日本酒の魅力に惹かれ、日本酒を愛する人というのは、案外身近にもいるもの。たとえば、一見「どうして潰れないのか」と不安になるような街の酒屋さんにも、そんな人がいたりします。
今回ご紹介するのは、埼玉県川口市(旧鳩ヶ谷市)にあるマスヤ酒店の店主・白鳥充広さんです。
街の普通の酒屋さんの佇まいですが、実は…
マスヤ酒店は、一見なんの変哲もない昔からある街の酒屋さん。 ディスカウントストアやネット通販の台頭に、撤退を余儀なくされても仕方ないなと思わせる佇まいです。
店に入ると、おや?雰囲気がちょっと違います。純米酒に力を入れる実力派酒蔵の銘柄がずらり。日本酒への強いこだわりがうかがえます。その日本酒の量に圧倒されながらも、店の奥に進むと店主の白鳥充広さんがいらっしゃいました。
きっかけはお客さんのひとことから
白鳥さんのお父様が1961年に創業したマスヤ酒店。純米酒の取り扱いに力を入れ始めたのは、白鳥さんの代になってから。近隣のディスカウントストアで酒類の販売が始まり、店の売り上げが減りはじめたころでした。
「それまで、自分では日本酒をほとんど飲んでいませんでした。近所の幼なじみとビールやウイスキーを飲んでいましたね。売上が下がり始めた時は、正直焦りました。なじみの年配のお客さんからの注文はありましたが、若い世代が店に来なくなってしまって」
そんなとき「地酒はないの?」というお客さんからの問い合わせのことを思い出し、日本酒に店の命運を託すことに。「地酒」をキーワードにしようと決意した白鳥さんは、さっそく動き始めます。
同業のみなさんから教えを乞いながら、とりあえず地酒を仕入れてはみたものの、最初はまったく売れなかったといいます。そんなときに出会ったのが、東京都墨田区にあるニシザワ酒店さん。
「そこには自分の知らない世界があって、大変驚きました」
そんな出会いや発見を重ねながら、地元・埼玉の神亀酒造など、少しずつ扱う地酒を増やしてきました。
熟成した純米酒の魅力に惹かれて
もちろん、白鳥さん自身も様々な日本酒を飲んで勉強しました。そんな中でも熟成した純米酒、特に燗酒の魅力にとりつかれたといいます。
「自分にあっていると思いましたし、なにより本物だと思いました」
当初は“ただの商品”として仕入れた日本酒ですが、 今では自分が晩酌をするならという視点で取り扱う銘柄を選んでいるそう。「ちょっと自分の趣味の趣向が強くなりすぎているかもしれませんね」と白鳥さん。
「変態酒屋」と呼ばれる白鳥さんのこだわり
白鳥さんの酒選びのこだわりの一つに「食中酒」があります。
「食が進んで料理の味を引き立て、体にも優しいというお酒を中心に選んでいます。実際に自分で飲んでみると、熟成純米酒の燗酒はやはり素晴らしいと思いました」
マスヤ酒店で扱っている代表的な銘柄をたずねると「神亀」「丹澤山」「京の春」「諏訪泉」「酉与右衛門」「天遊林」などなど。全てをここに記載することはできませんが、陳列棚は「熟成純米酒」を中心に揃えられた圧巻のラインアップなのです。
「私にはちょっと変な癖があるらしく、”オリ(澱)を見ると顔がにやつく”と言われます」
話をよく聞くと、新酒でよくみかける澱引きを荒くした「おりがらみ」のような白いものではなく、熟成して茶色く変色した成分が沈殿しているのを見ると、なぜだかうれしくなるのだという。
「そうなっているお酒全てがというわけではないのですが、味が複雑でおもしろいんです」
そんなニヤついている姿を見られて、常連客からは「変態酒屋」と言われるとか。下の写真は、こだわり純米酒のカップ酒と少し瓶を振って浮遊させた澱の状態を見る白鳥さんです。
“昭和の酒屋”が生き残ってきた理由
「マスヤ酒店」は、今ではあまり見かけなくなった昭和の酒屋さん。なぜ、今日まで生き残ってこれたのでしょうか。さまざま話を伺った結果、2つのポイントが見えてきました
- 酒の知名度やネットに流れている情報ではなく、新しく入荷した酒は必ず味見をしてその酒を見極めていること
- 蔵人や同業者、飲食店などからさまざまな情報を集めて、お客さんの嗜好や興味に応えていること
当たり前のことを地道にやってきたからこそ、お客さんから大きな信頼を得ているのでしょう。つまり、この「丁寧さ」こそが、マスヤ酒店のこだわりであり、売りであり、店が続いている理由ではないかと感じます。このことについて、白鳥さんご本人はどう思っているのでしょうか。
「たぶん、お客さんのおかげなんだと思います」
ありきたりな謙虚さはいらないと思い、白鳥さん自身が目指した方向性が間違っていなかったからなのでは?と少し意地悪な質問を続けてみました。
「こういうお酒を好きなお客さんがいなければ、どうにもなりませんから」
なかなか手強い白鳥さん。本音を語ってもらうには一緒に呑みにいってみるしかなさそうです。
みんなに楽しんでもらいたいという想いから、不定期にお客さんを集めて飲み会を開くという白鳥さん。商売っ気がなさすぎると家族から怒られてしまうのだとか。
「納得して購入してもらいたくて一人一人のお客様と、今年のこの酒の味はこうなっている、あの店のメニューとこの酒の相性は良かった、ということをいつもお話ししています」
銘柄の特徴をきちんと説明するために、店頭でお客さんを待たせることも多いそうです。
「そういったことを好まないお客様もいるというのはわかっているのですけどね。最近では遠方のお客様も増えてきて通販を充実してほしいというご要望もあるので、やり方をいろいろ考えているところです」
これから変化していくこともあるでしょうが、白鳥さんらしい「丁寧さ」が失われることはないでしょう。これからもそうやって飲み人をサポートし続けていくのが、白鳥さんという人なのす。
(文/燗仁)
◎マスヤ酒店
住所:埼玉県川口市桜町2-6-16
電話:048-281-2968