲み口が甘めなのでスルスルと飲めてしまいます。びっくりするのは、その後味。喉を通ると甘さがスッと消えて、パンチのある原酒ならではの濃い味わいが残ります。
お酒はスタッフさんにお願いすると、順番に注いでくださいます。列車のあちこちから「おかわりください!」、「3番目のお酒をお願いします!」と声がかかり、スタッフの方々も大忙しです。
焦って飲まなくても、終点・明智までは約1時間。十分に美味しい日本酒を堪能出来る時間はありますが、みなさん全種類を制覇したい様子。早速、私も2番目のお酒をいただきます。
「本醸造 Light」
飲み口が軽く、ずっと飲んでいたいと感じるお酒です。創業以来の銘柄である「ゑなのほまれ」を美味しさをそのまま軽めの飲み口にしたものだそう。毎日の晩酌にぴったりという謳い文句どおり、飲み飽きません。
お弁当に入った寒天や柚子が香る煮物と相性が良く感じました。食材の淡い味を消さない程度にお米のフワッとした香りと甘みを感じます。
道中、添乗員さんから明知鉄道や景色について解説が入ります。
出発地・恵那から2駅目の飯沼駅は日本一急勾配のある駅。33度の傾斜がついており、日本でも唯一、例外的にこの傾斜が容認されている駅なのだそうです。急勾配ですが、枡のおかげで日本酒はこぼれることなく無事でした。
ローカル線ならではの長閑な景色の中を走る列車。外を眺めると目に優しい景色が続きます。心が穏やかになりますね。
「亀ノ尾 純米酒(流通限定)」
続いては、地元で育てられた酒米・亀ノ尾を使って醸した流通限定酒です。亀ノ尾は収穫量が限られているため、醸すお酒の量も本当にわずか。それが流通限定である所以です。岩村醸造のファンという今回乗車していた方々も、初見の方が多くいらっしゃいました。
味わいは精米歩合60%とは思えないほど、軽やか。さわやか香りとお米の甘みを感じます。まったりと後引く味わいで、飲み口との印象の違いに驚きました。しっかりした味わいなので、揚げ物などにあわせても良さそうです。
「女城主 辛口純米酒」
岩村醸造の中でもファンが多い辛口純米酒。ラベルに描かれているのは、岩村城で女城主として知られたおつやの方。美しい見た目のボトルとは裏腹にかなりの辛口です。それもそのはず、日本酒度+10とのこと。それでも味わいや後味が穏やかに感じられるのは、岐阜の酒造好適米・ひだほまれを使っているからなんだそうです。
「純米原酒(非売品)」
今回の特別限定酒は、非売品の純米酒。流通していないのでラベルも貼られていません。茶色の一升瓶から注がれたお酒はあまり色づきがない、サラッとした印象です。
一口いただくと、本当に純米原酒と疑ってしまうような軽やかな飲み口で、じわじわとお米の甘みも感じます。みなさん非売品の正体に悩みながらも、美味しい飲み比べに酔いしれていました。
城下町を散策しながら酒蔵見学
美味しいお酒を楽しんでいたら、あっという間に終点・明智駅に到着です。名残惜しいですが、ここからは街を自由散策する時間です。いただいた枡は乗車日限定で、沿線の駅ならどこでも何度でも乗降車出来るというお得な切符に変わります。
途中下車して楽しむことが出来る行き先には、お弁当を提供した花白温泉、日本一の急勾配の飯沼駅、連続テレビ小説「半分、青い。」の舞台である岩村などがあります。どこに行こうか迷ってしまいますね。
今回は枡酒列車で提供された美味しい日本酒の提供元・岩村醸造にお邪魔しました。
途中朝ドラの舞台となったふくろう商店街があり、少し先に行くと岩村城跡にも行くことができます。
酒蔵では、2019年8月から角打ちも始められたのだとか。この日は、2月の蔵開きで振舞われた「ゑなのほまれ おりがらみ 生原酒」を氷温熟成したものがいただけました。
岩村醸造の社長・渡會さんがオススメするのは、甘酒ソフトと三年古酒の組み合わせ。甘酒ソフトの淡い甘さに、古酒を合わせることでリッチな香りで輪郭がはっきりした味わいになります。
「社長とスタッフみんなで全てのお酒との組み合わせを試しました。その中でダントツだったのがこの三年古酒との組み合わせ。古酒の風味を生かしながら、大人のデザート感が出るのが良いですよね。ぜひ試して欲しいです」と、広報の嶋田さんも話します。
日本の季節を五感で感じられるローカル鉄道の魅力
最後に、明知鉄道で行われるイベントの企画・広報担当の伊藤さんにお話をうかがいました。
「今期は秋の枡酒列車では、流通していない秘蔵酒を出していただきました。ここでしか飲めない本当に貴重なお酒です。同じ路線ではありますが、季節とともに変わる景色を季節のお酒と一緒に楽しんでいただければと思います。
6年目を迎える「枡酒列車」の企画ですが、みなさんがいつも違う体験ができたらと、こちらも毎回試行錯誤です。次の乗車でも、さらにお楽しみいただけると思います」
わざわざ足を運んでくださった方々に楽しんでいただきたいという、明知鉄道への思いが溢れたお話でした。
長閑な雰囲気を眺めながらの「枡酒列車」。移動そのものが楽しみになり、到着地でもさらに楽しめるという、一度で二度美味しいツアーです。
秋の紅葉を見ながらの秘蔵酒、冬の雪景色を見ながらの搾りたて新酒、どちらも楽しめる明知鉄道ならではのツアーに参加してみてはいかがでしょうか。
(文/spool)